〜FINAL FANTASY 8 TALES vol.2〜
遙か彼方に広がる山々の稜線がはっきり見てとれるほど晴れわたった昼下がり。
ラグナ・レウァールは静けさに包まれている村、ウィンヒルにある妻の墓前に一人、佇んでいた。
墓標を見つめる双眸は、常の精彩を欠き、少し翳りを帯びていた。
「なあ、あいつ、俺のこと、認めてくれるかな」
ぽつり、呟く。
だが返事が返るはずもなく、ラグナは苦笑を浮かべた。
しばらく墓標を見つめ続けていたが、やがて我に返り、少し慌てて腕時計に視線を落とした。
苦笑がさらに深まる。
約束の時間まで、まだかなり時間があることに気づいたのだ。
どうやら自分は緊張のあまり時間を読み間違えてしまったらしい。
ふっと自嘲気味に口許を歪めると、ラグナは時間つぶしに村に戻ることを決意した。村人たちにかなり自分の心証がよくないことは重々承知していたが、そこしか適当な場所がないのだから仕方がなかった。
まあ、自分がいけないのだからと己に言い聞かせ、戻りかけたその足が、不意に止まった。
村へと続いている唯一の道を、大きな花束をかかえた人物がゆっくりとこちらへ向かってくるのが見えたのだ。
待ち人の到来に、ラグナは足がつりそうなほどの緊張を覚え、その場に硬直した。
スコール・レオンハートは常になく憮然とした面もちで、ここ、ウィンヒルを訪れた。大国エスタで大統領の肩書きを持つ人物に名指しで呼び出され、立場上それに応じないわけにもゆかず、不本意ながらもこの地を訪れたのだ。
呼び出しを受けたとき、相手は詳しい説明を見事に省いてくれたのだが、スコールには薄々用件が何であるのか分かっていた。
以前その人物から仕事の依頼を受けたとき、何か自分に言いたいことがあるらしかったのだが、その後、多忙な日々を互いに過ごしていたお陰で、それがお流れになっていたのだ。
きっと、それを、仕切り直そうとでもいうのだろう。
待ち合わせの時間にはまだ大分時間があったが、待ち合わせに指定された場所が場所なだけに、スコールはひとまず村で唯一の花屋を訪れた。
以前訪れた時と同様、花屋はひっそりと静まり返っていた。
「いらっしゃい」
そんな静寂を破るように細い声がした。
声のした方を見やると、老女がゆっくりと椅子から立ち上がっているところだった。
「どんなお花をお探しですか?」
ごくゆっくりとした歩調で、老女はスコールの傍らへ歩み寄った。
老女の言葉に促され、店内に溢れ返っている様々な花を一通り眺めてみたが、どういったものを購入すればよいのか見当がつかず、スコールは途方に暮れた。
そんな様子から何を思ったのか、老女は破顔し、
「どういった用途のものがご希望かしら?」
含み笑いを洩らしながら助け船をだす。
あまり気づいてもらえないであろうが、スコールは少しだけ表情を緩めた。
「女性の墓前に手向けたいのですが・・・・・・」
そんな相手の返答に、老女は訝しげに、眉間にしわを寄せた。
小さい村のこと、長年ここで暮らしている老女は、すべての村人の顔はしっかり記憶している。ましてや、この村で唯一花屋を営んでいるため、外部からの墓参者は必ずといっていいほどここを訪れ花を購入していくのである。ついでに、ここ数年、幸いなことに新しく葬られた者はいなかった。
老女には目前の若者の容貌にはまるで見覚えがなかったのだ。
探るような眼差しを注いでくる老女に、スコールは気分を害したが、それは表情にでることはなかった。
やがて、老女の中にあるある面影が、若者の上に重なった。
突然はっとした表情を浮かべて震えだした老女に、スコールは面食らう。
「どなたの墓前に?」
自分の声がはっきり震えているのを、老女は自覚した。
「レイン・レウァールの墓前に・・・」
自分の何がこれほどまでに相手に衝撃を与えているのか、スコールにはまるで見当がつかない。
スコールの答えを聞いた途端、老女は口の中で小さく叫び、
「・・・あなた・・・・・・・・・・・・、もしかして・・・あなた・・・・・・・・・・・・」
口許を両手で押さえ、それ以上言葉が出なかった。その代わりというように手際よくレインが好きだった花で見事な花束をこしらえ、
「レインの好きだった花。これを手向けてあげてくださいな」
そう言うのが精一杯だった。
かくしてスコールは大きな花束を抱えることになったのである。
老女に教えられた墓所への道すがら、昼間から花束を抱えた男は珍しいらしく、すれ違う人すれ違う人、必ずといっていいほどその場で足を止め、わざわざスコールの背中を見送っていた。
幸いというべきか、持ち前のポーカーフェイスのお陰でそれはほとんど表には現れてはいなかったが、スコールは顔をひきつらせつつ、目的地へと急いだ。
墓前に一人佇むラグナを発見した途端、スコールの口許がふっと綻んだ。
自分もかなり早くここを訪れたというのに、相手はさらに早く来ていたらしい。
さらに苦笑を深め、スコールは相手の許へと足を運んだ。
空はどこまでも晴れわたり、心地よい風が草原を吹き抜けていく。
その風に、かすかに花の薫りが含まれている。
ラグナが不意に振り返り、その動きを不自然に止めた。
それだけでスコールには相手がかなり緊張しているのだと推察できた。もしかすると足をつりかけているのかもしれない。そう思うと何だか可笑しくなった。
