〜FINAL FANTASY 8 TALES vol.7〜

【任 務】


 

 つまらない小競り合いを繰り返す小国同士の争いに、SeeDが借りだされてすでに3日がたとうとしていた。
 スパイの密告により敵国はSeeDの存在に気づき、彼らを集中的に攻撃し始めたのはその2日後だった。
 これにより、いくら戦闘のスペシャリストとはいえ、基本的に少人数体制で行動するSeeDの面々は厳しい戦局にさらされる結果となった。

 何とか敵を振り払い、慣れぬ土地ながらもどうにか隠れ場所を発見したSeeDたちは一時の休息をとっていた。
 そんなSeeDの一人、スコール・レオンハートは苦い顔をして背後にいる人々の顔を見回した。
 全員疲れ切った表情で力なく項垂れている。
 そんな彼らの様子にスコールは舌打ちしたい気分になった。
 こんなことになるのならば、自分一人でこの任務に就いていた方がもう少しましな展開を望めただろうにとさえ思ってしまう。
 最早スコールにとって彼らは足手まとい以外の何物でもなかった。
 SeeDとしても最高ランクを誇るスコールと平均的な実力しか持たぬ彼らとでは、その実力の差は如何ともし難く、こうした緊迫した場面ではそれはなおさら強く感じられるのだった。
 埒もない考えに陥りかけたスコールは軽く頭を振ってそれを振り払うと、改めて、周囲の気配を探った。
 敵はすでに大分近くまで迫ってきている。
 スコールたちの潜んでいる場所が敵に発見されるのも時間の問題だ。
 最早一刻の猶予も残されていない。
 スコールはもう一度背後を見やり、決心を固めた。
「今をもって任務終了と見なし、これより戦線を離脱する」

 クライアントの依頼はただ一つ。
 『戦局を自国に有利な方向へ傾けること』。

 すでに争いの大局はクライアント側にあるのが明白であったので、スコールの判断は間違っているとは言えなかった。
 スコールの宣言に、暗い表情だった一同に希望の色が浮かんだが、それはすぐに消えて険しい表情となった。
 彼らの表情の変化を逐一観察していたスコールは内心ほっとした。
 どうやら彼らの状況判断能力は失われていないらしい。
 周囲を敵に囲まれている現状を打破するのはそう容易いことではなく、冷静な判断力と高い戦闘能力が要求された。
 スコールに比べていくら能力が劣っていようが、SeeDを名乗ることを許されている以上、彼らの能力は一般兵士より遙かに高い。そんな彼らが冷静であれば、この包囲網を突破することは可能なはずだった。
 SeeDたちはそれぞれ自分の装備を確認し始める。
 そんな様子に安心したスコールは、少しでも彼らの助けになるような行動をとることにした。
「俺が血路を開くから、後は自己の判断でガーデンへ帰還するように。以上だ」
何の気負いもなく淡々とそれだけ告げる。
「みんな、死ぬなよ」
振り返ることなくぽつりとそう呟くと、潔く愛用の剣を片手に隠れ場所を後にした。

 そんなスコールの背中へ、SeeDたちは一斉に敬礼をした。

 多勢に無勢。
 そんな状況を少しでも覆そうと、スコールは敵を深い森へと誘いこんだ。
 気配を殺し、ゲリラ戦法で次々と敵を倒していく。
 その姿は『獅子奮迅』の言葉が相応しいものだった。
 恐ろしく扱いの難しいガンブレードを、木々の密集した森のなかで易々と振り回し、一人また一人敵を屠っていく。
 気がつけば、敵の数は最初の半分ほどにまで減っていた。
 そろそろ敵側も自分たちが追い回していた獲物の牙の鋭さを認識したらしく、追撃の手が緩んだ。
 それを敏感に察知したスコールは傍らの巨木に背を預け、軽く息を吐くと自身に回復魔法を施した。
 敵を倒すことに全神経を傾けていたため認識していなかったが、スコールも全身に無数の傷を負っていたのだ。
 回復魔法の心地よい波動が全身を押し包む。
 ほおっと吐息をつきながら、何気なく見上げた木立の間から雨の滴が落ちてきた。
 どうやら天はスコールに味方をすることに決めたらしい。
 徐々に強くなっていく雨に紛れるようにして、スコールは森から脱出した。

 どうにかバラムへ戻ることのできたスコールを出迎えたのは、苦い表情のキスティスだった。
 その表情に嫌な予感を感じながらもスコールは姿勢を正して敬礼をし、
「SeeDスコール・レオンハート、ただいま戻りました」
キスティスも敬礼を返すと、
「ごくろうさまでした」
一応ねぎらいの言葉を口にするのだが、その声は硬かった。
 常ならば人の心を温かくするような優しい微笑みを浮かべているはずのその顔は、やや青冷め強ばっている。
 スコールは湧きあがる嫌な予感を抑えきれず、
「・・・何か・・・・・・あったの・・・か・・・・・・?」
自分でも情けなくなるくらいに震えた声音でそう尋ねていた。
 キスティスは己の足許に視線を落とし、力無く首を左右に振った。そして、
「・・・・・・一緒に、来てちょうだい」
小さく呟き、踵を返した。

