小児科医中原利郎先生の過労死認定を支援する会

過重負担の解消は急務
 悲劇を繰り返すな


核心評論「小児科医自殺訴訟和解」


 過労によるうつ病で自殺した小児科医の中原利郎(なかはら・としろう)さん=当時(44)=の遺族が、勤務先の病院を相手取り、心身への十分な配慮を怠ったとして損害賠償を求めた訴訟は最高裁で和解が成立した。最高裁が「より良い日本の医療を実現するために」と和解を打診し、異例の決着となった。

 注目したいのは「医師不足や医師の過重負担を生じさせないことが国民の健康を守るために不可欠」と踏み込んだ和解条項。最高裁が日本の医療に発した画期的メッセージだ。国を挙げて医師の過重負担解消に向け行動しなければならない。

 中原さんは、定員6人の小児科の医師が3人に減ったにもかかわらず、小児科の責任者になり、自ら月に5〜8回も泊まりの当直をしながら、精神的に追い込まれ、病院屋上から飛び降りた。机の上には「少子化と経営効率化のはざまで」と題された遺書が残され、貧弱な小児科医療の閉塞(へいそく)感の中で医師を続けていく絶望感が書かれていた。

 中原さんの自殺は、小児科医の過酷な勤務実態を明るみに出し、遺族が起こした訴訟には、日本小児科学会や多くの医師、医療関係者たちが支援してきた。労災認定は2007年の東京地裁の判決で確定したが、病院側への損害賠償請求は一、二審とも棄却され、遺族が上告していた。

 病院側が支払う和解金は700万円で、請求額の1億2千万円を大きく下回った。病院の経営難や医師不足は深刻化している。同じ苦境の中で、病院だけにすべての責任は問えない事情も反映したのだろう。
 重要なのは、遺族と病院の双方が医師の不足や過重負担を解消していこうとする点で一致したことである。日本の医療現場を変える一歩になる。

 小児科は収益が上がらない不採算部門として医師不足の矛盾が最も集中的に現れてきた。医師は裁量性が強いが、目の前に患者がいれば診療する義務がある。良心的な医師ほど苦悩しつつ患者のために限界ぎりぎりまで働き続ける。こうした労働実態は若い研修医だけでなく、部長や医長らの管理職にも多い。これでは患者の安全は危うい。

 医師も労働者である。労働時間が制限され、健康は守られねばならない。雇用する病院はその義務が伴う。勤務医が激務を嫌って次々と立ち去る中で、残された医師に負担がかかる悪循環に陥れば、医療崩壊は進み、病院は成立しなくなる。

 長年の医療費削減策で医師不足は深刻化した。08年から全国の大学医学部・医科大学の定員は増加に転じた。しかし、効果が出るのは10年以上先だ。小児科や産科、救急に医療費の配分が最近、少しずつ増え、改善の兆しはあるが、現場の医師の負担解消には程遠い。

 中原さんの悲劇を繰り返してはならない。医師の激務解消のため、医療予算を増やした分で医療者の労働条件を改善、働きやすい環境を整えるしかない。 (共同通信編集委員 小川明)



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