〜FINAL FANTASY 8 TALES vol.10〜

【退 任】


 学園長室に呼びだされたキスティス・トゥリープは、緊張の面もちで学園長シド・クレイマーが滔々と読み上げる言葉に聞き入っていた。
「SeeDキスティス・トゥリープ君。貴女は本日午前0時をもってSeeDの任期が満了になったことをここに告げます。長い間ご苦労様でした。なお、キスティス君は引き続き教官としてガーデンにとどまることは学園側も認可しておりますので、これからもよろしくお願いいたします」
暖かい声音でそう告げられ、キスティスはシドに最高礼をとった。

 今日、キスティスは20歳の誕生日を迎えたのである。

 『SeeD』。
 それはバラムガーデンが抱えている傭兵集団を指し示す言葉であり、数多いるガーデン生徒達のなかでも特に優れた能力を有する者たちで構成されている。戦闘支援など、戦闘に関するありとあらゆる場面でその任務を少数精鋭でこなす戦闘のスペシャリスト達の集まりである。
 SeeDの任期は20歳までと決められており、その年齢までならばガーデンに在校も可能なのであるが、20歳を過ぎてまでガーデンにとどることを、大抵の者はよしとはしなかった。というか、そのままガーデンにとどまれるような理由を見つけられる者はごく少数であり、ガーデン卒業者の多くは、各国の軍をはじめ、戦闘と関連の深い業種で活躍しているのが常だった。

 20歳を迎えたキスティスが、こうして教官としてガーデンにこのままとどまるという事態は異例中の異例であり、同時に彼女の優秀さを物語ってもいた。

 ひとまず学園長の許を辞したキスティスはスコールのいる執務室へと足を運んだ。
 スコールは相変わらずモニターを睨み、忙しく手を動かしていた。
 微かな電子音とともに扉の開く音がする。
 ドア越しに伝わってきた気配から訪問者が誰であるのか悟っていたスコールは、そのまま顔を上げようとせず、声をかけた。
「話がある。キスティス、適当に腰をかけてくれ」
言いながら、モニターに呼び出していた情報のデータをプリントアウトするべく、キーを操作する。
 来客用に設えてあるソファの一つにすっと腰をおろしつつ、キスティスは尋ね返す。
「話って・・・。一体、何かしら?」
それには応じず、プリンターが吐きだす紙を無表情に見つめるスコールの横顔は、何故か緊張を孕んでいた。やがてデータすべてを印刷し終えたスコールは、それをまとめるとキスティスが座っている真正面のソファに自分も腰をおろした。そして、手にしている資料を相手に提示する。
「これは、あんたが作成したものだな?」
言われて不思議そうに資料に目を通しはじめたキスティスの顔が驚きに変わっていた。
「どうして今さら、こんな資料を集めているの?ね、スコール」
 二人の間に置かれているテーブルに両肘を載せ、組んだ両手に顎を軽くのせたスコールは微かに苦笑を浮かべる。
「・・・・・・多分、あんたと同じ理由から・・・だ」
口許に苦笑を湛えているにも関わらず、青灰色の瞳には揺らぎない強い光が宿っている。あたかも獲物を見つけた獅子のように鋭い眼差しで、目前の人物を真摯に見つめていた。
「・・・・・・」
強い視線に射抜かれ、言葉がうまく出てこない。自分の心が情けなくも震えていることにキスティスは気づいた。
 蒼い瞳に浮かんでいる怯えにも似た色を認めたのか、スコールはふっと視線を和らげ、
「あんたには感謝してる。あいつをこんな風に扱ってくれて・・・・・・」
テーブルの上の資料に視線を注ぐ。

 スコールが探しだしたキスティスの書類。
 それはある男の取り扱いに関する資料だった。

 男の名前はサイファー・アルマシー。
 スコールが唯一自分のライバルとして認めている人物だった。

 数年前、サイファーは己の夢を追いかけるあまり、スコールたちと敵対関係にあった。そしてしばらくの間、彼らは闘ったのだが、その結果としてサイファーは敗れ、そのまま忽然と姿を消してしまったのだ。
 サイファーは結局、SeeD試験に合格することなく、またとっくに放校処分になっていてもおかしくない状況におかれていたが、それは現在のところ保留扱いとなっていた。そしてそれは、当時サイファーの担当教官だったキスティスが巧みに立ち回った結果だった。

