〜FINAL FANTASY 8 TALES vol.9〜

【休 日】


 バラムガーデン指揮官の執務室で、スコール・レオンハートは執務机に据えつけられているコンピュータ相手に、忙しく手を動かしていた。
 “不慮の事故”からしばらく職務を放棄していた間に生じた諸々のことに追われているのだ。
 それを知ってか知らずか、某国の大統領や某姉妹校にいる少女は、ここ数日の間、スコールの手を煩わせるようなトラブルを引き起こすようなまねはしていなかった。

 不慮の事故。
 そう、スコールは自分が狙撃されるという一連の事件を事故として処理するよう、学園側に申し出だのだった。
 この処置に当然周囲は甘すぎるといって大反対したが、それでもスコールはそれを押し通してしまった。

 自分の処遇を申し渡されたとき、若者はじっとスコールの顔を見つめたが、特に何も言わず、深々とお辞儀をするとそのままガーデンから立ち去っていった。

 スコールもそれをただ黙然と見送るのみだった。

 「ねえ、スコール。一休みしましょう」
ほおっておくと根をつめる質であることを知っているキスティス・トゥリープは、紅茶を淹れながらそう声をかけたが、モニターに視線を据えたまま、スコールは生返事を返すのみだった。
 やれやれと言いたげに肩を竦めてみせたキスティスは、靴音も高らかに執務机に歩み寄り、
「私の淹れた紅茶は飲めないと、そう言いたいのかしら?」
言いながら、ソーサーを机の片隅にそっと置く。
 無言のまま、スコールは置かれたカップへ手を伸ばし、紅茶を一口啜る。しかし青灰色の双眸はモニターに注がれたままだった。
 そんな光景に、キスティスは苦笑を浮かべるしかなかった。

 平和な一時が、そこには存在していた。
 そんな平穏を壊す破壊の使者がすぐそこに隠れているとも知らず、二人は穏やかな時間を過ごしていた。

 破壊の使者はその日の午後、二人の許を訪れた。
 「よ!スコール。ちょっと相談したいことがあるんだけど、今、大丈夫か?」
そんな言葉とともに、スコールと同期のSeeDゼル・ディンが執務室に入ってきた。
 特に呼びだされたというわけでもないのに姿を見せたゼルに、二人は一瞬互いの顔を見つめあった。そしてどちらも心当たりがまるでないことを確認した。
 スコールはとりあえず書類を傍らに置き、ゼルの方へ向き直った。
「相談?」
スコールは片眉をあげて尋ね返す。こういった風に話を持ちかけてくることが滅多にない相手からのことだけに、少々警戒心を強める。
 以前、やはり何の前触れもなく相談を持ちかけられ、あまり深く考えずそれに気軽に応じてしまったために、在らぬ誤解を招くという非常に困った状況に陥れてくれたことが、この人物はあったのだ。
 妙に緊張した面もちでゼルはスコールを見つめ、
「なあ、スコール。俺、“いいこと”思いついたんだけどよ、それ、許可してくんねえかな」
見事に途中経過を抜かして結論だけをずばっと言った。
 スコールは眉根を寄せ、
「それが具体的にどんなことなのか説明を聞いてからでないと、許可はだせない」
尤もなことをきっぱり告げた。こうして趣旨をはっきりさせておかないと、ゼルという人物は自分の感情のままにどこまでも突き進んでいってしまうのだ。
「だからよ、“いいこと”なんだって・・・」
理論的に説明をすることが不得手なゼルはもどかしそうにそう言うと、助けを求めるように傍らのキスティスへ視線をやった。
 縋るような眼差しにキスティスは苦笑を浮かべ、
「あなたの言葉でいいから、具体的にどんなことがしたいのか、話して頂戴」

 それから数十分間、ゼルは自分の思いついた“いいこと”を一生懸命話した。
 その“いいこと”の内容に、スコールは苦虫を噛みつぶしたような表情になり、キスティスは仕方なさそうに苦笑するのだった。

 とにかく、ゼル・ディンの提案した“いいこと”は、ガーデン全体を巻き込んで大々的に行われることになったのであった。

 ゼルが思いついた“いいこと”は、バラムガーデンで最強の人間を決定しようというものだった。
 題して『バラムガーデン・アルティメット大会』。
 ガーデン最強の人間と言われて十人中十人がすぐに思いつくのは、『AランクSeeDスコール・レオンハート』その人であったが、それでもゼルは敢えてこういう趣旨の大会を開催することを望んだのである。

