〜FINAL FANTASY 8 TALES vol.3〜

【エスタ事情】

 

 優れた科学技術を有する大国エスタの市街の一隅にある、エスタでも最高峰の頭脳と設備を誇るオダイン研究所。
 現在、そこでは不穏な空気が漂っている。
 研究所の最下層にある研究室で、オダイン博士が実に嬉しそうに所員たちに己の研究成果を披露していたのだ。

 オダイン博士。

 エスタでも最高の頭脳を有する人物であり、G.F.と疑似魔法のシステムを組み合わせた高度な魔法使用技術を考案した人物でもある。ただし、その人となりには大いに問題があり、彼の人物を知る機会に恵まれた人間は、必ずといっていいほど、博士のことをマッドサイエンティストと評するのだった。さらに彼の人物は独特の感性の持ち主で、奇抜な格好を好んだ。

 「最近、大統領の元気がなかったでおじゃる。そうでおじゃるな?」
オダイン博士のそんな第一声に、所員たちはまず安堵のため息をつき、次いでこれから多大な被害を被るであろう大統領に同情のため息をついた。
「そこで、オダインは考えたでおじゃる。大統領を元気づけるのでおじゃる!」
実に楽しそうに告げられた台詞に、許されるものならば、今すぐここを逃げ出して、ほとぼりが冷めるまでどこかに隠れていたいと、一同、心の底からそう思った。
 そんな所員たちなどおかまいなく、オダイン博士は大統領を元気づけるために開発した“モノ”を披露する。
「オダイン、会心のできでおじゃる!」
口上とともに公表された“モノ”を見た途端、所員たちの口から賛嘆のため息が洩れた。
 腐っても鯛、マッドサイエンティストでも天才科学者。
 その評価に恥じない仕事ぶりだった。

 

 

 エスタ大統領官邸執務室。
 そこでエスタ大統領ラグナ・レウァールは、執務机に山のように積み上げられている書類にうんざりした表情を隠そうともせず、目を通していた。
 書類にサインをし終えた途端、ラグナの口から大きなため息が一つ洩れる。
 無言のまま次の書類を手に取り、内容を確認した上でサインをする。と、また洩れるため息。
 すでに小一時間ほどこの状態が続いているのだが、周囲で執務に励んでいる補佐官たちにはたまったものではなかった。
 先日、お忍びで細君の墓参りに行ってからラグナの様子がおかしくなり、現在もそれが続いているのだ。
 楽天的な性分である人のこと、すぐに浮上するだろうと周囲の人間はしばらくほおっておいたのだが、結局現在に至るまでラグナの機嫌が回復することはなく、また、すぐに回復する見込みすらなかった。
 紙面をすらすら流れていたペン先が不意にとまった。そして、
「スコールぅ〜」
情けない声とともにラグナはとうとう机に突っ伏してしまった。
 それにたまりかねた補佐官の一人が、自分たちのまとめ役でもある筆頭補佐官にすがるような視線を注いだ。
 それがどんどん他の補佐官に伝播してゆき、最終的には室内の人々の視線を一身に浴びる筆頭補佐官がそこにいた。
 視線の集中砲火を余儀なくされた筆頭補佐官は、仕事の手を休め、肩を軽く竦めると自席を立った。
  その途端、周囲の視線が期待に満ちた眼差しに変わっていくのを感じ、筆頭補佐官は苦笑を浮かべ、大統領席の傍らに歩み寄った。
「ラグナ君、起きたまえ。ラグナ君」
周囲に聞こえないよう気を配りながら、耳元に低く囁きかける。
「君の嘆きたい気持ちも解らないではないが、今の君の態度はあまり感心しないね。彼のことを世間に公表する気がないのならば、なおさら君の態度はマズすぎる」
相手のそんな言葉にラグナは慌てて飛び起きた。そして周囲の好機に満ちあふれた視線に気づく。
(やべぇ、やべぇ。こいつらにとんだ情報をやっちまうとこだった。悪い奴らじゃないんだけどよ、ちょおっとおしゃべりなところが、玉にきずってやつで・・・)
 本人にその自覚はなくとも、実に多くの話題を提供してくれる人物が身近にいるお陰なのか、補佐官たちは総じておしゃべりだった。
 つい数ヶ月前もちょっとした誤解から大騒動になりかけたことを思い出し、ラグナは苦い顔になる。
「なあ、キロス。ちょっと外にいかね〜?」
情けない声を出すラグナに筆頭補佐官キロス・シーゲルは苦笑を浮かべ、首肯した。そして目線でもう一人の筆頭補佐官ウォード・ザバックに少々外に出てくると伝えると、ラグナの右腕をひっぱりようにして執務室を後にした。
 それをみた補佐官たちの口からため息が洩れたのは、いうまでもないことだった。