 事情を説明することを避けるようにさっさと歩を進めていくキスティスの背中を、スコールはやや慌てた歩調で追いかける。
 そしてたどり着いたのは、保健室だった。

 カーテンで仕切られているベット。
 スコールも以前何度か世話になった清潔感の漂う保健室のベット。
 そこに一人の少女が放心状態で腰かけていた。
 少女の顔を認めた途端、スコールは驚愕に顔をひきつらせ、
「・・・」
咄嗟に何か言おうとしたが、それはうまく言葉になってくれず、スコールの喉元で消え失せていった。
 珍しく感情を露わにしているスコールをちらりと盗み見たキスティスは、少女の傍らに歩み寄ると近くの壁にもたれかかり胸元で両腕を軽くくんだ。そして、
「昨日、彼女がふらふらバラムの街を歩いているのを、偶然、ゼルが見つけたの」
少女の惚けきった顔を痛ましげに見つめつつ、キスティスは話しだした。
「発見された時、彼女はかなりひどい傷を負っていって、そうして歩いていたのが不思議なくらいだった」
その時の傷の状態を思いだしたのか、キスティスは眉間にしわを寄せる。
 開け放たれた窓から心地よい風が吹き抜け、少女の髪をふわり宙に舞い上げたが、恐らく少女は認識していなかった。
「発見したゼルが大慌てで回復魔法を施さなければ、多分彼女は死んでいたでしょうね」
 スコールは無言で何の感情も宿していない少女の新緑の瞳を見遣った。その瞳に、誰かの面影が重なり、スコールの胸の奥がズキリと痛んだ。
「連絡を受けて私がバラムへ赴いた時には大分彼女は回復していたわ。彼女、私の姿を認めると、さっと敬礼して『SeeDライナ・モルン、ただ今戻りました』とにっこり微笑んで告げたのよ。そして、多分気が緩んだのね、そのまま気を失ってしまったわ」
そこで一旦言葉を切ったキスティスはその身を起こし、スコールの目前に歩みよる。そして青灰色の双眸を真剣に見つめた。
「そして再び彼女がここで意識を取り戻した時、彼女はすでにSeeDの彼女では・・・なくなっていた・・・のよ」
さらに言い募るキスティスの声が徐々に不自然に震えだし、やがて語尾は小さく掠れて、ほとんど囁き声になっていった。
 いつの間にか、その蒼い瞳が涙に濡れていた。
「どうして、貴方は彼女たちと離れてしまったの?」
涙声でキスティスはスコールにそう尋ねた。

 それは恐らく、聞いてはいけない質問だった。
 どんな戦況下に彼らが置かれていたのか知らない人間がしてよい類の質問ではなかった。

 そんなことは自分もまたSeeDであるキスティスにわからないはずはないのだが、それでもキスティスは敢えてそう尋ねていた。
 同じ状況下に置かれたとしたら、多分自分もそうしたであろうことを充分承知していながら、それでもキスティスは尋ねずにはいられなかった。

 詰め寄るキスティスの心情を察したスコールは伏し目がちに、
「あんた、それを俺に聞いてどうする気だ?」
淡々と言い放つ。
 その声音には一切の感情は含まれていなかった。
 声音の奥に潜む何に気づいたのか、小さく息をのんだキスティスはもうそれ以上尋ねようとはしなかった。
 感情を宿さぬ青灰色の瞳を少女にもう一度向けたスコールは、その横顔に敬礼をすると無言のまま保健室を後にした。

 任務について一連の報告を学園長に済ませたスコールは足取りも重く自室に戻っていった。
 スコールは武装を解くと、着替えもせずにベットに仰向けに寝ころんだ。
 身体が、そして心が鉛のように重かった。

 結局、今回の任務に就いてたSeeDのうち、ガーデンまで帰還できた者は、スコールとあの少女の二人のみだった。他の者たちはすべてその消息を絶ったという。
 正気を手放してしまった少女の断片的な言葉から事態を推測すると、スコールが血路を開くために立ち去った後、彼女たちは戦地から離脱するのに一応成功したのだが、不慣れな土地だったせいか、運悪く狂暴なモンスターたちの跋扈する森へと足を踏み入れてしまったのだ。
 『月の涙』の影響を受けたモンスターたちの大群は彼女たちの手に負えるものでもなく、一人また一人仲間が次々倒れていくのを見ているしかなかった。そしてそんな最悪な状況のなか、少女は恋愛関係にあった若者の最期の力によってからくも窮地を脱し、バラムへと戻ってきたのだった。
 愛する人の悲惨な最期を胸に抱きながらも、少女はSeeDとしてのプライドのみを支えにどうにかバラムへと帰り着いたのだった。

 もしかすると、少女の胸の中にはスコールの最後の言葉が残されていたのかもしれない。

 『みんな、死ぬなよ』。
 己の心を口にするのが大の苦手であるスコールの精一杯の言葉。
 それは彼らの心に深く響いたのだろう。

 天井を見つめたまま大きくため息を吐いたスコールはごろりと寝返りをうった。
 その視界に、机の上に置いてあるフォトフレームが二つ入る。

 一つは黒いメタリックフレーム。
 そのなかで、ラグナが無邪気に笑っている。
 もう一つはシルバーの繊細な細工の施されたフレーム。
 そのなかで、リノアが優しく微笑んでいる。

 それを見つめていると、胸の奥底で暖かいものが生まれてくるような気がした。

 スコールは束の間の安息を得るため、そっとその瞼を閉じた。

 

END

FF8トップへ

 

 

壁紙提供:Angelic