〜 ファイナルファンタジー8 〜
「そっか、大変なんだなぁ。・・・・・・、おっし!じゃ、これやるよ!」
疲れた表情を浮かべてうなだれている少年の目前に座り込んで視線を同じ高さにしつつ、しばらくの間話し込んでいたかと思うと、ラグナ・レウァールは両手をぽんと軽くたたき、ポケットから財布を取りだした。そして、躊躇うことなくすべてを少年に手渡そうとする。
そんな光景を傍らで黙然と見つめていたウォード・ザバックが慌てて止めようとするのだが、
「いいって、いいって。大丈夫!なんとかなるって」
呵々と笑って一切取り合わず、実にあっさりと現在の所持金全てを少年にあげてしまった。
少年は深々とお辞儀をすると、くるりと背中を向け、脱兎の如く走り去っていった。せっかく大金を手に入れたのに、相手の気が変わってまた取り上げられてしまったら目も当てられない。
そんな子供の心情が理解できたのか、ラグナは苦笑混じりにその背中を見送っていた。
その横で、ウォードは冷や汗をだらだらかいていた。現在諸事情によりこの場にいないもう一人の相棒の反応が非常に恐かったのだ。そして、ラグナに旅費を預けていってしまったその相棒を恨めしく思ったりもしていた。
そして、案の定。
「ラグナ君。何てことをしてくれたんだ!」
ただでさえきつい感じのする顔なのに、現在怒りが頂点に達しているキロス・シーゲルの顔は本当に恐かった。
怒られている本人はあさっての方向を見やってその怒りをはぐらかそうとしてみたが、つきあいの長いキロスにそんな小手先の技が通用するはずもない。
「ちゃんと聞いているのかね?ラグナ君。君は大変なことをしでかしてくれたのだよ!今晩の宿はおろか、私たちには夕食を摂るための費用さえ残されていないんだ。私たちに飢え死にしろと、君は言うのかね?」
怒り心頭のキロスの語気は荒く、二人のやりとりを見守っているしかないウォードははらはらしていた。
キロスがここまで怒りをあらわにすることは非常に珍しいのだ。
やや斜に構えてはいるが、ある程度はあたたかくやんわりと、ラグナの行状をたしなめるのが常なのだ。
その余裕がないということは、かなり切羽つまった状況下に、彼らが置かれていることを示していた。
ラグナも遅ればせながらそのことに気づいたらしく、恐る恐る彼ら一行の財務担当者に尋ねてみた。
「もしかして、俺たち、文なし?」
キロスは両目を眇め、ゆっくり両手を胸元で組むと重々しく宣告した。
「そうだ。私たちは文字通り、一文なしになってしまったのだよ。ラグナ君の善行とやらのお陰で、ね」
告げる口許がかすかに痙攣している。
自分のしでかしたことが原因で困った状況になるのは幾度も経験してきたが、【野宿するしかないくらい貧乏】になったことは幾度かあったが、さすがに【食事ができないくらい貧乏】になってしまったことは初めてで、ラグナは心底しまったと思った。だから、
「で、どうやって、金、貯めるんだ?」
問題解決の糸口を見つけようと、相談してみることにした。
「・・・・・・」
あまりと言えばあまりな言葉に、キロスは無言でラグナを見据える。
「・・・・・・」
いつもならばスパンと答えを、必要以上のコメントとともに返してくるはずの相手の沈黙に、ラグナも思わず沈黙を返してしまった。そして、縋るように、ウォードをみやったが、寡黙(話せないのだから当たり前だが)な巨漢は横に首を振るのみだった。
気まずい沈黙が3人の間に降りることしばし・・・・・・。
ラグナは一生懸命考えていた。
(そうだよなぁ。俺の責任なんだから、俺がどうにかしなくっちゃ、だよな〜。じゃ、どうすればいいんだか・・・・・・。この前は、運良く映画の出演者を募集していたんでどうにかなったけど、そうそう、そんな上手い話がその辺に転がってる訳ないし・・・。今からバイト先探しても、腹が減りすぎて仕事になりゃ〜しないよな、うんうん。となると、俺も奥の手を使うっきゃねえか。あんま、使いたくない手だけどよ。それには、ある程度元手が要るな〜)
自分の考えを固めたラグナはそれを実行に移すべく、痩身の財務担当者にずずっと近づくと、真剣に尋ねた。
「なあ、キロス。ほんっとうに、俺たち、文なしか?」
急接近されて及び腰になりながら、
「いや。一人分の一食分程度ならばある」
眉間にしわを寄せつつも、キロスはそう答える。実際には、豪華な宿とは言えないが、一般的な宿であれば彼らが十分一泊できるていどの金は残っていたのだが。
