〜FINAL FANTASY 8 TALES vol.1〜
「なんか、昔とあんま変わってねえなぁ、ここは・・・」
眼前に広がるのどかな町並みを眺めつつ、ラグナはぽつり、呟いた。
ラグナ・レウァールが、ここウィンヒルの地を訪れたのは、実に18年ぶりのことであった。
ある事情から、ラグナは近所に住んでいた子供であるエルオーネを探して、世界各地を巡る旅に出たのだった。
その時すでに妻レインがいたが、旅立って以降、一度としてこの地に足を向けることはなかった。
そう、ラグナがどんなに戻りたくとも、この地に足を運ぶことはできなかったのだ。
『沈黙の国』エスタの大統領に祭り上げられてしまったラグナには、『行動の自由』という言葉はもはや存在し得なかった。
たとえラグナ自身がウィンヒルへ心底戻りたいと思っていても、周囲の状況がそれを許さなかったのだ。ウィンヒルの所属している国家とエスタは相容れぬ関係にあったのだから、それはなおさらだった。
そして、再びこの地を訪れることが許されたときには、すでにレインはこの世の人ではなくなっていた。
ふらりとやってきてまたふらりとどこかに行ってしまった、そんな男の子供を身ごもっていることが判ったとき、周囲の人々は猛反対した。
それでも、レインは愛する人の子供を産みたいと、周囲を押しきって出産に踏みきったのだった。
だが、エルオーネが行方不明になっていた間の心労や、また、エルオーネを探し出した後に忽然とその消息をたってしまった夫への気がかりがたたったのか、出産後、レインは病がちになり、やがてその短い生涯を終えたのだった。
死の床のなかでレインがラグナを呼んでいたと、その最期を看取ったエルオーネからラグナが聞かされたのは、つい数ヶ月前だった。
目を閉じれば、昨日のことのように鮮やかにその笑顔を思い出せるのに、すでにこの世にはいないのだと聞かされても、ラグナには信じられなかった。
だから訪れたのだ、ウィンヒルを。
自分の目でレインの死を確かめ、それと向かい合うために。
日頃はこちらがいくら注意してもそのおしゃべりをなかなか止めないラグナが、沈黙して真剣に考え込んでいるのを、大統領補佐官であり親友でもあるキロスとウォードは見つめているしかなかった。そしてエルオーネもまた、自分のもたらした情報がラグナに多大な影響を及ぼしているのを、その傍らでただ見つめているしかなかった。
やがて、何か決心したラグナは近くの民家に足を運び、その玄関をノックした。
中から、ラグナと同年代と思しき男がひょっこり顔を出す。そして、ラグナの顔を認めた途端、明らかに不快な表情を浮かべた。
自分の想いにとらわれているラグナには、相手のそんな様子を察することができず、
「ちょっと聞きたいんだけど、レイン・レウァールの墓がどこにあるか教えてくれないかな?」
努めていつもの陽気な声音と表情で、そう男に尋ねる。
その途端、男の表情が一変し、怒りの形相になり、罵倒する。
「いまさら、のこのこと、どの面さげて・・・!!」
そして、次の瞬間にはラグナの身体は宙を舞っていた。
長身の割に細身のラグナの倍は体重のありそうな男の拳が、ラグナの右頬を痛打したのだ。
「ラグナ君!!」
「ラグナおじさま!!」
「・・・!!」
二人から少し離れたところにいたキロス達には二人のやりとりがよくわからず、気がつけばラグナが男に殴り飛ばされていたのだった。
慌ててラグナの元に駆け寄ろうとする三人をラグナは片手で制すると、殴られた頬を右手で押さえつつ立ち上がり、男に改めて対峙した。
「頼むから、レインの墓を教えてくれ」
再度、繰り返す。
常ならば新緑の緑を思わせる活き活きと輝いている碧眼が、雨に濡れそぼってくすんでしまった緑のように翳りを帯びている。
「どうしても、レインに言わなけりゃならないことがあるんだ。だから、教えてくれ。頼む」
深々と頭を垂れ、男に頼む。
が、男は怒気を孕んだ表情でラグナを睨みつけるのみだった。
どれくらいの間そうしていたのか。
やがて、そんなラグナの態度に、男はやれやれと言いたげに大きくため息をつき、あさっての方向を見やりながら、
「レインの、彼女の墓は、彼女が最も好きだった場所・・・だ」
ほとんど囁きのような小さな声で、そう呟いた。
謎めいた言葉だったが、ラグナにはそれで十分だった。
顔を背けたままの男に深々とお辞儀をすると、ラグナは求める場所へと歩き出した。
歩むラグナの口許は、自然、綻んでいた。
レインの最も好きだった場所。
それは、あの日ラグナがプロポーズの意味を込めてシンプルなデザインの指輪をレインに贈った場所に、ラグナにとってもとても大切なあの場所に、違いなかった。
名も知らぬ可憐な花々に埋もれるようにして、レインの墓はあった。
墓標にはそっけなく、【レイン・レウァール】とのみ記されていた。
ラグナはそっとその前にしゃがみ込んだ。
18年という歳月が二人の間に横たわっているのが、実感される一瞬だった。
墓標を見つめるラグナの顔が泣きそうに歪んだが、それも数瞬のことで、すぐに懐かしげなものへと変わった。そして、いつものとぼけた口調で話しかける。
「ただいま、レイン。帰ってくるのにこんなに時間かかっちまったけど、怒ってるか?」
その口元に微かに刻まれる苦笑。
無論、話しかける相手からの返事はない。
ラグナは苦笑を更に深いものにし、
「俺、好き勝手なことばっかりしちまったけど、怒ってるか?なあ、レイン」
それでもラグナは話しかける。18年の空白を埋めるように。
一陣の風が、周囲の花びらを巻き上げ、まき散らす。
花弁の雨のなか、ラグナはいつまでもレインの墓の前に座り込んでいた。
END