 「で、スコール君と何があったのかね?」
妻の墓参を口実に、ラグナにとってとても大切な人物と会っていたことを知るキロスは、二人きりになった途端、単刀直入にそう尋ねた。
「うっ!」
不意をつかれた質問に、ラグナは言葉につまってしまう。
 そんな反応にふっと苦笑を浮かべ、
「まあ、スコール君が君に何を言ったのか、大体の想像はつくが・・・。それでも、あきらめる気にはなれないのだろう?」
とのキロスの言葉に反応して、ラグナは、
「あったり前じゃねぇか!俺とスコールは正真正銘の『親子』なんだぞ。一緒に暮らすってのが筋ってもんだ!!」
鼻息も荒く一気にそれだけ言ったかと思うと、次の瞬間にはがくっと肩を落としてうなだれてしまう。
「でもよ〜、あいつ、俺のこと『父親』としてみれね〜とか、『ラグナ』は『ラグナ』だとか、訳わかんねぇこと、言うし・・・・・・」
情けない声とともに告げられた言葉に、キロスは内心、
(それでは、スコール君はラグナ君を嫌っている訳ではない、ということか)
と思いつつも態度には顕さず、処置なしと言いたげに肩を竦め、
「ともかく、今日はもう帰りたまえ、ラグナ君。残りの仕事は私が責任持って引き受けておこう」
今の状態のラグナでは使い物にならないと冷静に判断しそんなことを言う。そして、これ以上補佐官たちに余計な娯楽の種を与えないよう対処した。
 いつもならば仕事から解放された喜びにぱっとその顔を輝かせるのだが、今日に限ってはそれがなく、ラグナは気の抜けた顔をしてとぼとぼその場から立ち去っていった。
 その背中へ、
「スコール君の方は、私が早急に対処しておこう」
あまりに情けないその姿に、キロスはせめてもの言葉を投げかけた。
「あぁ〜」
しかしラグナは生返事を返すのみだった。

「・・・・・・というわけで、至急、君たちSeeDの派遣を要請したい。この依頼は、無論、我がエスタ大統領もそちらの学園長殿もすでに了解済みだ」
エスタ大統領筆頭補佐官の肩書きを持つ人物からの依頼要請に耳を傾けながら、スコールは別のモニター上に各SeeDのスケジュールを呼び出し、条件に該当する者を検索していた。
 通常ならばこういった仕事はスコールの職務の範疇には含まれていないのだが、依頼要請の通信が何故か自分専用の回線へ送信されてきたため、仕方なく対応していた。
 そんなことを知るはずもなく、筆頭補佐官は言を継ぐ。
「幸いにも市民にはそれほど被害が及んでいないが、やはりこのままほおっておくというのも問題があるのでね。よろしく頼むよ」
 依頼内容はエスタ市街に出没するモンスターの一掃であった。
 己の過去の経験から出没するモンスターのレベルを瞬時に割り出し、その情報をコンピュータに手際よく入力していき、結果を待つこと数十秒。
 “最適”と選抜されたのは、対応をしていたスコール・レオンハートその人だった。
 事務的にそのことを告げると、モニターの向こう側で相手は意味ありげな微笑みを浮かべ、
「それではできる限り早くこちらに来てくれたまえ。その際には必ず大統領官邸まで足を運んでくれたまえよ。では」
どこか嬉しそうな口調でそれだけ言い、あっさり通信を切ってしまった。
 釈然としないものを感じながらも、SeeDとして任務を果たすべく、スコールは椅子から立ち上がった。

