〜FINAL FANTASY8 TALES vol.5.5〜
「だ〜か〜ら〜、もう、とってもむっかついたわけ。で、あたし、考えたんだけど、はんちょ〜の写真、アーヴィンに撮ってほしいの〜」
モニター越しにかしましく騒ぎ立てる少女を見つめ、アーヴァイン・キニアスはため息をついた。
先日の隠しカメラの一件から『はんちょ〜』ことスコールのガードが固くなってしまい、ほとんど趣味と化していた隠し撮りが成功せず、ストレスからとうとう頭にきたセルフィは、多分おそらく、スコールもそれほど警戒していないだろう人物に白羽の矢を立てたと、そういう訳である。
いい迷惑なのは頼まれてしまった人間で、現在それほど暇というわけでもないアーヴァインはどうやって断ろうか必死に考えていた。
アーヴァインの母校であるガルバディアガーデンはバラムガーデンとは姉妹校の関係にあるのだが、つい数ヶ月前まで野心に取り憑かれたある人物のお陰で、バラムガーデンと同じく自由に世界を移動できる能力を得たのだった。その時、ガーデンはガルバディア軍に接収という形で奪われ、ガーデンの学生たちは強制退去を余儀なくされた。
様々な経過を経て学生たちに戻ってきたガーデンはかなりの被害を受けており、建て直しにまだまだ時間を必要としていた。
母校であるガルバディアガーデンの建て直しに、一見するとおちゃらけているように見えるアーヴァインも真剣に取り組んでいた。
何だかんだと忙しいこの時に、わざわざトラビアガーデンから連絡をくれた好きな女の子からの頼み事が、上述の写真の隠し撮りの件なのだから、アーヴァインはかなり悲しかった。
「あのね〜、はんちょ〜の写真、ラグナ様がとぉ〜っても楽しみにしてるの。だから、アーヴィン、あたしの代わりにがんばってよ〜」
しかも、その写真を入手する動機が自分以外の男性のためとあっては泣くしかなかった。
心のなかでエスタ大統領に猛烈に悪態をつきながら、表面上はやや困った表情を取り繕い、
「あのさ、セフィ。僕、これでも今、すっごく忙しいんだよ?セフィのとこと一緒で・・・さ」
情けない声音で一応の抗議を試みる。
まあ、多分無理だとは思っているのだが、一応の抵抗はしておかないと男の沽券(?)に関わろうというものだ。
案の定、モニター越しの少女は可愛い顔が台無しになってしまうのにおかまいなく、思いきり頬を膨らませる。
「アーヴィンのいじわるぅ〜、こんなに一生懸命頼んでるのにぃ〜」
ちっとも一生懸命ではないと思いはしたが、それを口にすることは火に油を注ぐことだったので、アーヴァインはその点についてはあえて言及しようとせず、
「わかったよ〜、わかったから、もう機嫌直してよ。バラムガーデンに行ってきてセフィの代わりにスコールの写真、撮ってくればいいんだよ、ね」
精一杯作り笑いを浮かべてセルフィのご機嫌をとりにかかる。
以前セルフィの機嫌を損ねたとき、3ヶ月以上も口をきいてくれなかったという悲しい過去があるアーヴァインとしてはそれは絶対に避けなければならない事態だった。
あまりにも見え透いているご機嫌取りだったが、それでもセルフィは機嫌を直し、一転して満面の笑顔で、
「アーヴィンなら、お願い聞いてくれるって、信じてたよ〜」
自分に振る舞われたその天真爛漫な笑顔にアーヴァインはじーんと幸せを感じた。
幸せに浸っている男を尻目に、手際よくモニター上に世界地図を呼び出したセルフィは、赤く点滅している光点を指し示し、
「それでね、ガーデンなんだけど〜、今、大体この辺にいると思うから〜、よろしく!じゃ〜ね〜」
手を振り振りそれだけ告げると、目的を達成したといわんばかりにあっさりモニターを切ってしまった。
「セフィ〜?それだけなの〜??」
情けない声を出しながら通信の途切れてしまったモニターにかじりつくアーヴァインの手元には先程示されていた世界地図が送信されてきていた。
セルフィがどうしてバラムガーデンの所在地を知っているのか、それはこの際聞かないお約束、である。
とにかく、アーヴァイン・キニアスは、スコール・レオンハートの新しい写真を激写するべく、バラムへと赴くこととなったのである。
