〜FINAL FANTASY 8〜

【翼の帰りゆく処】

 

 

 何処までも続くように思える緑の丘陵を、軍服に身を包んだ青年が一人、大きな花束を肩に担ぐようにして歩いていた。
 緑の溢れるなだらかな斜面を、青年はごくゆっくりとした歩調で歩んでいく。
 一見すると、自然の風景しかないように思える光景だったが、青年の足許には確かな標があった。それに導かれるように、青年は目的地へと歩んでいるのだった。
 丘陵を上がりきると、当たり前のことだが、今度はなだらかにくだり斜面が続いている。
 さほど高くはない丘の頂上から見渡せるのは、緑滴る一面の草原だった。そして色とりどりに咲き乱れる花々の群生地でもあった。
 目の前に広がる風景にふと足を止めた青年は、自然の息吹溢れる緑の香気を軽く吸い込んだ。

 ここに来るのは本当に久しぶりだった。忙しさにかまけて、自然と足が遠のいていた場所でもあった。
 でも、今はどうしてもしなければならないことがあった。

 だから青年は誰にも告げず、ここを訪れたのだ。

 きっと今頃は青年の消息を求めて、色々な人間が右往左往している頃だと判っていたが、今の青年にとってそれは些末事でしかなかった。

 きゅっと口元を引き締めた青年は、一度花束を担ぎ直すと再び足を運び始めた。
 きりっとした視線は真っ直ぐ前を向き、自然に溶け込むようにして置かれているモノへと注がれている。

 青灰色の双眸が捉えているもの。

 それは、石碑だった。
 それは、青年と深い関わりを持つ人の、墓標だった。

 墓標の前に佇んだ青年は、ゆっくりとした動作でその場に膝をつき、手にしていた花束をそっと捧げた。

 石の表面に刻まれているのは、『Raine Loire』という名称。

 それは、青年をこの世に生み出した人の名前だった。
 青年をこの世に誕生させた後、さほど時を置かずに他界した人の名前だった。

 墓碑銘を辿る青灰色の双眸が、微かに翳る。

 一度も会ったことのない、でも、不思議に導かれて垣間見た人は、とても輝いて見えていた。
 それは、愛した人と一緒にいたからなのだと、今の青年にはよく判っていた。

 だから。
 だから、こうして今日という日にここに足を運んだのだ。

 その姿勢のまま、青年は大きく息を吸い込むと、墓標に向けて静かに語り始めた。

 「ようやく、貴女に大切な人を返すことができます。
  貴女が、最後の一呼吸まで愛し続けた、貴女にとってかけがえのない存在が、貴女の元に戻ってきます。

 嬉しいですか?
 待ち遠しいですか?

 俺は・・・・・・。
 俺は、貴女に感謝しています。

 俺をこの世に送り出してくれてありがとう。

 貴女のお陰で、俺は大切なモノを守ることができました。
 貴女のお陰で、かけがえのない人たちに出会うことができました。

 貴女の計り知れない愛情に、俺は心から感謝しています。

 だから。
 だから、貴女に、貴女の大切な人をお返ししようと思います。

 ・・・・・・」

 青年の言葉が不自然に途切れ、その瞳に躊躇いの色が浮かび、唇が微かに震えた。

 だがしかし。
 しばらくそのまま葛藤を続けていたが、ようやく心が決まったのだろう唇がゆっくりと動き始めた。 

 「母さん。
 貴女に、ラグナを、父さんをお返しします。

 これからは、父さんが、貴女のことを見守ってくれるでしょう。
 貴女が父さんを見守っていたように。

 明日、父さんは自由の翼を取り戻し、貴女の元へ帰ってきます。

 長い間、貴女から大切な存在を奪ってしまった俺を、どうか許してください。
 貴女にとって父さんが大切な存在だったように・・・・・・。
 俺にとっても父さんは大切な存在でした」

 青年の口元に微かに笑みが浮かぶ。墓碑を見つめる双眸にも、柔らかく温かい光が宿っていた。
 ごくゆっくりとその場から立ち上がった青年は右手を掲げると、墓碑に向けて最高礼をとる。

 その瞬間を見計らっていたかのように、草原をざあっと風が吹き抜けていく。
 少し不自然な感じに巻き起こった風は、無数の花びらを巻き上げる。

 花びらに彩られた風に誘われるように見上げた青空に、蒼い竜機体が一機駆け抜ける様が映り込む。
  それを認めた青年の口元に苦笑が刻み込まれた。
(俺の予想どおり。一日早い再会に、足をつらないと良いんだが・・・・・・)

 ラグナ・レウァールがエスタ国大統領を退任するのは明日に迫っていた。

END

 

 

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