〜FINAL FANTASY 8 TALES vol.6〜
エスタ国大統領ラグナ・レウァールは大いに悩んでいた。
眉間にしわを寄せ、常になく真剣な眼差しで、机の上に広げてある様々な本をとっかえひっかえ眺めていた。
そんなラグナの様子をちらちら窺いながら、補佐官たちは本日の業務に取り組んでいた。
働いていないのは、大統領、ただ一人のみであった。
大統領筆頭補佐官の肩書きを持つキロス・シーゲルは苦虫を噛みつぶしたかのような表情でラグナを一瞥すると、処理中の書類をひとまず置き、ラグナに一言注意を促すべく立ち上がった。
それを目にしたやはり同じ肩書きを持つウォード・ザバックが、何か言いたげにキロスを見つめた。
「・・・・・・・・・・・・」
「わかっている、今のラグナ君は、私たちの言うことなどに耳を貸さないだろう。でも、このままでは後の始末が大変だ」
そう低く囁くと、キロスはラグナの許へ歩み寄った。
「ラグナ君、無駄だとは思うのだが、一言言わせてもらう。現在は執務時間中だ」
無論、そんなキロスの言葉が素直に耳に入るような状態のラグナではなかった。
軽くため息をつき、ラグナが先程から真剣に目を通している本を覗き込んだキロスは、次の瞬間あきれ顔になった。
ラグナの机の上に無数にある本は、どれも通信販売のカタログだったのだ。しかもそれらはすべて有名ブランドを扱っていることを“売り”にして、その売り上げを伸ばしているものばかりだった。
キロスは考えこんだ。どうしてラグナがこんな時期にそんなものに目を通しているのだろうかと。そして、あることに思い至った。
(なるほど、そういうことか)
一人納得した顔で興味津々ラグナを見つめる。
ラグナは滅多に見せない真剣な表情そのもので、キロスの意味ありげな視線に気づくことなく、一生懸命にカタログに目を通してた。
キロスは一つため息をつくと、肩を軽く竦め、
「ラグナ君、ちょっとこちらに来たまえ」
言い様その手を強引に取って立ち上がらせると、有無を言わさず執務室を後にした。
残された補佐官たちは大きなため息をつき、それぞれ自分の仕事に没頭し始めた。
◇
「さて、ラグナ君。君はどうしてあんな雑誌に目を通していたのかね?」
執務室に隣接する、休憩をとるために設えられている控え室にラグナを連れ込んだキロスは、軽く咳払いをした後そんな台詞を口にした。ラグナの考えていることなどとうにお見通しであるのだが、キロスは敢えてそう言った。
自分の行動が正当性に欠けることを重々承知のラグナは決まり悪げに頭をかきつつも、控え室奥のお気に入りの寝椅子に歩み寄りちょこんと腰をおろした。
そんな態度に苦笑を浮かべたキロスは、自分も最寄りの椅子に腰をおろして相手が話し出すのを待った。
待つこと数分。
自分をじっと見つめるそんなキロスの視線に耐えきれなくなったラグナは、渋々といった態度で話を切りだした。
「あのよ、もうすぐ、スコールの誕生日じゃんか」
キロスは自分の考えが当たっていることに微かに意味ありげに顔を歪めるが、俯いているラグナはそれに気づかずぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「今まで親らしいこと、何一つしてやれなかったからよ、ここらで一発何かしてやりたいんだ」
(親らしいこと=誕生日プレゼントとはあまりにも単純すぎる気がするのだが・・・)
キロスは内心そんな風に思いながらも、一生懸命なラグナに水を差す気は毛頭なく、黙ってラグナの言葉に耳を傾けている。
「でもよ、何が欲しい?って聞いても、あいつってば何もいらないの一点張りなんだぜ〜」
(おいおい、あのスコール君がリサーチされて素直に応えるはずがないだろうに)
そんなラグナの言い分に思わず肩を竦めてしまうキロスだったりする。
「いらねえって言われても、俺としてはプレゼントをやらなきゃ気が済まねえ。でも・・・・・・。でも、何を贈ったらいいのか全然判んねぇ!」
