〜FINAL FANTASY8 TALES vol.4〜

【フォトフレーム】

 

 南方をリナール海岸に、北方を雪に覆われたグアルグ山脈に、そして東西を森林に囲まれたアルクラド平野。
 諸事情により自由に世界を移動できるようになったバラムガーデンが、学園長の指示の許、久方ぶりにここへ戻ってきていた。

 そのガーデンのすぐ近くに、大国エスタが所有する世界最高水準の飛空挺『ラグナロク』が降り立った。
 「おや?エスタから誰かいらしたようですね。スコール君、お出迎えして頂けませんか?」
バラムガーデン学園長シド・クレイマーは、お得意のつかみ所のない笑顔を浮かべつつ、『お願い』を口にする。
「・・・了解」
SeeDたるスコール・レオンハートが、学園長直々の『お願い』を断れるはずはなかった。
 スコールが警戒を怠ることなく飛空挺へ近づいていくと、『ラグナロク』の搭乗ハッチからある人物が降りてきた。
 「おおぃ、スコール〜、お前に会いに、来ったぞぉ〜」
独特の優美なラインを描く、赤い機体から降り立ったその人物は、大きく手をぶんぶん振り回しながらそんな第一声を発した。
 それを耳にしたスコールは大きくため息をつくと、やれやれと頭を振り、呆れた表情でその人物を眺めた。
 実にラフな格好のその人物は、誰が想像できよう、大国エスタの大統領、ラグナ・レウァールその人であった。
 にこにこと笑顔全開のラグナは、急いでスコールの傍らに走り寄り、
「よっ、よお!今日も元気にしてたか?」
何だかとんちんかんな挨拶を口にした。
 スコールはもう一度ため息をつき、
「あんた、公務はどうしたんだ?」
青灰色の目を眇め、大統領などという大層な地位に就いているとは思えない人物を見遣る。
 スコールに声をかけられたのが嬉しいのか、ラグナはにこにこ笑顔で、
「だ〜いじょうぶ。キロスたちにまかしてあるから、ぜ〜んぜん心配いらないって!」
至極呑気にそう宣った。そしてスコールの面前に佇むと、
「会いたかったぜ!」
思いっきり抱きつこうとした。
 それを素早く察知したスコールはするりと身を交わす。
 飛びつかんばかりの勢いでスコールに抱きつこうとしていたラグナはそのまま顔面から地面に倒れこんでしまう。
「ってぇ〜」
見事に顔を打ってしまったラグナは、あまりの痛みに顔を歪めつつ、どかっとその場に胡座をかいた。
「何で避けるんだよ」
と文句をつけるが、それを言った相手が悪かった。
 スコールは感情を宿さぬ冷たい視線をラグナに注ぐと、
「あんた、バカか?」
きつい一言を淡々と言い放つ。
「うっ」
さしものラグナもこれにはまいったらしく、言葉に詰まり、項垂れる。
 あまりにあからさまな落胆の姿に、青灰色の瞳の奥で光が揺らいだが、それもすぐに消えた。
「あんた、こんな処で油売ってないで、さっさかエスタに戻れよ。キロスたち、心配してるぞ」
感情を窺わせない淡泊な調子でそれだけ言うと、踵を返してガーデンに戻っていった。
 あまりにもつれない相手の態度に、新緑を思わせる碧眼が暗く沈む。
「やっぱ、今さら・・・・・・なのか?」
17年間、ほおっておいたという事実は、なかなか消えるものではないと思い知らされたラグナだった。
「・・・・・・でもよ、俺は、俺は、あきらめないから・・・な!」
それでもすくっと立ち上がり、握り拳を空に向けて振り上げる。
 めげずに決意を新たにするラグナであった。

 シド学園長に手短に報告した後、スコールは憮然とした面もちで自室へと向かった。
 スコールが自室のドアを開けた途端、
「待ってたよぉ〜。ひっさしぶりだね、元気、してた?ね、はんちょ〜」
どうやって内部に侵入していたのか、明るく陽気な調子の声が聞こえてきた。
 自身の思いに沈んでいたスコールは咄嗟に反応できず、軽く目を見開いて声の主を見つめるしかなかった。
「まみむめも!」
いつもの明るい調子で、以前はやらせようとして失敗した合い言葉を元気いっぱい叫んだ人物は、現在、ここバラムガーデンと姉妹校であるトラビアガーデンにいるはずの少女だった。
 トラビアガーデンは以前、大国ガルバディアのミサイル攻撃を受け、ほぼ壊滅状態にまで追い込まれたが、熱心な学生たちの活動によって大分活気を取り戻してきつつあった。
 目前の少女はもともとトラビアガーデン出身で、SeeDになるための最終試験を受けるため、ここバラムガーデンに籍を移していたが、幼い頃より慣れ親しんだ母校のを復興を少しでも手伝うため、SeeDとして世界を巡りつつもその居をトラビアガーデンに移していた。
 相手の正体に気づいたスコールはほんの少しだけ頬を緩め、
「相変わらず、元気だな。セルフィは・・・」
あきれ半分の口調で呟く。
「スコールはんちょ〜も、あいっかわらず〜」
自分に向けられる青灰色の双眸が以前に比べてほんの少し柔らかくなっているのに気づき、セルフィはちょっと照れくさげにいいながら、後ろ手に隠し持っていたものをスコールに手渡した。
「はい!これ、あげる!!」
反射的に差し出されたものを受け取ってしまったスコールは戸惑い気味に、己の手のなかに納まったものを見つめる。
「!?」
 それは、黒いメタリック調のフォトフレーム。
 以前、『たっくさんの思い出のタネ、つくろ〜!』と明るく言い放ったセルフィらしい贈り物だったが、そこに入れられている写真が問題だった。
 フレームのなかで、ラフな格好のエスタ大統領ラグナ・レウァールが、頭をかきつつ破顔していた。
 ちょっと照れくさげにカメラ目線で笑っているラグナ。
 セルフィはいつの間にこんな写真を入手したというのだろうか。
 その場に硬直してしまったスコールなどにお構いもせず、セルフィは言を継いだ。
「それ、とってもいい出来でしょ?この間、ラグナ様に無理言って、撮らせてもらったの。勿論、ラグナ様にもはんちょ〜の写真、ちゃんとあげたよ〜」
 スコールは空いている方の手で己の顔を覆うと、盛大なため息をつく。
 この間のエスタでの事件の元凶は、どうやらセルフィにあったらしい。
「あれ?どうかしたの?ねぇ、はんちょ〜」
との言葉にスコールは軽く肩を竦め、
「何でもない。それより、これ、サンキュ」
深く追求されるのを拒んだ。そしてフォトフレームをベット脇の机の一隅に据える。
 写真を見つめる青灰色の瞳がほんの少し和んだことに気づき、セルフィは満面の笑顔を浮かべ、
「じゃ、あたし、もう行くね〜。今度、一緒に写真、撮ろうねぇ〜」
陽気に手を振り振り、部屋から出ていった。

