〜FINAL FANTASY 8 TALES vol.12〜
ティンバーは、天然資源であるアルカイックガスが豊富に産出されることから、ガルバディアの武力による侵攻を受け、現在ガルバディア領とされている街である。
その際、レジスタンス狩りと称して市民が大量虐殺の憂き目にあったことから、今でも市民のガルバディアに対する反抗意識は根強く、数年前からレジスタンスの活動が活発化していた。
◇
ティンバーに住む人々の大多数がレジスタンスに参加しているという状況下、その中心的といえる組織がある。
その組織の名は『森のフクロウ』。
数日前、『森のフクロウ』の代表者数人とガルバディア側の代表者との間に、独立を認める調印式が行われた。
『森のフクロウ』の指導者ともいうべき立場にあるリノア・ハーティリィは代表者の一人として調印式の席に就いていた。その背後には、リノアの身辺警護としてSeeDの正装に身を包んだ人間が3人佇んでいた。
スコール・レオンハートはいつもの如く無表情のまま、全身から静かに闘気を放出してガルバディア側の代表者を威圧している。
セルフィ・ティルミットは持ち前の明るい笑顔を満面に浮かべて一連のやりとりを見つめていたが、その双眸は緊張を孕んで鋭い光を宿している。
正装に身を包んだゼル・ディンは居心地が悪そうに時々襟元をいじりながら、それでも相手側が変な動きを見せたらすぐさま対応できるよう気を配りつつ佇んでいる。
SeeDでも精鋭の三人に守られながら、リノアは最後の大仕事に取りかかろうと、ガルバディア側から提示された書面へと手を伸ばした。
書類へ差し出されるその手が、震えている。そしてややぎこちない笑顔。
リノアは、表面上は少々強ばり気味ではあったがにこやかに笑みを浮かべ、内心では今にも気絶しそうなぐらい緊張していた。
それに気づいたスコールはほんの少しだけ、表情を和らげた。
厳粛な雰囲気に包まれ、調印式は滞りなく進んでいく。
ガルバディア側の代表者たちの署名が済み、いよいよティンバー側の代表者の署名がされようとしたまさにその瞬間、調印式の行われている部屋へ通じている扉のひとつが爆音と共に破壊された。
爆音にいち早く反応したのは、SeeDの三名だった。
スコールはリノアを己の腕の中に囲うと、すぐさま爆発に伴い飛んで来るであろう様々な破片からその身を守るようにリノアを地に伏せさせて、自身はその上に身を重ねた。
セルフィはやはり地に伏せながらも油断なく扉の方へ視線をやった。
ゼルは爆音が再度しないのを確認すると、先鋒を己に任じて扉の方へと走っていった。
「何が起きちゃったの?」
スコールの腕のなか、リノアは涙声で不安げに呟く。
「・・・・・・」
現状を十分に把握できていない以上、スコールも迂闊なことを言えず沈黙するしかなかった。
「スコール」
いつの間に戻ってきたのか、ゼルが緊張の面もちで間近に佇んでいた。
目線だけでどうしたとスコールは問いかけながら、下敷きにしていたリノアを抱え起こし負傷していないかどうか確認する。
「ちょっとやばいみたいだな。過激派のやつらが最後の抵抗ってやつを仕掛けてきたらしいぜ」
早口でそうまくしたてるとゼルは警戒心も露わに背後を振り返った。
微かに聞こえてくる銃声。爆音。そして断末魔の声。
それらを耳にしたスコールの表情から一切の表情がかき消える。
それが戦場に身を置いている時に見せる表情であることを知り尽くしているリノアは、瞬時に自分が置かれた状況を把握した。そして自分が今しなければならないことが何であるのか理解した。
「みんなをここから脱出させなくちゃいけないね」
口に出された言葉を可能な限り好条件で叶えてくれる心強いSeeDににっこり微笑みかけるリノア。
スコールは思わず苦笑を浮かべた。
「・・・了解」
SeeDランクAという最上級の称号に恥じない活躍ぶりで、スコールは仲間と共にティンバー側の全員の脱出を成功させた。
◇
そして現在、ガルバディアの膝下に長らく跪くこととなっていたティンバーはガルバディアからの独立をかけて、最終局面を迎えようとしていた。
結局、調印式の席まで設けていながら、ガルバディア内部の争いが原因で、戦いを避けた無血独立が叶わないことになってしまったのである。
ティンバー独立を最後まで認めようとしていない一部は軍上層部に籍を置く者の集団らしく、日々投入される軍隊に、レジスタンスの人々も嫌気が差し始めてきていた。戦闘をすること自体はあまり構わないのだが、それによって人々が負傷することに耐えきれないのだ。しかも、ガルバディアはごく一部の人間を除いて自分たちの自由を認めているのだから、やりきれないことこの上なかった。
『森のフクロウ』の活動拠点である列車のなかでリノアはコンピュータ端末と格闘していた。
「ここをこうやって・・・、で、・・・・・・ここは・・・・・・、って、あれ?」
一生懸命にやっているつもりなのだが、何故かうまくできない。
昨日まではちゃんと使用できていたのに、今日に限ってどうやらコンピュータの機嫌が悪いらしく、リノアの操作はことごとく拒絶されてしまっていた。
「もう、いや!」
どうしても伝えたいことがあるのに、それを伝えることができず、リノアはとうとう癇癪を起こしてしまいコンピュータの電源を思いきり切断した。