後半部分はほとんど絶叫と変わらない大声で言い募ると、ラグナは頭を思い切りがしがし掻きむしり、頭を抱え込んでしまった。
本人は真剣そのものなのだろうが、端から眺めていたら喜劇にしか見えないそんな様子に、キロスは深々とため息をつき、椅子から立ち上がるとラグナの傍らへと足を運んだ。
「そう言えばラグナ君、以前、スコール君はこんなことを言っていたよ」
長身を屈めてラグナの耳元へそっと言葉を囁いた。
その言葉を聞いたラグナの目がきらりと輝き、
「それだ!!」
そう一言叫ぶと脱兎のごとく控え室から飛び出していった。
後に残されたキロスが、思い切り顔をしかめて自分の耳を押さえていたのは言うまでもない。
◇
バラムガーデン内にある催しごとにのみ使用される大広間。
滅多に使用されることのないその大広間が、今日は多くの人でごった返していた。
今日は指揮官の職にあるランクASeeDであるスコール・レオンハートの誕生会が開催されているのだ。
主役である当の本人は、今回の開催について最後まで反対を貫いていたが、ガーデンの最高責任者であるクレイマー夫妻の鶴の一声で開催が決まってしまったのだ。
「誕生日おめでとう!」
「お誕生日おめでとうございます!」
色々な人から贈られる手向けの言葉に、スコールは相変わらず感情を露わにすることを良しとせずにいたが、それでもその顔には照れくささが微かに滲んでいる。
ほんの少し前まで、自分は周囲の人間とは関わりを持たずに生きていけると、強く信じていたのがまるで嘘みたいに、今は周囲に人が溢れている。そしてそのことを自分が心地よいと感じ始めていることに、スコールは戸惑いつつも嬉しさを感じていた。
たくさんの笑顔に囲まれていると幸せだと感じる自分を知ることが、スコールには何より嬉しいことだった。しかしそのなかにラグナの姿はなく、そのことに気づいたスコールは胸の片隅にちくっと痛みを感じた。
次から次へと手渡される贈り物に、スコールの周囲はあっという間にプレゼントの小高い山ができあがっていたが、そのなかにはラグナからの贈り物が含まれていない。
つい先日まであれほどしつこく欲しい物を尋ねてきていたのに、今日この場にラグナが居ないことがスコールには不思議でならなかった。今までの行動パターンだと今日は絶対此処にいるはずなのだ。
ラグナはどうしたのだろう?などとスコールがついそう思ってしまった瞬間、広間の扉がばんと大きな音を立てて開かれ、
「スコール〜〜、誕生日、おめでとさん!!」
最早絶叫に近い大声で叫びながら、ラグナが飛び込んできた。そしてその勢いのままスコールの許に辿り着くと、大きな大きな花束をぼふっとその胸元に突きつけた。
反射的にそれを受け止めるスコールだったが、一瞬その思考回路は麻痺し、現状が把握しきれず硬直してしまった。視界いっぱいに広がるこの花は一体なんだろう?今、ラグナの声がしなかったか?などと思考が空転する。
「スコール?」
あまりの反応のなさにラグナは少々狼狽え気味に名前を呼んだ。
その声にやっと現状を理解したスコールはラグナが押しつけている花束を受け取り、改めて侵入者の顔を見つめた。
碧翠の瞳に宿る嬉しげな光。
それを認識したスコールは今まで以上に戸惑いと嬉しさの入り交じった複雑な気分に囚われる。
「来たのか」
やや困惑が滲んだ声音でぽつり呟く。が、それはあまりにも小さくてラグナの耳には届かなかった。
それでも唇が動くのを認めたラグナは素早く反応し、
「何だって?」
軽く首を傾げながら青灰色の双眸ににっこり微笑みかける。
そんなラグナの様子に、スコールは一瞬息をのみ、再び思考が硬化してしまう。
相手が変に緊張していることに気がついたラグナは、その場に硬直しているスコールから何らかの反応を引き出そうと、花束を抱えている相手の身体を、花をつぶさないよう一応気を遣いながらも、ふわり抱きしめた。