「じゃあ、それを俺にくれ!」
お小遣いをねだる子供のような表情と仕草で、有り金全部を強請る。
こういう状態のラグナに逆らうとろくな目に会わないことは、過去の経験からよーく学んでいるキロスは、渋々ながらも言われたとおり所持金を7割方渡した。
「では、ラグナ君。これですべてだ」
全額渡してしまわないところが、さすがキロスであった。
備えあれば憂いなし。
もし万が一ラグナが金策に失敗したとしても、どうにか一食分の食費は確保しておいたのだ。
やけにやる気満々で街中を闊歩していくラグナの後を、体格のずば抜けてよいウォードは心配そうに、長身ながらもかなり痩せているキロスはほんの少し愉しげに、ぞろぞろついていく。
やがて、ラグナはある店の前で立ち止まった。
「おっし!いっちょ、やるか〜」
何故か腕をまくりつつ、意気揚々と店のドアをくぐる。
日はとっくに暮れており、店の中は陽気な人々でいっぱいになっていた。
あちらこちらから豪快な笑い声と甲高い笑い声が聞こえ、おいしそうな料理の匂いなどがしてくる。
そこは、酒場であった。
ラグナがどんな方法で金を稼ぐ気でいるのか理解したキロスは、慌てて止めようとしたがすでに遅く、ラグナは近くにいたすでに半分できあがっている男に声をかけていた。
「なあ、俺と一発、勝負しねぇか?」
実にうきうきとした調子で、カードを取りだし、相手に見せている。
ラグナが口にした勝負というのは、最近世界各地ではやっている『トリプル・トライアド』というカードゲームでの勝負のことだった。
『トリプル・トライアド』は、3×3の升目に交代でカードを置いていくゲームである。使用するカードには数字が記されており、その大小によって互いのカードをひっくり返したりひっくり返されたりしながら、最終的に(升目が完全に埋まったときに)どちらのカードが多いかを競うのである。
単にカードを置いていくのではなく、そこに様々なルールを加味することで、ゲーム性がより高度なものになるよう工夫されているため、腕に自信がある者は複数のルールを同時にゲームに取り込んで興じたりもするのである。
それはさておき、ラグナは『トリプル・トライアド』で金を賭けて勝負をしようと男に持ちかけたのである。
ほろ酔い気分で上機嫌な男はラグナの申し出を快諾し、自分のカードを取りだす。
ラグナはにんまり笑うと男の正面の席に腰をおろした。
キロスは表情を固くしてラグナの傍らに歩み寄ると、その耳元へ、
「ラグナ君。君はカードゲームがとても得意ではないと、私は認識していたのだが・・・・・・。大丈夫なのかい?」
低く囁きかける。
以前立ち寄ったある街のバーのマスターにこてんぱんにやられてしまったという実績があるだけに、キロスの心配はもっともなことだった。
ラグナは自信に満ちた笑顔を浮かべ、
「だーいじょうぶ。我、頭中に秘策あり、だ」
なんだか怪しげな格言を口にした。もちろん、小声で、だ。
とにかく、旅費を稼ぐための大事な勝負がはじまった。
選ばれたルールはトレードのみで『ワン』である。そして、肝心要の賭ける金額はなんと『財布丸ごと』であった。
酔っぱらっている男はよほどゲームに自信があるらしく、にやにや笑っているのにくらべ、ラグナは真剣そのものの表情である。
ラグナが先行になった。
1枚、また1枚とカードが置かれていくが、お互いに所有しているカードのレベルは似たようなもので、決定的な差がでにくく、勝負はとうとう最後の2枚にまでもつれ込んでしまった。
最後の升目にカードを置くのは先行のラグナである。
現在互いの持ちカードは4:4。そして、後攻である男は手持ちのカードがそのまま自分の持ちカードになるので、相手は5枚。
ラグナがカードを置いた時点で升目上にある相手のカードが1枚でもひっくり返ればラグナの勝ちであり、ひっくり返らなければそのままドローで引き分けである。
ラグナはさりげなくカードを升目に置き、そのまま左右に位置する相手のカードをひっくり返して自分のものとした。
男はそんなラグナの行動が理解できなかった。ラグナがひっくり返したカードは四辺とも数字が7もしくは8と大きく、生半かなカードではひっくり返すことのできないカードだったからである。
ラグナが置いたカードを凝視した男の口があんぐり開いた。
見たことのない絵柄のそのカードは、四辺がともに9もしくはAというとても強いカードだったのである。
