〜FINAL FANTASY 8 TALES vol.7.5〜

 

【The interval of the battle】


 

 薄暗い森のなか、息を潜めて敵の気配を探る。
 戦いの喧噪にさらされた森は静謐に包まれており、聴覚が捉えるのは、耳障りな己の呼吸音のみだった。
 此処に辿り着くまでの間に敵と交戦したのはほんの数回程度。それなのにすでに呼吸があがってしまっている。
 いくら複数の敵を相手に立ち回っているとはいえ、あまりの体たらくに、スコールは思わず舌打ちしていた。
 本来ならば、己が直接対峙するには手応えのなさすぎる相手ばかりで、こういう事態にでも陥らない限り自分が相手にするようなレベルの輩ではなく、だからこそ苦戦を強いられている相手でもあった。

 いつもと勝手が違うのだ。

  緊張感を持続させるには相手の放つ殺気は脆すぎて、こちらの闘気に触れた途端萎縮してしまう。
 人間の手が一切入っていない森は視界が悪く、敵の所在を知る術は相手の放つ殺気が頼りになっているというのに、それが接触した途端薄れてしまうのだ。
 お陰でスコールの敵に対する認知力は常よりはやや甘くなっており、結果として相手に反撃の余地を与える隙となってしまっていた。
 敵の注意を自分に集めるためとはいえ、常に比べて無駄の多い今の戦い方は非効率的に過ぎ、そのこともまた、スコールから体力を奪っていくのに足る理由だった。
 身体を完全に覆い隠せるくらいの巨木にその背を預け、周囲の気配を探る。
 敵の所持する武器の攻撃可能距離範囲内には、自分以外の気配は感じられなかった。
 それを確認してから、ゆっくり手にしていた武器を下ろし、さっと己の状態を確認する。そして軽く息を吸い込むと、口中でゆっくりと回復魔法の呪文を詠唱を開始した。
 かすり傷だとはいえ傷は全身に広がっており、じくじくと出血を続けている。それを放置しておいたままでは徒に体力を消耗するばかりだ。だから、少し余裕のとれた今、魔法を使うことにスコールは躊躇いを覚えなかった。
 全身を押し包む癒しの波動は、ともすれば集中力を削ぎかねなかったが、それでもこれから先のことを考えると使用できるタイミングは今しかなかった。
 正確に、一字一句丁寧に、回復魔法の呪文が発音されていくにつれ、言葉に宿る癒しの力が徐々に強まり、やがては奇跡を起こすに足る力を具象化する。
 呪文の詠唱を始めて数分後、無数にあったはずの傷口は、跡形もなく消え去っていた。
 不意にこみあげてきた吐き気に、スコールの顔が微かに強張る。回復魔法を使用した時に必ず生じるそれが直ぐに収まるものであることを、経験上熟知しているスコールはしばらくそのまま堪えるのだった。

 回復魔法による快復は自然の摂理に反した現象である。強固であるはずの世界の理を歪める代償として、使用者は身体の不調を訴えることが常であり、スコールの場合はそれが吐き気という形で顕れるのだ。

 大きく幾度も深呼吸を繰り返し、吐き気が収まるのを待つ。
 吐き気を抱えたままでも特に戦闘に支障はきたさないのだが、敵の本拠地という不慣れな土地で戦い続けるにはベストな状態を保つことが優先された。
 腰に据えつけてあるポーチの中には勿論、制吐剤も常備してあるのだが、副作用として眠気を催す場合が多く、また集中力を低下させてしまうため、現時点での使用は論外と言えた。
新鮮な空気を求めるようにスコールが顔を上げた瞬間、今回のミッションで同行してきていたSeeD達の顔が脳裏に浮かんだ。

 スコールがこうして一人、敵をひきつけ戦っているのは、窮地に立たされた彼らの退路を確保するためだった。

 ふと、脳裏に自分の声が谺する。
『みんな、死ぬなよ』
自らの意志で口にした言葉は、共に戦っていた彼らへのエールであり、同時に自分への誡めでもあった。
 誰一人として欠けることなく、ガーデンへ帰投する。
 それがスコールが彼らに望んだことであり、そして唯一の願いだった。

 木々の隙間から微かに覗く空は暗く、今にも雨が降り出してきそうな雲行きだった。
 曇天を見上げる青灰色の双眸が、僅かに眇められる。
 このまま雨が降り出してしまえば、恐らくは敵の追求は緩くなり、スコールがこの地から脱出できる確率も格段に跳ね上がるだろう。
 その思いが天に通じたのか、やがて曇天は雨空へと変化を遂げ、木々の間からは大粒の雨が降り注ぐようになっていた。

 降りしきる雨のなか、スコールはずぶ濡れになるのも構わず天空を見上げる。
 土砂降りの雨はあっという間にスコールの全身を濡らし、鳶色の髪の先から水滴が滴り落ちるようになっていた。

 『みんな、死ぬなよ』
スコールの脳裏で、再び自分自身の声が谺する。
 きゅっと唇を噛みしめたスコールはすぐに一切の表情を消し、近づいてきているであろう敵と対峙すべく、己の気配を絶つ。
 それに呼応するかのように、不意に殺気を顕わにした人の気配が、少し離れた場所から感じ取れた。
 手に馴染んだ愛剣の柄を握り直し、スコールはゆっくりと足を運び始める。
 自分の行く手を阻む総てのものを排除するために。敵を屠るために。

 青灰色の双眸が、戦いの場へと赴く昂揚する精神を表すかのように、きらり輝いた。

 

END

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