自分が今何をされたのか、咄嗟に理解できなかったスコールではあったが、さすがはAランクSeeDというべきか、その半瞬後には脳裏で雷が大きな音とともに落ちるような衝撃を感じた。
次の瞬間スコールは、力任せに自分に触れていた身体を、思い切り突き飛ばす。
「いってぇ〜〜、何するんだよ!」
その反応の素早さに対応しきれず、ラグナはその場で転んでしまった。そして強かに打ち付けてしまった尻を撫でながら、ラグナは口を尖らせつつ立ち上がる。
「それは、こっちの台詞だ!!」
ただでさえ鋭い目つきであるのだが、それをさらにきつくつり上げ、スコールは頬を朱に染めながら怒鳴り返す。
そんな二人のやりとりに、周囲はしんと静まりかえってしまった。しかし二人はそんなことは気にも留めず、しばらく口論し続ける。
常に冷静沈着なあのSeeDスコールが、どんな状況下でも落ち着き払って指揮を執るあの指揮官スコールが、あんな大声を出すなんて信じられないと、その場にいる大多数の人間は驚く反面、ごく一部の人間たちはまたやり合ってるよ、飽きない二人だよね〜などとのんびり思っていた。
「スコール君、誕生日おめでとう」
大多数の周囲が仲裁にはいることを躊躇っているなか、不意にそんな声がみんなの耳に飛び込んだ。
無数の視線が声の主を求めて入り口の方へと投げられる。
「ラグナ君、君のそんな態度はあまり感心しないね」
周囲の視線などまるで気にした風もなく、エスタ大統領筆頭補佐官キロス・シーゲルは悠然と二人の許へと歩み寄り、にっこり微笑んだ。
キロスの『笑顔』などという滅多に見られぬ代物に、思わずラグナは硬直してしまった。スコールも意外なものを見てしまった驚きを隠しきれずにいたりする。
三人の間に奇妙な沈黙が落ちる。
周囲もことの成り行きを見守る沈黙に包まれた。
そんな重たい沈黙を破ったのは、やはりキロスだった。
「スコール君、申し訳ないのだが、これから我々に同行して貰えないだろうか?」
何かを企んでいるという雰囲気を濃厚に漂わせながら、それでも表情はあくまでも神妙にそう言を次ぐ。
高確率で何かがあるのは判るのだが、それがどんな内容なのか読みとらせないその様子は立派と言うしかなかった。
長身のキロスを見上げる形でしばらく様子を窺っていたスコールだったが、軽く吐息をつくと肩を竦めて見せた。
◇
今にもスキップをし始めそうな様子のラグナに誘われるまま、スコールは歩を進めていたが、すぐに目的地がガーデンの外であることに気づいて怪訝な表情になった。隣を悠然とした足取りで歩くキロスに目線で問うても勿論返答が返ってくるはずもなく、スコールは少々不安を感じながらも足を運ぶしかなかった。
「もうちっとで外だからな!」
弾みに弾みまくった声音でそんなことを言われても、元々ここに生活基盤を置いているスコールはどう反応を返したらよいか判らず、声と同じくらい浮かれた足取りの男の背中を黙然と見つめるしかない。だがその視線には少しばかりの困惑と何かを期待する光が微かに含まれていた。
そんなスコールの様子に『どうやら脈ありだぞ。喜びたまえ、ラグナ君』などと、いつもと変わらぬ感情の読み取れない顔つきのままキロスは思っていたりした。
ガーデンの最終ゲートをくぐった途端目に飛び込んできた光景に、スコールは珍しく驚きの表情を浮かべて絶句してしまった。
どこまでも澄み渡る蒼穹を背景に、ガーデンのすぐ脇に鎮座しているそれは、目の覚めるような青空との対比も美しい、真紅の機体のラグナロクだった。
「ほい、これ!」
上機嫌といった表情を隠さず、満面に笑みを浮かべたラグナは、ポケットからカードタイプの小さな鍵を差し出す。その鍵にはご丁寧にも赤いリボンが可愛らしく結ばれていたりする。
反射的に差し出してしまった手のひらに、それはぽんと実に気安く置かれてしまった。
「誕生日おめでとさん。これ、俺からのプレゼントな!」
下手なウインクとともにラグナは事も無げにそう宣言した。