ラグナの後ろで事の成り行きを見守っていたキロスとウォードは、カードの絵柄を見た途端、互いの顔を思わず見合わせてしまった。
ラグナが最終兵器として使用したそのカードは、ラグナの最愛の人である『レイン』の優しげな微笑みをモチーフにしたもので、世界でたった一枚しか存在しないカードだった。
何とも言えない表情でカードを見つめるラグナ。
そんな彼らの微妙な雰囲気に、酔っぱらっている男が気づくはずもなく、
「ちくしょう〜。持ってけ!!」
乱暴に財布を卓上に放り出した。そして、やおら目の前の酒を瓶から直接ラッパ飲みし始める。
「ありがとさん!」
少々ぎこちない笑みを浮かべつつ、ラグナは男の財布を手に立ち上がり、男の肩を軽くたたいてその場を後にした。
「ラグナ君、君はいつの間に、あんなカードを手に入れたのだね?」
酒場を出るなりキロスがそう尋ねた。
ラグナは視線を足下に落としつつゆっくりかぶりを振った。
「そう・・・か・・・・・・」
言いたくないのならばあえて聞くことはすまいと、キロスはそれ以上追求しなかった。そしてラグナから手渡された財布の中身を確認し、
「これだけあれば、しばらくは旅費に困らないですみそうだ」
ぽつり呟いた。その途端、
「ほんとか?ほんとか?」
先刻までのしんみりとした態度はどこへやら、ラグナは喜色満面でキロスの手から財布を奪い取り中身を確認する。
「うぉ〜、すっげ〜なぁ〜。あいつ、こんなに持ってたんだ〜。俺ってば、いい相手選んだんだな〜。うんうん」
いつもの調子でしゃべり始める。
「おっし!じゃあ、今晩はあそこのホテルに一泊な。でもってよぉ〜・・・・・・、うん?」
誰かが服の裾をひっぱっていることに気づき、そちらに視線をやった。
そこには、先刻ラグナが財布を丸ごとあげた少年が佇んでいた。そして、その隣りには少女が一人。
キロスとウォードの表情が強ばる。非常に嫌な予感がしたのだ。
「よっ!どうだ?金は足りたか?」
そんな二人には気づかず、ラグナは気軽にそんなことを尋ねた。
少年は首を左右にふるふる振り、縋るようにラグナを見つめた。
「何だ、まだ足りないのか。で、あとどれくらい必要なんだ?」
少年が恐る恐るラグナの耳元へ囁きかける。
「う〜ん」
それを聞いたラグナは眉間にしわを寄せて両腕を組むと考え込んでしまった。
どんなとんでもない結論がその口からでるのか、キロスとウォードははらはら見守っていた。
少年と少女は期待に満ちた眼差しを注いでいる。
「う〜ん」
いつもならばすぐに財布ごとぽんと渡してしまいそうなものなのに、何故かそれをせず、ラグナは考え込んでいる。そして、
「うっし!そいじゃ、今度はこれをやる!!」
といいつつ、『レイン』のカードを差し出した。
『レイン』へのラグナの想いの深さを知り尽くしているだけに、ラグナのそんな行動が理解できず、
「ラグナ君?!」
ついそう叫んだキロスに目線でいいんだと告げると、やおら少年の前に座り込み、
「『トリプル・トライアド』というカードゲーム、知ってんな?このカードを使えば、たいてーの勝負は勝てる。だから、こいつをやる」
悪いことを教えているという自覚があるのかないのか、至極陽気な口調だった。
「ん、じゃな。そのカード、大事にしてくれよ」
すくっと立ち上がり、
「それじゃあ、ホテルに行くとすっか〜」
お供を二人連れ、ラグナはカードで稼いだ金を早速消費すべく、その場を後にした。
少年は、手の中に残されたカードを、それからしばらくの間見つめていた。
それから月日は流れ、少年もやがて立派な青年に成長し、カードの名人として名を馳せるようになっていた。
そんなある日のこと。
青年は、カードに描かれた女性に面影が重なる、全身黒ずくめの無愛想な少年にカード勝負を挑まれ、接戦の末、敗れてしまった。
勝負の常であるトレードの対象としてあのカードを卓上に置いた途端、
「『レイン』のカード!」
少年が驚愕に満ちた表情でカードを凝視した。そして、
「あんた、ラグナを知っているのか?」
少年は何故か訝しげに尋ねる。
おそらくこの少年はカードの持ち主やカードに描かれている女性と何か関係があるのだろうことは、少年の態度から容易に推測できたが、自分とあの人物との関係を何と表現したらいいのか、青年にはわからなかった。だから、青年は少年の問いに答えることはせず、ただ静かに微笑んだ。
END