 かなり久しぶりに仕事の山から解放されたラグナはのんびり家路を辿っていたのだが、その途中で予算委員会の役員に捕まってしまった。
 数十年ぶりに発生した『月の涙』に対して新たに組み込まれた予算について疑問点があるとのことだった。
 『月の涙』。
 それは何十年周期かで発生する月から地上へのモンスターの降下現象のことである。
 月から降下してきたモンスターは総じて狂暴であり、『月の涙』の発生規模によってはひとつの国家が容易く滅ぼされることもあった。
 今年は運悪く、その周期に当たってしまったため、モンスター駆逐やモンスター被害への救済に割くための特別予算が組み込まれたのだ。
 適当に切り上げてしまおうと思ったのだが、相手はそれを許さず、時間ばかりが空しく過ぎていく。
「・・・・・・でですね、この予算なんですが、過去のものと比較してみたのですが、今回のは明らかに・・・・・・」
役員の話は要領を得ず、最初はおとなしく耳を傾けていたラグナも、ついに我慢の限界を感じた。
「わりぃけどよ、その辺のことは、キロスにでも聞いてくんねえかな〜?俺、それには全然タッチしてないんで、さっぱりなんだわ。じゃ!」
そう言い捨て、さっさかその場を逃げ出した。
 “待ってくれ”と声をかけられたが、あえてそれを無視して走り出す。そして次の角を曲がった瞬間、前方から歩いてきた誰かとぶつかってしまった。
 後ろを気にしながら走っていたためか、ラグナは見事にバランスを崩し、尻餅をついてしまった。
「いってぇ〜」
思い切り尻を打ってしまい、ラグナは情けない叫びをあげる。
 それにひきかえ、ラグナと正面衝突したはずの人物は平然とその場に佇んだまま、
「あんた、こんなことろで何してるんだ?」
ややあきれ気味に尋ねながら、手を差しのべた。
 すっと目の前に差し出された黒い手袋をしたその手につかまりつつ、
「お、サンキュ」
(・・・なんっか、ちょっとばっかし、冷てぇ手だな〜)
軽々と立ち上がり、自分がぶつかった相手を見つめ、絶句した。
 趣味なのか、全身黒ずくめの若者が憮然とした面もちで佇んでいる。
「なっ、何で、ここに!?」
足がつりそうだと思いつつ、何とかそれだけ口にした。
 目前にいる若者は、今現在、こんな所にいるはずのない人物だった。
 未来の魔女が己の欲望を叶えようと、現在へと差しのべてきた悪意の手を、ある人物たちの活躍によって取り除かれることによって、滅亡の危機から世界が救われたとはいえ、小さな争いが世界から絶えるわけでなく、若者の所属している特殊な団体はその性質上、色々と忙しいはずなのだ。
 ラグナが言わんとしていることを察したのか、
「俺はここへ来るよう言われたんだ」
短く告げた。そしてさっさかラグナの脇をすり抜けてさらに奥へ、執務室の方へ行こうとする。
 ラグナは慌ててその手を掴んだ。
「スコール、ちょっと、待てって」
 若者、スコールは軽く眉間にしわを寄せると迷惑そうにその手を払いのける。
 至極つれない態度にちょっと落ち込んだラグナだったが、気を取り直し、払いのけられたその手を再度伸ばして今度は右肩を掴んだ。そして強引に相手を自分方へ振り向かせる。
「お前の派遣を依頼した人物の上司は、この俺だ。そして、その人物の依頼はすべて俺を通して出されてる。よって、お前は俺の命令に従う義務がある」
よくわからない理論の許、自分好みの結論を出すために、ラグナは屁理屈をこねた。
 一度言い出したらテコでも動かない性格をしていることを知っているスコールはやや呆れ気味に、
「・・・・・・了解」
と口の中で呟いた。
「えっ、マジ?」
任務至上主義(?)のスコールが実にあっさりと無茶苦茶な言い分を認めたことが信じられず、反射的にそう叫んでしまった。
 慌てて口許を抑えてみても後の祭り。
 一度口にしてしまった言葉は取り消せるはずがなかった。
 しまったという表情で相手の顔をちらっと見るラグナ。
「・・・・・・、で、あんたは一体何がしたいんだ?」
普通ならば苦笑でもしそうなものなのに、スコールは表情を変えることなく、至極平然と尋ねる。
 自分の予想外の反応を返すスコールに戸惑いつつ、
「それじゃ、その辺をぶらぶら案内したいって・・・・・・、そんなんでも、ありか?」
思いついたことをぽんと口にしてから思わず苦笑を浮かべ、ラグナは頭をぽりぽり掻いた。
(やっべぇ〜、いくら焦ってるからって、なんてこと言うんだ〜)
 相手の様子に何を感じたのか、スコールは微妙に口許を緩ませると、
「了解」
あっさりそう答えていた。

