窓から降り注ぐ陽光は心地よい暖気をもたらしていた。
久方ぶりに姿を見せた見事な青空に、意識を惹かれた若者は窓を大きく開け放ち、清々しい空気を室内へと招き入れていた。
ここ数日満足に睡眠をとっていなかった若者は、この温もりと穏やかな空気に逆らいきれず、思わずあくびを漏らした。
若者は、不穏な動きをみせる組織集団への対抗策を講じるため、数日の間不眠不休に近い体勢で動き回っていたのである。
しかし若者から大切な睡眠時間を奪い去っていた原因はすでに取り除かれ、身体を休めても誰にも文句は言われない時期に、いや寧ろ身体を休めるべき時期になっていた。
久しぶりののんびりした時間の流れに、若者はするべきことが何も見つけられず、ただぼんやりたゆたっていた。
窓の外に広がる風景に何となく視線を遣ったまま数日間の出来事を反芻するうち、若者の身体が不安定に揺れ始め、いつの間にか机に突っ伏してしまっていた。
窓際に置かれている机に突っ伏す形で寝ている若者のうえで、レースのカーテンが行ったり来たりして揺れている。
気配に聡いはずの若者は、しかしそれに気づくことなく、軽い寝息をたてて眠りの淵でゆっくり漂っていた。
悪戯なそよ風はカーテンを揺らすだけでは飽きたらず、時々、若者の髪にも戯れの指先を伸ばし、さらさらのその髪を緩くかき乱している。
穏やかな空気に包まれ、若者は安らかに眠りに就いていた。
誰もが壊したくないと思わずにはいられない光景がそこにはあった。
そんな風景のただなかへ、やや乱暴に部屋の扉を開けて男が一人入ってきた。
部屋の住人である若者の名を呼ぼうと口を開けた途端、窓際の光景に気がつき、慌てて口を閉じた。
いつもは陽気な雰囲気を纏っている男の表情が、痛ましげな色を浮かべる。
人が入ってきたにも関わらず全然起きる様子を見せない若者の姿から、若者がどれだけ疲れているのか容易に想像がついてしまい、切なくなった。
極力足音と気配を殺して、若者の顔が見える位置まで移動する。
至近距離に近づいても、若者が目覚める気配は一向になかった。
顔を覗き込んでみても身じろぎ一つしない。
珍しく無防備に眠りに就いているその様子に、男はただ苦笑を浮かべるしかなかった。
幾ら穏やかな日和とはいえ、風にさらされた状態で長い間眠っているのも身体に障りがあるだろう。そう思った男は、自分が羽織っている上着を脱いで若者の背中へとそっとかけた。そして若者を起こさないよう細心の注意を払いながら、開け放たれていた窓をそっと閉めた。
「また、おまえに無理、させちまったな。・・・・・・ご苦労さん」
寝顔にそっと囁きかけるとそれ以上眠りを妨げないようその場を離れた。
軽いのびをしながら若者が身体を起こすと、ぱさっと音をたてて物が落ちる気配がした。
慌てて背後の床を顧みれば、そこには見覚えのある上着が落ちていた。
椅子からゆっくり立ち上がり、落としてしまった上着を手にとって埃を払う若者の顔は、照れくささと嬉しさが微妙に入り交じっていた。
END