〜FINAL FANTASY 8 TALES vol.5〜

【バラム事情】


 最近、『変わったね』と言われることが多くなったことに、スコールは気づいていた。
 あの苦しい闘いのなか、自分自身だけでなく、仲間を信じるということを学んだ自分は確かにどこか変わったのだろう。ただ、それが自分で思っている以上に周囲に影響を及ぼしているということが信じられなかった。
 その変化を、キスティスあたりに言わせると、『雰囲気が柔らかくなったわ』ということになるらしい。また、アーヴァインなどは『とっつきやすくなったよね〜』と表してくれるのだった。
 以前はあまり話しかけてこなかったクラスメイトやそれ以外の人々にも頻繁に声をかけられるようになったのもその変化したことの一つだった。
 そんな周囲の態度の変化を、スコールは比較的素直に受け入れることができた。が、ただ一つだけ、どうしても容認できないことがあった。
 それは、突然降って湧いた『父親』という存在だった。

 

 

 「・・・・・・しゃあねぇ・・・か・・・・・・」
苦笑を浮かべたその人は、大雑把にくくった髪をがしがしかくと軽く肩を竦め、その場を後にした。
 かける言葉もなく、ただその人の背中を見送りながら、スコールはため息を大きくつくと全身から力を抜いた。

 会うときはいつもそう。
 どんな態度をとればよいのか分からず、内心、戸惑うばかり。
 その顔を見ただけで必要以上に緊張してしまう自分がいる。
 仕事のクライアントと会うときに感じるものとはまるで異なる緊張感。
 向かい合うと必ず感じるそれは、居心地の悪さと相まって、スコールの態度を硬化させていた。

 たまたまその場を通りかかったアーヴァインは黙然と背中を見送っているスコールに気づいた。
「しょっちゅう、顔、見に来てくれてるんだ。いい、お父さんだね〜」
言いながら、スコールの横に並んで一緒に後ろ姿を見送る。
「いまさら、『父親』だなんていわれても、困る」
表情を強ばらせたまま、頑なな調子で言い放つ。
 スコールのそんな態度にアーヴァインはやれやれとため息をつき、
「どうして?ラグナ様、とってもいい人だと思うけど・・・・・・」
大げさに肩を竦めてみせる。
「ラグナ・・・様?」
いつの間にこの男もそんな呼び方をするようになったのだろうと、スコールは片眉をあげてみせた。
「あっ、これ?う〜ん、セフィの呼び方がうつっちゃたんだよね〜」
声に含まれる思いを敏感に感じ取ったアーヴァインは頭をかきかきそう答えるのだった。
 あんまりと言えばあんまりな理由に大きなため息を一つついてみせたスコールは、思い切りそっぽを向いて仏頂面になると、
「17年間、『父親』の存在なんか考えたことないのに、いまさら・・・・・・」
淡々と告げる。
「ん?」
興味深げにアーヴァインは聞き返す。
 スコールはほんの少し顔をしかめ、
「いまさら、のこのこでてきて、『父親』だなんて、言われたくない」
心持ち小声で、ぶっきらぼうに言う。
「そんなもの?僕だったら嬉しいと思うんだけどな〜」
うきうきと表現したくなるような口調でそんなことを言う相手を、目を眇めて見つめ、
「俺にはそう思えない。迷惑なだけだ」
突き放すような冷たい声音で言い返す。そして、さっさかその場から立ち去った。
 アーヴァインは軽く肩を竦め、やれやれと言いたげにため息をひとつついた。

 

 

 スコールは無表情のまま、ひたすらガーデンのなかを突き進んでいた。
 己の考えに没頭しているため、自分が現在何処へ向かって歩いているのか、認識していなかった。
 煮詰まった雰囲気を漂わせたスコールに気づいた学生たちは、無言のまま道を譲る。
 気楽に『どうしたのか』などと声をかけられるような状態ではなかった。

 どうしてあの『ラグナ』が、自分の『父親』なのか。
 つい最近、自分に知らされた衝撃的な事実に、スコールは戸惑い、悩んでいた。

 今まで一度として『父親』の存在を考えたことはない、とは言い切れないが、それでも『父親』、頼るべき肉親、がいなくてもどうにか生きていける術を身につけた今頃になって、どうして『父親』が現れたのか。
 最近、やっと周囲の人間とのコミュニケーションをとる方法を学び、友人と呼んでも差し支えのない人々ができはじめた、そんな今頃になって、どうして『父親』が現れたのか。
 そして、幼い頃、頼るべき肉親を心の底から切望していたあの頃、どうして『父親』は現れてくれなかったのか。