ただ素直にカメラを向けて写真を撮らせてくれる相手ではないことはアーヴァインも重々承知していたので、一計をこうじるためバラムへ行く前に寄り道をすることにした。
さてさてアーヴァインが寄り道をした先はと言えば、現在ガルバディアから独立を目指して奮闘中のティンバーだった。
大陸横断鉄道のティンバー駅のホームに降り立ったアーヴァインを出迎えたのは、青い衣装に身を包んだ黒髪の少女だった。
「やっほー、久しぶりだね」
少女は満面の笑みを惜しげもなくアーヴァインに向け、近寄ってきた。
それを見つけたアーヴァインも負けずににこにこ笑いながら、気障な仕草で帽子を取って胸に当て、腰を折って深々とお辞儀をしてみせる。
そんな仕草に少女はくすぐったそうな笑みを浮かべ、肩を軽く竦める。
「相変わらずなんだね、アーヴァイン?」
そう言を継いだ少女の足許で、彼女のパートナーである愛犬アンジェロがそうだと言いたげに尻尾を振っている。
「そっちこそ、相変わらず頑張ってるね〜」
帽子を頭に戻しつつ、アーヴァインは戯けた口調で言いつつ、少女の傍らに歩み寄った。
少女、ガルバディアからの独立を目指しているティンバーにおいて、その旗印とも言えるリノア・ハーティリーはアーヴァインの言葉に大きく頷いた。
ここティンバーは、天然資源であるアルカイックガスが豊富に産出されることから、ガルバディアの武力による侵攻を受け、現在ガルバディア領とされている街である。
その際、レジスタンス狩りと称して市民が大量虐殺の憂き目にあったことから、今でも市民のガルバディアに対する反抗意識は根強い。
以前は反政府主義者に対する取り締まりが厳しかったのだが、つい最近、諸事情によりガルバディアを軍事大国にした張本人であるビンサー・デリング終身大統領が失脚し、それは緩みつつあった。
反抗意識の固まりのような市民がそんな機会を見逃すはずはなく、現在、ティンバーは何かと騒々しい情勢下にあった。
アーヴァインとリノアは連れだって、駅の近くの喫茶店に足を運んだ。
「ねえ、それで、私に何の用なの?」
今日ティンバーを訪れるとしか聞いていなかったリノアは単刀直入に尋ねた。
彼女とてそんなに暇な人間ではないのだ。
ここが正念場だとアーヴァインは表情を真剣なものにし、
「リノアの写真、何枚か、僕にくれない?」
自分の希望を言葉少なに口にする。
「?」
あまりにも唐突な切りだされ方に、リノアは戸惑いの表情を浮かべてしまう。アーヴァインの突飛な言動はいつものことだが、今回のこれは度を超していたのだ。
リノアの反応にアーヴァインは性急に過ぎたことに気づき、慌てて言葉を足した。
「これからさ、僕、ガーデンに行くんだけど、この前スコールに会ったとき、リノアの写真が欲しいっていってたの思いだしてさ〜」
本人が聞いたらそんなことは絶対言っていないと怒りだすこと間違いなしの嘘を、思いきりまじめな表情で告げるアーヴァインの面の皮は、相当厚いに違いない。
「リノアともう大分会ってないって、スコール寂しそうにしてたから、僕、元気づけようって思うんだけど・・・」
目的のものを手に入れるための嘘をスラスラ話すアーヴァインはどこか楽しそうだった。
リノアは頬を少し赤く染め、椅子の上でもじもじしながら、
「スコール、私の写真、欲しがってるの?」
すでに半ば以上写真を提供するつもりになっているリノアの声はとても嬉しげで、その頭の中ではどの写真が一番可愛く写っているかな?などと思っていたりするのだった。
人の心を読むことに長けているアーヴァインはリノアのそんな乙女心にすぐに気がつき密かにほくそ笑んだ。
こうしてリノアから巧みに写真を数枚入手したアーヴァインは、上機嫌でバラムガーデンに足を踏み入れたのだった。
アーヴァインはまずバラムガーデン指揮官の執務室を訪れることにした。
SeeDとしての任務に就いていない時、スコールは大抵ここでガーデン内外の情報など管理統括しているのだ。
案の定、スコールは執務机に据えられているコンピュータの端末相手に忙しく手を動かしていた。
「ひっさしぶり〜、元気してた〜?」