 確かにスコールはSeeDとして最高の能力を有するに違いないが、それは自分とは全く異なるスタイル(異種格闘技)に基づき構築されたもので、ゼルとしては少々納得し難いものがあった。だから、同じ土俵の上に立ち、実際どちらが上なのか確かめてみたかったのだ。
 大会のルールは肉弾戦を大前提として、次のようなものに定められた。

(1)魔法やG.F.召喚など特殊能力は使用してはならない
(2)G.F.ジャンクションによる各種個体能力の強化など図ってはならない
(3)自身の肉体以外の武器は使用してはならない

 大会開催前夜。
 前夜祭と称して生徒達はおろか教員達までもがお祭り騒ぎ状態でうかれまくっているパーティ会場の片隅で、問答無用で大会参加が義務づけられてしまったスコールは、彼にしては珍しく大いに困惑した表情を浮かべ、
「ゼルは一体何を考えてるんだ?」
頭を抱え込んでしまった。
 SeeD服に身を包んだキスティスは苦笑を浮かべ、
「何も考えてないでしょうね。ただ、貴方と思いきり闘ってみたかっただけなのよ、きっと」
慰めにもならない言葉を返す。そして手にしているシャンパングラスの中身を一口含んだ。
 苦虫を噛みつぶしたかのように苦い顔になったスコールもグラスを一気に干した。
 陽気な曲を奏でていた楽団が、不意にその曲調を変えた。
 ふと、キスティスはそれに気づき、隣にいるスコールに意味ありげに微笑んだ。
 それに気づいたスコールは一瞬不思議そうに相手を見つめたが、すぐに合点がいったのか、苦笑を浮かべた。
 キスティスの目前にすっと差し出されるスコールの手。
 大輪の薔薇のように華やかな笑みを浮かべ、キスティスはそれを取った。

 つい先刻までの喧噪がまるで嘘だったように、会場は静けさに包まれていた。
 その代わりに広間を満たすのは楽団の奏でるワルツの曲だった。
 広間のほぼ中央、スコールは巧みにキスティスをリードし、二人は優雅なステップを踏んでいる。
 そんな二人を、周囲の人々は陶然と見つめていた。
 実に楽しそうに踊る二人に周囲は注目していた。
 キスティスが穏やかに微笑めば、スコールが優しく笑い返す。
 恋人同士と言われてもしようがないくらい、二人は実に嬉しげに踊っていた。

 曲が終わると二人はそのまま連れだって、テラスへと出ていった。

 「ありがとう、楽しかったわ」
心地よい夜風に吹かれながら、キスティスは朗らかに告げた。
「ほんと成績優秀よね、あなた。さっきのダンスも満点よ」
茶目っ気たっぷりの口調で、いつかと同じ台詞を口にする。
「おかげさまで」
それを知ってか知らずか、スコールの返した言葉も同じものだった。
 キスティスは声をたてて笑いながら、夜空をもっと見ようとテラスから身を乗り出した。
 満天の星空。
 手を伸ばせば星がこの手に掴めそうだった。
 空色の蒼い瞳に星々をとらえながら、キスティスはぽつり呟いた。
「SeeD服に袖を通すのも、これが最後」
 スコールの双眸が微かに揺れる。
 それに気づかず、キスティスは言葉を続ける。
「素敵な思い出をありがとう。最高の贈り物だったわ」
夜空から視線をはずそうとしないキスティスの背中へ、スコールは敬礼をした。

 「それでは皆さん、これより『バラムガーデン・アルティメット大会』を開催いたします。僭越ながら、大会の司会者は、私、シド・クレイマーが努めさせて頂きます」
のんびりとした口調でシドは開会宣言をした。
「それでは大会参加者は指示された場所へ集合してください。そこがスタート地点となります」

