短歌会


2009・8月号(八月集)
    風流れ花びら流れひとひらは肩にとまりてゆるりと落ちぬ
  
  白き肌を春日にさらす木蓮に三十年前の君を重ぬる

  義母が植ゑし大山蓮華がわが丈を越えて今年も純白の花

  春近し外を見やれば工場の白煙今日は高く昇りをり


2009・9月号(九月集)

    小春日に背中押されて妻と一日中語らひ歩く弘法の市

  寒厳しき初弘法の人混みに京の言葉のぬくもりを聞く

  心電図撮ると胸部に置かれたる冷たき円盤鼓動早める

  点滴の鼓動に合はせて落つる見れば生きよ生きよと聞こえるやうな

  薬指に蛍とまらせ妻が言ふ「こんな指輪があつたらいいね」


2009・10月号(十月集)

    試験中一人顔上げ我を見る救ひ請ふ目に笑み投げかへす

  「数A」に苦戦強ひらるる君の目は二十六回時計を睨み

  模試ごとに受験生になる君を見て監督する我目を細めをり

  教へ子が心の病で休みをり通勤の道ふと変へてみる

  部活終へコンビニ袋ぶらさげて塾へと急ぐこの子らいとほし


2009・11月号(十一月集)

    女生徒が散髪したての我を見つけ駆け寄り来るにハイタッチする

  頭かかへ鉛筆滑らぬ答案の上を流るる「ささのはさらさら」

  居残りて春の課題を終へし君に初夏の日射しがまた急き立てる

  三年が走馬燈のごと駆けめぐり一時間後は「今こそ別れめ」

  気づいたか「今こそ分かれめ」は係り結びだと卒業式で最後の授業


2009・12月号(十二月集)

    「新型」はマスクの形状にも表れて街ゆく人のファッションとなる

  マスクせず車内で咳の出たるとき衆人環視の的になりをり

  葉脈に沿ひてこぼるる朝露に夏のいのちの輝きを見る

  折からの煙雨に色づく山紫陽花小径を照らし道案内す

  丹波では「ゐのしし注意」の標識の向かうに稲穂頭を垂れをり


2010・1月号(一月集)


    
鴎外のかつて歩きし菩提樹下に来たれば吾の心たかぶる

  うたかたの恋の悲劇の舞台を訪へばウィーンの森に稲妻走る


   
七時間時計の針を戻しつつまだ見ぬ国へ思ひ馳せをり

  スペインの歴史を凍結させたる街トレドの迷路に吾も陥る

  雷鳴と乱気流のなか手を握り妻の思ひを知る旅の途次

  手で作る双眼鏡にて見つけたるサザンクロスに歓声をあぐ


2010・1月号(十一人集)

    胡同の消えゆく姿を納めむと手に息吹きかけてシャッターを切る

  霧流れ瞬時見えたる雲海の墨絵の世界に引き込まれゆく

  前をゆく妻の踵の歩幅を見つつ呼吸を合はせ頂上めざす

  息を詰め思ひ描ける構図なり雲海見えて「黄山」となる

  日溜まりで象棋に興ずる老人ら向日葵の種を食みつつ打てり

  サントノレポンヌフの橋シャンゼリゼ今憧れの巴里の人となる

  巡礼者の感動味はふ海上にモン・サンミッシェル見えたる瞬間

2010・3月号(三月集)


  
「ヨーイヤサー」魂と魂がぶつかりて裸若衆が山を動かす

   肩を入れ屋台を上ぐる練り子には金木犀の香がふりかかる

   黒豆の安きを求めと見かう見丹波街道秋を見ずして

   立ち寄れる栗農園の主人から講釈聞きてやつと手に入れる

2010・4月号(四月集)


   
落葉を透過してゐるもみぢ葉の血潮を浴びて君はヒロイン

   ドア開きて慌てて降りる乗客の文庫本からもみぢ葉が落つ

   裸木にされし銀杏の葉は孵化し蝶となりては木枯らしに舞ふ

   母の日に贈りしブラウスそのままにしまひゐたれば染みの三つ四つ

   抽斗の母の遺品の底の底我が文包みにしまはれゐたり


2010・5月号(十一人集)