スコールに街を案内する約束をとりつけることに成功したラグナは、上機嫌で大統領官邸を後にした。
 諸事情によりエスタのことは隅から隅まで知っているスコールであったが、大統領直々の『命令』に敢えて逆らおうとはせず、黙って従う。
 おとなしく自分の後をついてきていることを確認したラグナは、極上の笑顔で、
「んじゃ、まずは、あんま面白くね〜とこから案内することにするわ」
といいつつ、官邸近くのプレートリフター乗り場へと向かった。
 うきうきと先を行くラグナの背中を見つめる青灰色の双眸に何の感情も宿さぬまま、スコールは後を追った。
 ラグナが選んだ行き先は『オダイン研究所』。
 世界でも最高峰の頭脳を誇るであろう、そして世界で最もはた迷惑な思考回路を誇るであろうオダイン博士の研究所だった。
 透明なチューブのなかを移動するプレートリフターから眺めやる町並みは、世界中の何処の国とも異なり、高度な機械文明に支えられて作りあげられた、一種無味乾燥なものであり、人の気配がほとんどなかった。
 そんな町並みに何を感じたのか、ラグナは一瞬眉をひそめたが、すぐにそれを忘れ去り、隣に座る人物の横顔を見つめる。
(や〜っぱり、俺にちっとも似てないわな〜。母親似ってやつか?)
傭兵などという物騒な集団のなかでもさらに精鋭といわれるSeeDのトップに立っているにしては、少々繊細な造りのその顔を見つめつつ、埒もないことを考えてしまう。
 ラグナの視線に気づいたスコールは、やや顔をしかめてそれから逃れるように明後日の方角へ顔を向けた。
 スコールに避けられたことに気づいたラグナは、あからさまに落胆してみせた。

 気まずい沈黙に包まれたまま、プレートリフターは目的地へと二人を運んだ。

 プレートリフターから二人が降り立った瞬間、後方から獰猛なうなり声が響き渡った。
「へっ!?」
あまりに唐突なそれにラグナは事情が飲み込めず、呆然と立ちつくしてしまう。そこへ、
「そこの二人!その場から早く離れろ!!」
緊迫感に満ちた鋭い声がかかる。そしてラグナをかばうようにして、一人の若者が声のした方角へと走っていく。
「あ、れっ??」
若者の後ろ姿を見送ったラグナの口から、実に間抜けな声が洩れる。
「な、んで?」
自分が今目にしている光景に、頭がついていけなかった。
 否、それを認めるのが非常に怖かったのだ。

 ラグナが耳にしたうなり声の主は、エスタ市街に出現するモンスターのなかでも特に強く、倒すのに苦戦を強いられること間違いなしの『ベヒーモス』と呼ばれるものだった。
 このモンスターの手強さをよく知る若者は、口中で素早くオーラを唱えて自身の攻撃力を高めるとともに、視界の片隅にいる二人の民間人にモンスターの攻撃が及ばぬようシェルとプロテスの魔法をかける。
 ちらりと投げた視界に入ったその人物が、あの『ラグナ』であることに気づいた瞬間、若者の全身から強烈な闘気が迸った。そして若者はモンスターめがけて突っ込んでいく。
 銀光一閃。
 次の瞬間、若者の放った特殊技がモンスターに炸裂し、さしもの『ベヒーモス』もこれに耐えきれず、どっと地に伏した。
 勝負あったといわんばかりにモンスターに背を向けた若者は、愛用の剣を軽く肩に担ぐと、ラグナの許へ歩んでいった。
 その背後で『ベヒーモス』は断末魔の叫びをあげつつ、砂塵に帰した。

 自分に近づいてくる『スコール』に怯えつつ、ラグナは自身の背後に佇んでいる『スコール』を盗み見た。
 目の前にいる『スコール』と背後にいる『スコール』。
 どちらも『スコール』に違いなかったが、『スコール』がこの世で唯一人である以上、どちらかが偽物に違いなく、そしてどちらが偽物であるのか、ラグナは気づいてしまった。
「あんた、こんなところで何をしているんだ?キロスから戒厳令の話を聞かなかったのか?」
目の前にいる『スコール』が憮然とした面もちで尋ねてくる。
 面前で大きく両手を振りながら、
「か、戒厳令??い、一体、いつから、そんな・・・・・・」
どうにかそれだけの言葉を絞り出したラグナだった。
 しかし、目前の『スコール』から背後の『スコール』を隠そうと、無駄な努力を試みるラグナを尻目に、背後の『スコール』がずいっと姿を現した。
 二人の視線が絡みあう。
 目前の『スコール』の表情が強ばる。
「なっ!?」
 背後にいた『スコール』の表情が一切失せる。
「・・・・・・」