 スコールはもう一度写真を眺めてからベットへと寝ころんだ。
 『俺にとって、ラグナはラグナだ。それ以外の何者でもない』。
以前ラグナに向けて自分が放った言葉が心に浮かぶ。
 聞きようによっては冷たく聞こえてしまうかもしれないが、それが今のところのスコールの偽らざる本音であった。
 スコールとてラグナが嫌いなわけではない。ただ、ラグナが『父親』であるということに戸惑いを覚えているだけなのだ。
 己の心情を整理し他人に伝えるのが不得手なスコールは、だが、それを表に出すことをせず、他人の心の機微を悟るのがやや苦手なラグナにはそれが上手く伝わらない。
 結局、似たもの同士の不器用な親子なのであった。
 スコールはもう一度だけ写真のなかの笑顔を見つめると、そのまま寝入ってしまった。

 さて、ガーデンを後にしたセルフィが次に向かった場所はというと・・・。

 ここは飛空挺『ラグナロク』の客席。
「はい!これ、最新のスコールはんちょ〜の写真だよ〜」
いいながら、セルフィはつい先刻入手したばかりのスコールの写真を手渡す。
 嬉々として写真を見た瞬間、ラグナは盛大に叫んだ。
「マジ!?」
ラグナが驚くのも無理はなかった。
 写真のなかで、スコールは無防備に眠っていた。
 セルフィは自慢げに胸を反らし、
「はんちょ〜、結構神経質だから、こういったの、ぜんっぜん撮らせてくれないし〜。くやしいから、あたし、隠しカメラ、しかけちゃった〜」
決して威張れたことではないことを、とても威張って宣言する。

 そう、セルフィがスコールの部屋に侵入していた理由はまさにそれだった。

 隠しカメラを設置するために、学園長に無理を言って部屋のキーを借り受け、設置し終えたところにスコールが帰ってきてしまったのだ。当然セルフィは驚いたがラグナの写真を口実に上手く誤魔化せた、という訳である。
 目前の小柄な少女の言い分を聞いていたラグナは、大きくため息をつく。
(この子に、盗撮は犯罪だっつても、きっとだいじょうぶ〜とか、言って、聞いてくんなそうだな〜)
一応大人らしい分別を見せようかとも思ったが、結局苦笑いを浮かべるにとどめた。
(ま、カメラがばれちまって怒られるのは、俺じゃないし・・・。こんなスコールが見られるんなら、それも、いいか)
そして至極自分勝手な結論に達すると、愛想笑いを満面に浮かべ、
「な、またこういった写真手に入ったら、一番に俺にくれよな?なっ?」
少女にそう頼み込むのであった。

 後日、隠しカメラを発見したスコールは、勿論セルフィが首謀者であることに気づき、厳重に注意を促すとともに彼女が所持していた写真およびネガを没収した。
「ぜったい、ぜぇったい、はんちょ〜の写真、また、撮ってやるんだから〜」
懲りるという言葉を知らないセルフィはそう叫ぶのだった。
 次いで共犯者であるエスタ大統領の許へスコールは赴き、彼の人物が所有していた写真すべてを没収すると、ファイガを詠唱して目前で焼き払ってしまった。
 冷たい一瞥をしゅんとしてしまった相手に投げると、スコールは無言のまま立ち去っていった。
 その姿が完全に視界から消え失せたのを見届けたラグナはにんまり笑い、傍らに佇むキロスへ手を差し出した。
「あれ、返してくんね〜?」
キロスは苦笑とともにラグナにあれを返却する。
「お、サ〜ンキュ」
手の中に無事戻ってきたそれを見つめるラグナの双眸は至極嬉しそうだった。

 エスタ大統領は、スコールの訪問を受けた時点で感じたイヤ〜な予感のままに、写真を一枚だけキロスに預けていたのだ。
 それは勿論、寝顔のスコールの写真、だった。

 

Illustrated by シルクさん

 

END

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