その結果、コンピュータは永遠の沈黙に閉ざされる羽目に陥ってしまった。
ティンバー市街の一画にある雑居ビルのなか、スコールたちSeeDはそこに本拠を置いていた。
ビル内部には様々な機器が持ち込まれており、ガーデン独自が開発したハイテク技術を駆使した設備が整えられている。
「こちら側の人員が手薄で押され気味だ。ゼル、何人か連れてそちらの援護に向かってくれ」
刻一刻移りゆく戦況を見つめつつ、スコールは戦況の流れを読みとり素早く指示を出していた。
「よっしゃ!そっちは俺にまかせてくれ!!」
両手を軽くぱんと打ち合わせ、ゼルは勢いよく飛び出していく。
それを無言で見送ったスコールは改めて戦況が映し出されているモニターを見つめる。
「・・・・・・」
しばらくそうして戦況を見守っていたスコールだったが、急に眉間にしわを寄せて考え込む表情になった。
「どうかしたの?」
それを見咎めたセルフィがすかさず問う。
一瞬、何を言われたのか判らず、スコールは何の感情も宿していない青灰色の双眸を少女へすっと向け、数度瞬きを繰り返した。途端に瞳に少々感情の色が宿る。
「これを、見てくれ」
黒い革手袋が指し示したのは、自分たちの人員不足によって把握しきれずにいるため、度々不利な状況に置かれていた一画だった。
セルフィもその区画が気にかかり、できれば救援の手を差し伸べたいと思っていた場所だったので、スコールの言いたいことがすぐに納得できた。
「ここ、変だよね?」
との言葉にスコールは大きく頭を振る。
先程からその不利だった場所の戦況に変化が現れていた。少々不自然に感じられるくらいにその区画の戦況が覆されていくのだ。
恐らく誰か優秀な指導者がその場に現れ、的確に戦況を見極めて指示を出しているに違いなかった。
「どうするの?」
何か手を打たなくていいのかと言外に問うてくるセルフィの瞳をしばらく見つめていたスコールだったが、ふと視線をはずして刻一刻移り変わっていく戦況が表示されているモニターに戻る。
モニターのなかで繰り広げられている自軍側の動き。
それが自分の意に十分かなっていることを認めたスコールは、
「ここはこのまま彼らにまかせておこう」
と短く宣言した。
「ほおっておいていいの?」
あまりにあっさりと言われ、セルフィは最終確認の意味も込めて問いかける。いつもならばそれはキスティスが果たす役割だったのだが、現在キスティスは別行動をしており、その場の雰囲気からセルフィが代役としてそれを担っていた。
「ああ。彼らの動きは俺たちと一緒だ。今は独立を勝ち取ることが優先される時だ。戦局が有利になる以上、彼らに干渉するのは得策じゃない。もし万が一彼らが不利になるようなことがあれば、その時は俺が動く」
きっぱりそう言いながら、青灰色の瞳には鋭い光が宿っていた。
一番危うかった地域の戦況が有利な方向へ転じた途端、今まで膠着状態だった戦局に変化が現れ、一気にレジスタンス側の勝利へと傾き始めた。
それを感じ取ったスコールは最後のだめ押しをするべく、後の指揮をセルフィにまかせ、ガンブレード片手に飛びだしていった。
「後はまかせたぞ」
「そんなの無理〜。ぜえったい無理〜〜」
すでに闘いに全神経を傾けてしまったスコールにセルフィの必死の叫びは届くことはなかった。
戦場に不気味な沈黙が降りていた。
つい先刻まで激しい戦闘が繰り広げられていた戦場に、静けさが訪れていた。
そんな戦場のただなかを、スコールはゆっくりと敵陣へ向けて足を運んでいた。
青灰色の双眸を見据え、全身から闘志を漲らせながら、スコールはゆっくり歩を進めていく。すると、敵兵がそれにあわせて後退していく。
肌がぴりぴりするような緊張感が漂うなか、スコールはガンブレード片手に無言の圧力でもってガルバディア軍と対峙していた。
ガンブレードを片手にした黒衣の若者が誰であるのか知れ渡っているらしく、ガルバディア軍の兵士たちの表情は強ばっていた。若者が本気になれば自分たちなど一瞬のうちに倒されてしまうことが判っているのだろう。
危うい均衡が保たれたまま、じりじりと時間だけが過ぎていった。
「全世界の皆さん、私たちはここに宣言します」
不意に、街全体に声が響き渡った。
それを耳にした途端、スコールの表情が微妙に変化する。
それは街のあちらこちらに仕掛けておいたスピーカーから聞こえていた。
「ティンバーは独立しました!」
高らかに宣言されたその言葉に、一瞬街は静まり、次の瞬間には騒然となった。
この瞬間、全世界にむけてティンバーの独立宣言は報道されたのだ。
街は歓声に包まれ、つい先刻までの緊張感は見事に払拭されてしまった。
ガルバディア軍の執拗な攻撃の巻き添えを食らわぬよう自宅に閉じこもっていた人々がドアを開いて屋外へと飛び出していく。
宣言を耳にしたガルバディア軍上層部が呆然とした表情で突如発生した電波ジャックに硬直している。
兵士の一部では戦意を喪失してしまい、手にしていた武器を取り落とす者がいた。
目前の兵士たちから戦闘意欲が失せたことを敏感に悟ったスコールはそれにあわせて全身に漲らせていた闘志をすっと収めた。そして戦う意志がないことを明示するためにも構えを解く。
ふと見上げた空は限りなく澄み渡った青空だった。
END