ラグナが大統領を務める機械大国エスタでも最高機密の部類に入るであろう飛空挺を、個人への贈り物にするという暴挙にでるというのは、さすがにスコールにも予想範囲外のことで、再び思考回路が停止してしまった。
プレゼントが何であるのか知った途端、スコールから返るであろう反応を、例えば『こんなものを贈り物にするんじゃない!』と怒鳴られたりとか、鍵を渡した途端『いらない』とぼっそっと呟いて鍵を突っ返されてしまうとか、絶対あり得ないととは思っていても『嬉しい、ありがとう、ラグナ』と喜色満面でお礼を言われると自分も嬉しいなとか、いろいろなパターンを推測していたラグナは、そのあまりの反応のなさに驚き、思わず相手の顔を見つめてしまった。
ラグナの視線の先、そこには一切の感情がそぎ落とされてしまったかのような無表情があった。それを目にしたラグナは反射的に目を瞑り、首を竦めてしまう。あまりの表情のなさにスコールがもの凄く思っていると感じられたのだ。
しかし、スコールは怒っているわけではなかった。ただ、ランクASeeDとしては非常に不本意なことなのだが、現状を把握できていないだけだったのである。しばらくの間、スコールは現在目の前で起こっていることを現実として認識できず、氷の彫像よろしく固まっていた。それはもう恐ろしく隙だらけで、今攻撃されたら戦闘の素人からでも100%ダメージを受けてしまうくらい、戦闘の玄人に襲われたら100%命が助からないだろうくらいだ。幸いそんなことを考えるような不届きな輩はおらず、またそんな状況に置かれているにも関わらず優秀な頭脳は、じわじわと現実を認識していった。
どうしてラグナがこれを贈り物にしようとしたのか。
選択の根拠は判らなかったが、それでもこれを選んでくれたことに、スコールは喜びを感じた。
以前、世界の命運をかけた戦いに身を投じていたとき、ほんの偶然から搭乗した飛空挺ラグナロク。
真紅の刃のような研ぎ澄まされたその偉容にいつまでも見惚れていた。
世界の危機が無事に回避された現在、もう飛空挺を操れる立場にはいなかったが、それでも空を駆ける飛空挺の姿を蒼天に見つける度、できれば自分も自由に駆ってみたいと思った。
そんな憧れを抱いていたものをさりげなく贈ってくれたラグナの心遣いを嬉しく思った。
うまく言葉に形作れないが、とても暖かなものが心の中に優しく広がっていくのを、スコールは感じていた。自然、引き結ばれていた唇が綻んでいく。
怒りの鉄拳もしくは怒声に身構えていたラグナだったが、それがいつまでも飛んでこないことに気づき、恐る恐る目を開けてみた。するとそこには、ついちょっと前の無表情さが嘘のような、微かだが、確かに微笑んでいる顔があった。自分が贈った物を素直に喜んでいる顔があった。
「スコール!」
ラグナが嬉しさのあまり喜色を浮かべてスコールに飛びつこうとしたその瞬間、相手はくるっと背を向けてしまった。完全にタイミングを外されてしまったラグナはその場で少しよろめいてしまう。
自分の顔を隠すように軽く俯いたスコールは、やや小さい声で、
「ラグナ、ありがとう」
礼の言葉を述べた。その表情は少々照れくさげで、目元が微かに朱に染まっていた。
◇
スコールがガーデン内の私室に戻ることができたのは、夜半をとうに過ぎた頃合いだった。
つい先刻までの大騒ぎが嘘だったかのような静けさに包まれた部屋に、一人ベッドに腰をおろしている。しかし、友人たちの祝福が真実だった証拠が、皆からの心からの贈り物が、部屋の片隅にうずたかく積まれている。そして自分の手の平にはラグナから贈られたカードキーがある。
愛おしそうに指先でそれを撫でながら、心に広がる暖かい思いに、スコールは嬉しそうに微笑んだ。
自分がここに存在するということを、祝ってくれる人たちがいることに、スコールは幸福を感じた。
自分に幸福をもたらしてくれる人たち。
そんな人たちの幸せを、自分が守ってみせる。
力の及ぶ限り、自分は大切な人たちを守ってみせる。
青灰色の瞳に、力強い光が宿った。
END