本文中の「ゆう子」の「ゆう」は禾に由の字です。規格にない字なので、かな書きにしました。
また、本文中の俳句はすべて、鍵和田ゆう子師の句です。
 山下雅司さんにコメントをいただきました。こちらからどうぞ。
鍵和田ゆう子『胡蝶』を読む−俳誌『湾』2006年5月号から転載−
 前回この欄へのお話をいただいた時、実は鍵和田ゆう子師の最新句集についての稿とするつもりだった。 『未来図』の二十周年に句集を纏められるのではないかと勝手に推測していたからなのだが、現実には 平成十七年の刊行となった。この度、第四十五回俳人協会賞受賞を心からお祝いすると共に、こうして 師の句(集)に拙い小論を書かせていただけることに感謝する。
 ゆう子師の句集は第一句集『未来図』から第六句集『風月』まで漢字表記の一単語がタイトルとなって いて、清々しい、硬質の印象を受けた。今回の『胡蝶』も漢語ではあるが、その意味するものは(ちょ うちょと言い換えればもっとわかりやすいだろうか)やわらかくて、儚げだ。蝶は一見無防備のようだ けれど何からも侵犯されない力を内包していないと自在で「ゐる」余裕は持ち得ない。それは作句の姿 勢に通じるところがある。詠む対象に入り込み、同化した上でなお、本来の自分自身と、対象に同化し た自分のいずれの主観にも溺れることなく本質を掬いあげる。『胡蝶』の句は空間・時間を自在にとら えているが、現実の蝶がいわゆる「蝶の道」という見えない力に沿って大気に支えられながら飛ぶよう に、俳句というものが辿って来た道に沿って伝統に支えられた作品群なのだと思う。
 あとがきによれば、『胡蝶』は少女時代の雅号でもあったそうだ。自我の確立される年齢域であり、 戦時下でもあったことから、その雅号は当時のゆう子師の詩心にとって文芸の世界での実感を表現するの により相応しいものであったのかもしれない。その後はずっと本名を俳号に使っておられるのは、俳句 に対する在り方がそのように変化したからだろう。今回のタイトルにその雅号を使われたのは、蝶その ものの本質を念頭に置かれたのは勿論だが、俳諧の歴史の大きな流れの中で風雅の誠というべき文芸の 本質を継承していきたいという決意と、個人の来し方行方がオーバーラップしたのであろう。重層的な 構造を内包しているのだ。
 この読みは大筋で間違っていないようだ。俳句文学館三月五日号の一面で、選考委員感想に「新しい 自分を見つけようとする気持の張りと、句境の広がりが感じられる。」との評価があった。二面の受賞 者の言葉の欄で「草田男先生が追求しておられた近代的な他の文学と肩を並べ得る俳句のあり方を常に 思考しながら、一方で私の独自の表現を求めて遅々たる歩みを続けて来ました。」と述べている。自分 を取り巻く大宇宙と自分の中にある小宇宙との感応しあうまさにその一点に俳句は屹立する。
 受賞後、様々な媒体で句評・書評が発表され、自選・他選で代表句が取りあげられているのを目にす る。例えば、次のような句群である。
  火も水も星もありけり年新た
  白鳥といふやはらかき舟一つ
  円位忌の波の無限を見てをりぬ
  ふくろふと向き合うて聴くしぐれかな
  今年逝く大仏ゆらぐこともなし
 私自身は「白鳥」の句にすっかり魅了された。難しい言葉や言い回しはなく、比喩にも技巧的な無理 がない。句材に対する愛情が伝わってくるが、かといって自分の感情を白鳥に転位しているわけではな いので、あるがままの白鳥の姿を句を通じて味わうことができる。白鳥といえば若山牧水の「空の青海 のあをにも」の歌が人口に膾炙しているが、こうして並べてみると、俳句と短歌との差異についても考 えさせられる。
 集の句を一句ずつ味わうのもよいが、全体を俯瞰してみるのも句集を読む楽しみだろう。『胡蝶』は、 旅吟の句もとても多い。意欲的にスケジュールを組まれておられるからだ。読み手としては、自分に縁 があったり、訪れた敬虔があったりする土地は、その有様を追体験することができる。未だ行く機会の ない地でも歌枕・俳枕であれば由来に興味が広がり、さもなくばその地に住む人々に思いを馳せること になる。『胡蝶』は編年体で著されているが、平成十三年の副題は「鶴日和」と銘打っている。句碑の 立つ荒崎での作品や、治乱や南薩方面での吟行会の時の作品が含まれている。一部を引用する。
  いつまでも風の二羽なり畦の鶴
  鶴啼くや雲を墓標となせる世も
  たそがれの焚火のにほふ知覧かな
定住されている武蔵野、庵主として迎えられた大磯鴫立庵周辺での句とスタンスは変わらないが、地霊 との交信とでもいおうか、その土地の発する立地的・歴史的な手掛りは句に詠われることで見事に紙上 に定着し、香りを放っている。
 ゆう子師のさらなる御活躍をお祈りすると同時に、過去の大病のせいで決して頑強とはいえぬ御身をど うぞ大切にと願いつつ稿を脱することにする。
山下雅司さんから、コメントをいただきましたので、こちらにご紹介させていただきます
 朝日新聞〈こと場〉欄に、第45回・俳人協会賞に輝いた俳人、鍵和田ゆう子先生の記事があった。 私は何度も読み返し、師とはありがたいものだと思うことであった。
 その紙面には、28年前、俳人協会新人賞を水原秋桜子会長からいただいた時のことが記されている。 『師の中村草田男が、会場でありがとうございました、と大きな声で代わりにお礼を言ってくれました。真っ白になったことを思い出します』 もうこれだけで、十分である。
 人の世の絆は俳句の世界に限られたものではない。他人の喜びをわが喜びと出来る人は現代社会では少ない。 師と仰ぐ人とのめぐり合いは、何にもかえられない。しかし、己が努力しなければ、認められないだろう。あらためて、その刺激をもらった気がした。
 草間時彦先生のあと、西行ゆかりの「鴫立庵」の庵主を務められる鍵和田先生には健康に留意され、俳句界の発展に、ご活躍していただきたい。
 鹿児島県出水市(旧高尾野町)の荒崎展望公園に、先生の鶴の句碑がある。その除幕式の日が一期一会。 「鶴なくや一期一会の除幕の日・雅司」と名刺に記し、お祝いを申し上げた。その時に、いただいた一枚の名刺は大切にしまってある。句碑の鶴が宿って私のたからものとなった。あの日、あの時の鶴の声が聞こえるようだ。
 
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