 自分でも不毛だと思ってしまう考えが頭のなかで空回りしだす。
 それを振り払うように思い切り頭を振ったスコールは、気分転換をしようと、訓練施設へと足を向けた。

 ガーデンで唯一24時間解放されている施設がここ訓練施設であるが、内部には本物のモンスターが放されており、一歩間違えば死の危険性のある場所であった。

スコールは無頓着に施設内部へ入り込むと、次から次へと襲いくるモンスターを一刀の許に倒し、どんどん奥へとその歩みを進めていく。
 スコール同様施設を使用している学生たちは、扱いの難しさから現在廃れつつあるガンブレードを無造作に振るうスコールの姿を憧れの眼差しで見送っていた。
 ペース配分などお構いなしに剣を振るい続けたせいか、訓練施設の最奥にたどり着く頃には息が少々上がってしまっていた。
 額から伝い落ちてくる汗を拭いつつ、スコールは一旦全身から力を抜いた。
「あれ?スコールじゃんか?珍しいよな、おまえがこんな時間にここに来るなんて」
気を抜いた瞬間そう声をかけられたスコールは毛を逆立てた猫よろしく、その場から飛び退く。そして声の主を確認した途端、再度緊張を解いた。
「ゼル・・・」
スコールが友人と認めている人間のうちの一人、ゼル・ディンがそこに佇んでいたのだ。
 苦笑を浮かべ、スコールはゼルの方へ向き直る。
「最近、なんだか忙しいみたいだけどよ、こんな所で時間つぶしてていいのか?」
心配そうに尋ねてくるゼルの心遣いに気づいたスコールは先刻の暗い気分が失せていくのを感じた。
 友人と呼べる人々ができたことにスコールが戸惑いながらも嬉しさを感じるのは、こんな時だ。
 何気ない一言で心が軽くなる。
 一人でいることを考えてばかりいた頃には想像のつかなかった現象だった。
「大丈夫だ、ちょうど時間が空いているんだ。少し・・・気分転換がしたかった」
言い様背後に迫っていたグラットを剣の一振りで屠る。
「おっし!それじゃ、俺とどっちが多くモンスターを倒すか競争しようぜ!」
ゼルは胸元で軽く拳をたたき合わせてそう提案すると、スコールの返事も待たず、駆けだした。
 スコールは苦笑しつつそれを見送ると、
「たまには・・・いいか」
と呟き、ゼルの後を追いかけていった。

 結局、倒したモンスターの数は、スコールの方が1割近く多かった。
 訓練施設へと続く渡り廊下の中程で行儀悪く座り込んだゼルは、
「やっぱ、強いわ、おまえ・・・」
至極感心したようにうんうん頷きながらそう宣う。
 それに対しスコールは苦笑を浮かべるのみで、敢えて言葉を紡ごうとはしない。
 そんな態度に気分を害するでなく、ゼルは上機嫌で、
「俺もかなり強いけどよ。おまえには敵わないぜ」
さらりと言い、かけ声とともに立ち上がると、
「さってと、俺、もう少しトレーニングしてくるわ。じゃ、またな!」
言いたいことを言ったゼルはあっさりとスコールをその場に置き去りにして、再度施設部へと戻っていった。
 スコールは苦笑をさらに深いものにしてそれを見送る。
 その姿からは先刻まで感じられたせっぱ詰まった雰囲気は見事にぬぐい去られていた。

 これからの予定を頭のなかで反芻しながらスコールは自室へ向かった。
 「あの〜、スコールさん。ちょっと、よろしいですか?」
控えめにそんな声がかけられ、スコールはその歩みを止めた。
「何か、用か?」
ぶっきらぼうにいいつつ声のした方を見遣る。すると、そこには学生が数人佇んでいた。
「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが・・・」
代表者らしい少年の消極的な言葉にスコールは苦笑を浮かべ、
「授業に関する質問か?」
少年が抱えるテキストに目をやりつつ尋ね返す。
 少年はちょっと驚いたように目を見開いたが、やがて自分がテキストを後生大事に抱えていたことを思いだした。
「ガーディアン・フォースと呼ばれる存在と疑似魔法の関係について教えて頂きたいんです」
少年のそんな台詞にスコールはある人物の顔を思いだしてしまい、微妙に眉間にシワを寄せた。しかし少年たちはスコールの微妙な表情の変化に気づかず、言葉を重ねる。
「勿論、図書室で色々な論文などにも目を通したんですけど、僕たちには難しすぎて理解できないんです」
 実に面倒くさい質問を投げかけられ、スコールはやれやれと言いたげに軽く肩を竦めると、
「キスティス先生か誰かに聞いたらどうだ?」
とりあえず友人の一人である教官の名前をあげる。
「そのキスティス先生が貴方に聞くようにおっしゃたんですが・・・」
とまどい気味に答える少年に、どうやら自分はキスティスに面倒を押しつけられたらしいと理解したスコールは苦笑を浮かべるしかなく、ため息をひとつついた。
「オダイン博士の提唱している疑似魔法マニュアルの基本理論は理解しているのか?」
以前はこういった風に気軽に質問をされることなどなかったのだが、これも『変化』のうちなのだろうと思い、とりあえず説明を試みることにした。
 少年たちは目を輝かせおもむろにノートを開いてメモをとる用意をする。そこへ、
「SeeDのスコール・レオンハート君、至急、学園長室まで来てください。繰り返します。SeeDのスコール・レオンハート君、至急、学園長室まで来てください」
学園長シド・クレイマー直々の全館放送が流された。
 あからさまに落胆の色を見せる少年たちに短く『すまない』と言い置き、スコールは学園長室へと向かった。

 スコールは学園長室までの短い道のりの間に、色々な学生から似たような質問を浴びせられるのだった。

 学園長室を訪れてみると、学園長とキスティス・トゥリープ教官がスコールを待っていた。
「待っていましたよ、スコール君。君に新しい任務です」
学園長はお得意の穏やかな口調でそう切りだしたが、それを目線で制したスコールはキスティスの方を見遣り、
「キスティス、あんた、俺に何か言いたいことはないか?」
剣呑な口調というのが相応しい冷ややかな声音でいうその青灰色の瞳がまるで笑っていない。
 迫力のある冷たい視線にさらされた女性教官はひきつった笑いを浮かべた。
「何のことかしら?」
思い当たることはあったのだが、それでもキスティスはしらを切ることに決めたらしい。
 相手の意図を察したスコールはふっと冷たい笑みを口許に漂わせ、
「あんた、随分と優秀な教官のようだな?」
皮肉をたっぷりちりばめてそれに冷ややかに応戦する。
「まあ、ありがとう」
キスティスはさらに笑みをひきつらせつつもとぼけ通す。
 二人のやりとりの真意がわからない学園長は、ただただ微笑んでいた。

 

END 

 

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