 しかしそれも最早時間の問題だった。サイファーが20歳になるまであまり時間が残されていなかった。
 だからキスティスは『今さら』と言ったのだ。いくら巧妙に立ち回ってみせたところで、ガーデンの規則に抗えるはずもない。

 資料に視線を落としたまま、スコールはぽつり呟いた。
「あいつ、サイファーが帰ってくる場所は、多分、ここしかないんだ。そう、俺がそう思っているように、あいつもそう感じているはずだ」
低く囁きかけるような言葉はそれでも十分な重さを宿し、深く深くキスティスの心の中へ浸透していく。
「あいつがいつ帰ってきてもいいように、ここにその場所を作っておきたいと、その場所を守っていたいと思うのは、俺の我が儘か?」
 キスティスは何度も頭を振りながら、俯いたままのスコールを優しく抱きしめた。
「いいえ、多分、貴方の言うことは当たっているわ。だってあんなに熱心に風紀委員長を務めていたんですもの」
自分の言ったことにうけたのか、声には笑いが含まれる。
「どうしたらサイファーの居場所を作れるか、二人で考えましょう?」
優しい抱擁のなか、スコールは力強く頷いた。

 「落ち着いてください、スコール君。君がサイファー君を惜しむ気持ちは解らないでもないのですが、いくら何でもそれは・・・・・・」
バラムガーデン学園長シド・クレイマーは目を白黒させてスコールに対応していた。
 スコールはサイファーの処遇について自分の考えをシドに話したのだが、最初からそう簡単に受け入れてもらえるとは思っていなかった。
「無理を言っているのは百も承知です。ですが、俺の案を聞いてください」
 さらに何か言おうとするシドを、その傍らに控えていたイデアがすっと片手で制し、
「貴方の案・・・ですか?」
優しく、慈愛の女神の如き優しい笑みを浮かべてそう尋ねる。
 スコールは大きく頷くと、己の考えを口にした。

 スコールが考えた案というのは以下のようなものだった。

 サイファー・アルマシーはあの時のSeeD試験で無事に合格を果たしたが、その後すぐに極秘任務を受け、現在に至る長期間、ガーデンに戻れずにいるという扱いにする。
 もし任期満了までにサイファーが戻ってきたならば、その身分はSeeDとして、また、SeeDとしての任期が過ぎても戻ってこないようならば、教官として遇するよう手配をして欲しい。
 不在のサイファーを教官にすることで生じてしまう教官の空席は、自分が臨時教官としてその席を埋めることにする。
 そしてこれが最大の問題なのだが、サイファーがしでかした一連の出来事の責めを彼一人に負わせないような配慮をして欲しい。

 スコールは己にできる最大限の努力を払い、学園長夫妻に自分の思いを伝えようとした。
 自分の気持ちを整理したり、それを相手に伝えたりするのが未だに不得手なスコールは、それでも精一杯言葉を重ねた。
 時々言葉を途切れさせながらも、時には口を閉ざしかけてしまうこともあったけれど、それでも自分の言いたいことすべてを言葉にした。
 学園長夫妻はそれにじっと耳を傾けていた。

 すべてを話し終えた時、スコールは未だかつて感じたことのない疲労感に襲われていた。
 自分の思いを相手に伝えようとすることが、どれほど体力、気力を必要とするのか、思い知らされた気がした。
 そんなスコールを学園長夫妻は穏やかに見つめ、
「スコール君、君の言いたいことは大体わかりました。明日、その件に関して学園側に図ってみましょう。ただし、君の望んでいる通りにことが運ぶかどうかは、正直なところ解りかねます」
シドはいつものように柔らかい口調でそう告げた。
「貴方の思うとおりになるとよいですね。それではスコール、また明日、お目にかかりましょう」
イデアは淡く微笑んだ。
 スコールは二人に大きく頭をさげると、学園長室を後にした。

 すべては明日。
 自分はできる限り自分の気持ちを二人に告げた。
 すべては明日、わかること。

 疲れ切った表情で、スコールは自室へと戻っていった。

 

END

 

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