 大会は一風変わった形態を取っていた。
 参加者はガーデン内部に設置された各地点からマラソンの如くスタートし、それ以降出会う他の参加者と肉弾戦を繰り広げるというものであった。
 一対一の闘いを望むもよし、仲間を集って闘うもよし、周囲から巧みに逃れて最後まで隠れているのもよし、どんな手段を用いても最後に残った人間が優勝というサバイバル的要素が濃厚な大会だった。
 そんなとんでもない大会に参加しなければならないスコールは、実に気だるげに学園長を見つめ、それとは好対照的に、ゼルは嬉々としていた。

 スコールが指示されたスタート地点は幸か不幸か指揮官執務室だった。
 やれやれと大きくため息をつくと、何を思ったのか執務机のコンピュータを起動させ何かを熱心に調べ始めた。

 ゼルのスタート地点はガーデンの一隅にある駐車場だった。
 右拳を左手の平にパンと一回打ちつけると、ゼルは勢いよく飛び出していった。

 一人また一人参加者が減っていくなか、ゼルは日頃の鍛錬の成果を思う存分発揮して次々と挑戦者たちを倒していく。そして肝心のスコールの姿を求めガーデン内を転々としていた。
 スコールはといえば、左手首につけた腕時計ほどの大きさのコンピュータ端末に時々視線をやりながら、不意打ちをかけてくる挑戦者たちの攻撃を巧みにかわし、必要最小限の動きで撃退していく。そしてゼルの姿を探していた。
 そしてようやく二人が出会ったのは、ガーデン正面に設置されている案内板前のロータリーだった。

 この頃になるとすでに二人以外の参加者たちは何らかの形で戦闘不能状態に陥っていた。つまり、二人の闘いによって最強が誰であるのか決定されるということになってしまっていた。
 ここにたどり着くまでに相当数の人間を相手にしてきたのだろう、ゼルは肩で大きく息をしていたが、それとは好対照的にスコールは涼しい顔のままだった。
「スコール、勝負だ!」
威勢のよいかけ声とともにゼルが先に攻撃を仕掛けたが、スコールはそれを軽々とかわしてしまう。そしてしばらく攻防が続いたが、スコールはその総てを避けきってしまった。
 ゼルは悔しげにスコールを見つめ、相手の動きが止まった瞬間を狙って渾身の一撃を繰りだす。
 スコールはそれすらも立ち位置をほんの数センチずらしただけで避けていた。
「ちくしょう!何で当たんねえんだよ!!」
叫びつつ次々とパンチやけりを繰りだすが、スコールに全く掠りもしなかった。
 スコールは苦笑いを浮かべるとともに、自分の左手首にはまっているコンピュータを見つめた。
 それは腕時計に見間違えてしまうほどにコンパクトなコンピュータだが、それはあくまでも外見だけで実際は超高性能なものである。
 スコールはそれを利用してガーデン内に点在している参加者達の動向を探り、無用な戦闘を避けて体力を温存していたのだった。
 幸いにもガーデン内で繰り広げられている闘いは逐一モニターで監視されており、スコールはその回線にアクセスして状況を判断していた、ということである。
 大会のルールにもコンピュータの使用は禁止されておらず、スコールの行為はルール違反にはならなかった。

   やがてゼルは大きく足を縺れさせ、その場に倒れこんでしまった。懸命に立とうとするのだが、体力はとうに限界を超えており、それは叶わなかった。
 結果、優勝者はスコールに決定した。
 大会の模様をモニター前で見守っていた人々は、ある者は大いに喜び、ある者は忌々しげに手にしていた紙を思い切り破って宙に投げていた。
「やっぱりスコールさんが優勝ですか」
「ちっくしょう!俺、ゼルさんに賭けてたんだぞ〜」
「わたしなんて、大穴狙ってたのよ!」
 そんな人々の叫びを耳にしながら、大会の司会を努めていた人物がこっそり嬉しげに妻の顔をみやったのに、誰も気づかなかった。
 筒元が誰であるのか言わずもがな、である。

 大会から数日経ったある日のこと。
 バラムガーデン指揮官の執務室でスコールはいつものように執務に追われ、キスティスがそれを補佐していた。
「ねえ、スコール、貴方、気づいていたの?」
 手元の書類から視線をはずし、スコールは物問いたげな視線を投げる。
「今回の件がガーデンの運営資金収集のために開かれたって・・・」
それを聞いたスコールは苦笑を浮かべ、
「さあ・・・な」
小さく呟いた。

 

END

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