〜 ファイナルファンタジー8 〜

【初 雪】

 

 ふと、若者が顔を上げると、窓の外を雪がちらついていた。
 どうやら今年初めての雪が降ってきたらしい。
 そう言えば、今朝方気象予報官が本日初冠雪を迎えると報道していた気がする。
 それを思い出した若者は、それ以上何の感慨も浮かばないらしく、現在処理中の仕事へと意識を戻してしまった。
 若者にとって雪は格別珍しいものではなく、そういった四季折々の風景に心奪われるような年齢でもなかったので、ごくあっさり仕事に意識を戻していた。そこへ、
「おお〜い、雪が降ってきたぞ!どっかに遊びに行っくぜぇ〜」
思わず耳を塞いでしまいたいくらいの大声でそう叫びながら、一人の男が入ってきた。
 声を耳にした途端、若者の眉間に皺が寄る。そしてあからさまに手にしていた書類を机にたたきつけると、不機嫌な表情のまま男を睨んだ。
「人に仕事を押しつけておいて、何を言ってるんだ?あんたは・・・」
そう、若者が処理していた書類の大部分は、一つ処にじっとしていられない性分の男がほったらかしにしていたものなのである。しかもどれだけため込んでいたものなのか、片づけても片づけても次から次へと未決済の書類が出てきてしまい、いくら我慢強い性格とはいえ、若者もそろそろ処理するのに嫌気がさしてきていた頃合いだった。
 そこへいかにも脳天気な男の台詞が響いたのだ。
 これで怒らない人間がいたら、是非ともお目にかかりたいものである。
 しかしそんな若者の反応にすでに男は慣れきっており、生来のお気楽な性格からあっさり相手の不機嫌を黙殺してしまった。
「なあ、ちょっとだけでいいから、俺につき合ってくんねぇか?」
お願いしますと言いながらぺこぺこ頭を下げて拝んでみせたりするものだから、それをされた相手はため息をつくしかないだろう。
 その例に漏れず、若者はやれやれと言いたげに大きなため息をひとつつく。そして手元の書類を一瞥すると、
「あと数件処理したら一段落する。それまで待てるか?」
そう妥協案を提示する。
「俺も手伝えば、早く終わるよな〜」
言いながらいそいそと書類を手にする。自分の仕事だということをすっかり失念しているらしい。
 そんな姿を見て、若者は呆れ気味にため息をつくしかなかった。

 書類の処理に予想以上に時間をとられてしまい、気がつけば外は一面の銀世界に変わっていた。

 予想以上に雪が降り続いているため、人々は早々に家に引き籠もってしまい、町は閑散とした雰囲気に包まれていた。
 そんな中を、若者を伴った男は嬉しげに町はずれにある広大な空き地へと足を運んでいった。
 男が若者を案内した空き地はまだ誰の足跡もついていない銀一色の世界に変貌しており、それを見た男はうかれた足取りでそのただなかへと走っていく。
 男のはしゃぎぶりに、若者はただため息をつくのみだった。
 しばらくの間、男はその場にしゃがみ込んで何やらしていたのだが、やがてすくっと立ち上がると、遠くから自分の挙動を見守っているのみの若者へ大声で呼びかけた。
「おお〜い、こっちきて手伝えや!」
男の足下には子供の頭ほどにもなるかという大きさの雪の固まりが転がっている。
 何をしたいのかさっぱり想像がつかず、若者は困惑気味に男の元までやってきた。そして大きな雪の固まりを見つめつつ、
「あんた、何がしたいんだ?」
素直に疑問を口にした。
「へっ?」
そう問われた男は意表をつかれ、間の抜けた声を出してしまう。
 自分が現在こしらえている途中の大きな雪の固まり。
 これを見て自分が何をしたいのかなんて一目瞭然だと思っていただけに、若者の問いかけはフェイント以外の何者でもなかった。
「・・・何って・・・・・・」
自分に注がれる青灰色の瞳に宿る生真面目な光に男は少々慌て気味に言葉を綴る。
「こんだけ大きな雪の固まりだぜ?何してるかくらい、判っだろ?」
自分としては常識だと思っている事柄だけに、男の言葉はざっくばらんすぎて説明になっておらず、若者には相手の言いたいことがなんであるのか一向に見当がつかない。
 そんな若者の反応に男は狼狽してしまった。どうしてこんな常識的なことを知らないのか、理解できなかった。
 時々、ほんの時々だけれども、こういった風に常識として知っていておかしくはないはずのことを、若者はまるで知らないことがあった。
 そんな時、男は自分たちが離れていた時間の長さをつくづく感じさせられているようで胸が締めつけられる思いがするのだった。そしてそんな重い感情を振り払うように、男がわざと軽い口調でその常識的なことを説明してみせるのが常なのである。
「これよりもうちっとばっかしでかい雪玉を作ってよ。それで“雪だるま”をつくんだよ!」
「雪・・・だるま?」
男が口にした耳慣れない単語を鸚鵡返しに繰り返す若者はそれから何がどうなるのか想像がつかず、まじまじと雪の固まりを見つめた。
 そんな様子を見て、男はため息をつくと、つっけんどんな調子で言い放つ。
「雪だるまつったら雪だるまなんだ。これから作ってみせっからよ、とにかく手伝え!!」

 それから大の大人二人は、雪まみれになるのも構わずにせっせと大きな雪の固まりを二つ作り上げ、それを利用して自分たちと同じくらいの背丈の雪だるまを完成させたのだった。

 出来上がった雪だるまを若者は不思議そうに見つめていた。
 この物体には何か意味があるのか知りたくもあったが、それを男に尋ねてもはかばかしい答えなど得られないことを、今までの経験から熟知しているため、敢えて問おうとは思わなかった。
 喜色満面、得意げに雪だるまを見ていた男は隣に佇む若者の反応を窺うべく視線を遣るが、予想外の反応に少々拍子抜けしてしまった。
「なあ、これ、すっげえいい出来だと思わねぇか?」
雪だるまが何であるのか今まで知らなかった人間に聞くことではないと思うのだが、存外本人は真剣で、どう答えたらいいのか若者は逡巡してしまう。そしてしばらく悩んだ後、何も言わない方がいいという結論に達し、沈黙を守る。
 若者の戸惑いを感じた男はちょっと寂しげに微笑むと、その場にしゃがみ込んで、さらに小さい雪の固まりを作った。
 今度は手伝えと言われなかった若者は興味津々男の手元を見守っていた。
「うっしゃ!」
さして時間をかけずにできあがったのは、赤い目と緑色の耳をした雪うさぎ。
「これ、みやげに持って帰ろうな〜。今日の記念だぜ!」
無邪気に笑い、若者へ手渡す。

 手のなかにある小さな雪うさぎ。

 それを見つめる青灰色の双眸に、優しい光が浮かんでいた。
「これの名前、当ててみようか?」
微笑みながら若者がそっと呟く。
「ん?」
男の表情も自然と優しいものになっていた。

 粉雪が、二人のうえに静かに降り続いていた。

 

END

 

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