     初春の光輝ふ垂水の海釣り糸の先に淡路島見ゆ

   鼻煙壺を燈火に翳し眺めては金瓶梅の世界に遊ぶ

   艶・麗・美二寸余りの鼻煙壺が乾隆時代に我を誘ふ

   ヘルペスが左の耳殻を痛めつけ鶴田浩二に我変身す

   目が合へばセンター入試前にしてさすがの猛者も鼻すすりをる

  カラフルなる年賀状の中目が止まるは九十七翁の水茎の文字
 
  九十七の恩師の手なる年賀状今年は左に流れてゐたり


2010・6月号(六月集)


   
青春とは心の箱に鍵をかけ時時開けては懐かしむもの

   通勤の十八分で今日もまた歌人となれずに校門くぐる

   駅そばのだしの香とともにドアが閉まり次の駅まで香を運びゆく

   寒河に雪を纏へる五位鷺に蓑笠の翁の重なりて見ゆ

   派出所の前に立ちたる若警官昔は確かにあつた光景


2010・7月号(十一人集)


    
腑に落ちぬパラリンピックの開会式はどこの局でも放送されず

   
片足でスキーの板を操りて大和魂とともに滑りゆく

   白梅を背にして咲ける紅梅図尾形光琳をカメラで切り取る

   春宵の車両の揺れが睡魔誘ひ歌ならずして改札を出づ

   花散らしの雨を恨みて籠もり居て散りゆくさまを心に描く

   優美なる白鷺城に城に襲ひかかる巨大クレーンとのコラボレーション

   伊勢の地に新婚当時住みし家すももの木のみ実を結びをり


2010・8月号(十五人集)

    
かたかなの名が花盛りのばらの中に「栄光」「紫雲」が胸を張ってゐる

   薔薇の花の雫は露か涙なのかこぼれし後をほのかに匂ふ

   我が庭に巣を作りゐしひよどりが飛びたちし後に卵が三つ

   いつの間にか二つに減りし巣の卵無事に孵れと切に願ひをり

   「マジつすか」が口癖だつた君も早大学生となる「マジつすか」

   黄昏に笑みを投げ来る女性を見れば教へ子なれど名前が出て来ぬ

   開発の波に洗はれ家島の緑削られし赤き肌見ゆ

2010・9月号(九月集)

   福祉とは素性の知れぬ言葉なり「施設」といふは姥捨て山か

   蕎麦猪口をアレルギーにもかかはらず集めし数ははや早や一五○

   「お子さんは」「いないんです」と答へし後数分続く大きな沈黙

   イタリアの首都を真顔でパリと言ふこの生徒らに生くるに不都合はなきか

   楽器置く無人の部屋で時を刻みメトロノームが静かに主を待つ

   雨音の中に色づく額紫陽花に身をひそめをる蝸牛一匹


2010・10月号(十月集)

   再任用と悩むことなく同僚は早期退職すこの潔さ

   父逝きて二十五回忌の法要に叔母一人のみが焼香をする

   問題を見ながら微笑する君にやつてくれると期待を掛ける

   その顔は山を当てたか外したか監督中には判断つかず

   答案を集めて見れば空欄の多さに「補充」が頭をよぎる

   宵山の祭囃子のコンチキチン音も弾みて盛夏を呼び込む

2010・10月号(十月集)

   再任用と悩むことなく同僚は早期退職すこの潔さ

   父逝きて二十五回忌の法要に叔母一人のみが焼香をする

   問題を見ながら微笑する君にやつてくれると期待を掛ける

   その顔は山を当てたか外したか監督中には判断つかず

   答案を集めて見れば空欄の多さに「補充」が頭をよぎる

   宵山の祭囃子のコンチキチン音も弾みて盛夏を呼び込む

2010・11月号(十一月集)


      
城下では「ゆかた祭り」が催されをり風情を尻目に巡回補導す

      
七月の「御田祭り」に出くはせり植女三人笑顔絶やさず

   「羽衣」を奉納せし後植女らが神稲持ちて拝殿を回る

   打ち水に石青みたる美保館に大正ロマンの明かりが点灯る

   戻り来る漁船の音で目を覚まし烏賊が列なし日光浴す

   美保関出雲神話の旅を終へ「妖怪ロード」に車を走らす