アーヴァインのそんな挨拶にスコールは青灰色の双眸を一瞬だけ据えると、すぐに端末に視線を戻してしまった。
「ああ〜、冷たいな、もう。その態度、僕はすっごく傷ついたよ〜」
大げさに嘆いてみせる相手に、スコールはやれやれといいたげな視線を投げかけ、
「で、何の用だ?」
さも面倒くさげにぼそっと呟く。そして流れるような動作で一旦作業を終了して端末の電源を落とした。
スコールが自分の相手をしてくれる気になったのを知り、アーヴァインは満面の笑顔になった。
「はい、おみやげ」
懐から封筒を取りだし、スコールの目前に差し出す。
「?」
露骨に眉間にしわを寄せ、スコールは封筒を手に取る。
「それ、リノアからスコールにって、預かってきたんだ〜」
「リノアから?」
実に久方ぶりにその名前を呟きながら、スコールはそれを開封した。
なかから出てきたのは、勿論、リノアの写真。
それを目にした途端、スコールの頬がほんのり赤くなった。
「リノアがね〜、スコールに会えなくて、寂しいって言ってたよ〜」
にこにこいつもの笑顔を大盤振る舞いしながら、スコールの顔をのぞき込もうとするアーヴァインだった。
照れくさげな表情を見られまいと慌ててそっぽを向いたスコールだったが、それはすでに遅く、しっかりアーヴァインに目撃されてしまっていた。
「それでね、リノアもスコールの写真、欲しいってさ」
どこかで聞いたような台詞をしらじらしくも口にするアーヴァインだった。
『写真』という言葉に、スコールの身体がぴくりと反応した。つい先日、自分の『写真』を巡る騒動を思いだしたのだ。
スコールは苦い表情でアーヴァインを見つめ、
「写真は、今、ない」
とぶっきらぼうに言い放つ。
急に渋面になった相手にアーヴァインは小首を傾げてみせ、
「何で?」
とさも不思議そうに問い返す。
セルフィからことの顛末は聞いているはずなのだが、さすがに芸達者(?)な人間だった。
「何でって・・・別に・・・・・・」
思い出したくもなく、また話したくもない一連の騒動のことを、元来口べたなスコールがうまく説明できるはずもなかった。
「じゃあさ、僕、丁度うまい具合にカメラ持ってるから、これから写真撮らせてくれない〜?」
リノアからの写真を受け取ってしまった以上、スコールがこれを断れるはずがなかった。
「・・・・・・了解」
あまりにも簡単に了承を得られたことにアーヴァインはちょっと驚いてしまう。『写真』絡みなだけにもう少し手間取ると思っていたのだ。
そんな相手の様子に気づかずにスコールはすくっと椅子から立ち上がり、
「で、どこで写真を撮るつもりだ?ここでか?」
と何だかやる気十分な台詞を口にする。
呆気にとられたアーヴァインだったが、大好きな女の子のため、張り切って写真を撮りまくったのである。
という訳で、アーヴァインはまんまとスコールの写真の入手に成功したのだった。
数日後。
再びトラビアからセルフィの通信が入り、実に嬉しそうな顔でそれに応じたアーヴァインはとてもご機嫌なセルフィをモニター越しに発見した。
「ありがと〜、アーヴィン!あたし、とぉっても嬉し〜」
弾んだセルフィのそんな声がアーヴァインの心を幸せ色に染めあげていく。
「僕もセフィの役にたてて嬉しいよ〜」
あの時スコールに撮らせてもらった写真はすでにセルフィとリノアの許に送り済みだった。
「でね、やっぱりこの写真が最高〜」
と言いつつ、モニターに大写しにされたのは・・・・・・。
アーヴァインは、顎がはずれてしまうのではないかというくらいあんぐりと大きく口を開け、少女の示した写真に見入ってしまった。
それは、スコールが頬をほんのり赤く染め、いつもならば鋭い光を宿している青灰色の瞳が微妙に潤んでいる写真。
さんざん写真を撮影した後、アーヴァインがすすめたアルコールで珍しくもしたたかに酔ったスコールを何気なく撮ったものだった。
自分が撮影したものとはいえ、そんな変な写真を気に入られてしまい、アーヴァインは複雑な心境になった。
セルフィ経由でこの写真を手に入れた某国の大統領が至極喜んだのは、言うまでもないことである。
END