 お互いどんな科白を口にすればいいのかわからず、二人は沈黙を選択した。

 窓からラグナの姿を発見したオダイン博士は、自分の発明の自慢をするべくうきうきと二人の許へやってきた。
「オダインの発明の素晴らしさはどうでおじゃる。凄いでおじゃる」
得意の『おじゃる語』を連発しながら、二人の傍へ歩み寄ると、無表情になった『スコール』を見つめ、
「機能が停止してしまったでおじゃるか?どうしてでおじゃる??」
呟き、表情を強ばらせたままの『スコール』を見やり、
「なるほどでおじゃる。本物にあってしまったんでおじゃるな。そのお陰で『スコール』の思考回路のロジックに矛盾が生じ、機能停止になってしまったんでおじゃる」
一人口の中でぶつぶつ呟いて妙に納得顔になった。
「大統領は元気になったでおじゃるか?・・・・・・・・・・・・。元気になったでおじゃる!」
ラグナの方を見、これもまた自己流の解釈で納得してしまう。
 オダイン博士のそんな独り言をどう聞いたのか、スコールの顔から表情が一切失せ、機能停止している『スコール』にそっくりになった。
「これは、オダイン博士の『作品』と、そういうことか?」
オダイン博士にではなく、ラグナにそう問いかける。
 自分を見つめる青灰色の双眸に宿る不気味な光に、ラグナはおよび腰になりながら、
「そ、そう、みたい・・・だな」
と呟くのが精一杯だった。
 ラグナにだって事情がよく飲み込めていないのだ。自分がスコールだと思っていた者が偽物だったなんて思いもしなかった。
 二人の間に漂う緊張感に気づくはずもなく、オダイン博士は滔々としゃべりだす。
「そうでおじゃる。オダインは大統領を元気づけようと頑張ったでおじゃる。大統領の元気のなかった原因は『スコール』にあったでおじゃるから、オダインは大統領の気に入るようなそれを作ることにしたでおじゃる。これは、オダイン最高傑作でおじゃる」
 スコールは目を眇め、ラグナを見つめる。
 眼差しに含まれる冷たい光に、ラグナは背筋が寒くなった。
「この姿は大統領が持っている写真を参考にしたでおじゃる。そっくりに作ったでおじゃるよ」
実に嬉しそうにがんがんしゃべるオダイン博士。
「写真?」
さらにスコールの眼差しが冷たくなる。
「あんた、何でそんなもの持ってるんだ?」
答えをはぐらかすようにラグナは強ばった笑顔を浮かべ、その場から後退る。
 そんな相手の態度にスコールは冷たい笑みを浮かべると、自分の愛剣『ライオンハート』を無造作に振り下ろした。
 その途端、『スコール』はただの鉄の塊と化していた。
「何をするでおじゃるか!オダイン最高傑作に、何をするでおじゃるか!!」
一瞬にしてスクラップと化した己の『作品』に憤慨するオダイン博士を完全に無視し、スコールは硬直しているラグナを見つめ、
「任務完了」
平板な声音でそれだけ告げると、さっさかその場を立ち去ってしまった。

 スコールの姿が完全に視界から消えた頃、ようやく硬直が溶けたラグナは頭を抱え込んでその場にしゃがみこんでしまった。
(やっべぇ〜、スコール、マジに怒ってたな〜。どうすりゃいいんだ〜)
 ただでさえ正常な『親子関係』にたどり着くまでに途方もない努力が必要だとわかっていたのに、今回の件でさらに困難を極めることが決定してしまったのだから、ラグナの嘆きも尤もなものだった。
 そんなラグナの苦悩も知らず、オダイン博士はひとしきり“最高傑作”の『スコール』を台無しにされた苦情をまくしたてていた。が、やがて何か思いついたのか、両手をポンと軽く打ちあわせ、
「あれでは気に入らなかったでおじゃるか。それなら、今度は女性体で作ってみるでおじゃる!」
妙にうきうきとした口調で、実に愉しそうに、とんでもない問題発言をしてくれたのだ。
 今のやりとりをどう推したら、そんなとんでもない解釈ができるのか。
 ラグナは驚きに目を見開き、慌ててオダイン博士を止めに入る。
「そ、それだけは、勘弁、な!んなこと、スコールにばれたら、今度こそ嫌われっちまう!!」
パンパンと手をたたき、拝むようにして頭をさげつつ、悲痛な叫びをあげた。
 一瞬、ほんの一瞬、“見てみてぇなぁ〜”なんて思ってしまったことは、この際、内緒である。

 この後、エスタ大統領は、愛する息子のご機嫌を損ねないよう、自分から足繁くガーデンの方へ通うこととなるのであった。
 もちろん、公務はほったらかしにして、である。

 

END

 

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