まあ、あのラグナらしいかと思いつつ、改めて視線をやったスコールの表情が凍りつく。
大国エスタの大統領ともあろう者が周囲に護衛の一人もつけず、平然としていることに気づいたのだ。
咄嗟に周囲の様子を窺い、とりあえず危険がないことを確かめると、スコールは足を運ぶ速度を速めた。
大きな花束を抱えて悠然と歩み寄ってくるスコールを見て、ラグナはポカンとしてしまった。
どこでそんな情報を仕入れてきたのかわからないが、花束に使用されている花材はすべてレインの好きなものばかりだった。
少々きつめではあるが、あの容貌で、あんな花束を抱えている姿を見せられてしまうと、ラグナにはとてもたまらなかった。己が過去に犯した過ちを責められているようで、たまらなかった。
そんな光景に感傷に浸りかけた心を、振り払うように、ラグナは頭を左右に振る。失われたものを取り戻すのは不可能だが、現在あるものを大切にすることはできるのだと、己の心を叱咤する。そしていつもの自分らしい表情を取り繕い、
「よっ、よお!悪かったな〜。こんなところまで呼び出しちまってよ」
片手をあげて格好良く決めようとしてちょっと失敗してしまう。
普通ならばそこで笑いの一つでも浮かべそうなものなのだが、スコールはいたって平然と、ほとんど表情を変えることなくラグナに近づき、
「あんた、何を考えているんだ?一国の大統領ともあろう者が護衛の一人もなしにこんな所にいるなんて・・・・・・、自殺行為もいいところだ。キロスたちは何も言わなかったのか?」
彼にしては珍しく一気にそれだけまくしたてた。
それがどんなに奇跡的なことなのか、ほとんど初対面に近いラグナにわかるはずもなく、ただその剣幕に気圧されてしまう。
「だってよ、せっかくレインに会いに来てるのによ、あいつら連れてたら、無粋だろ?」
しどろもどろにそう返す。
そんなとんだ口上に、スコールはやれやれとため息を大きくつき、それ以上追求することをあきらめることにした。そして、レインの墓前に赴き、そっと花束を手向けると、黙祷を捧げた。
その横顔を見つめつつ、ラグナはやっぱり面影があると思った。昔、自分のことを優しく包み込んでくれた面影が、その上に無理なく重ねられた。
心が過去へ誘われようとした瞬間、青灰色の瞳が自分を見つめていることに気づき、ラグナは我に返った。
「よっ、よおっ!」
あまりに間の抜けた挨拶に、一瞬スコールは顔をひきつらせたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻り、
「用件を聞こう」
感情の一切うかがえない、平板な声音でそう問うた。
ひたっと据えられた眼光の鋭さに内心たじたじとなりながらも、ラグナはどうにか話し始めた。
「あのよ、もう、わかっちまってるかもしれないけどよ、スコール、お前は俺とレインの子供なんだ」
衝撃的な告白のハズなのに、スコールはただ目を眇めるだけだった。
それに気づかず、ラグナは懸命に言葉を継いだ。
「俺がお前に『父親』ですなんて、今さらいえた義理でもないけどよ、お前と俺が親子だってことは間違いないし、いやぁ〜、エルからそれを聞かされた時は・・・・・・」
「ラグナ」
自分の話に夢中になるあまり、スコールの呼びかけに気づかず、ラグナは話し続ける。
「でもなぁ〜、お前みたいな息子がいるって、いきなり言われても・・・・・・」
ほおっておいたらいつまでも話し続けていそうな相手にしびれをきらしたスコールは、彼にしては珍しい大きな声で、
「ラグナ!」
と怒鳴った。
自分の世界に入りかけていたラグナはそこではっと我に返った。
強い光を宿した青灰色の瞳と、柔らかい光を宿した碧翠の瞳が出会う。
眼差しに潜む相手の迫力に気圧されて、ラグナはぴったとその口を閉じた。
相手が完全に沈黙したのを確認すると、スコールは己の意見を口にした。
「ラグナ、俺はあんたを『父親』とは思えない」
きっぱりとした口調でそう言ってのける双眸に、躊躇いの色はない。
言われた内容が咄嗟に理解できず、ラグナはぽかんとした表情になった。
「俺にとって、ラグナはラグナだ。それ以外の何者でもない」
特に何の含みもない、ただ己の思うところを素直に述べているだけなのが、ありありとわかり、ラグナは何も言うことができなかった。
つい数ヶ月前まで知らなかったこととはいえ、すでに17年間もの間ほおっておいた事実がある以上、スコールがどんな態度をとろうが、ラグナが文句を言える筋合いではなかった。むしろ、嫌いだと、憎んでいると言われないだけましなのかもしれない。
困惑げに自分を見つめているのを知りながらも、スコールは、
「用件はそれだけか?だったら、俺はもう行く」
短く言い捨て、実にあっさり背を向けた。
「あ!待てって・・・・・・」
慌てて引き留めようとしたラグナを、背を向けたまま片手をあげることで制すると、スコールはすたすた歩み去ってしまった。
一人残されたラグナはその場にどかっとあぐらをかいて座り込むと、頭をがしがしかきながら、
「しゃあ・・・・・・ねぇ・・・か・・・・・・」
自嘲気味に呟いた。
晴れ渡った空はどこまでも澄みわたり、草原を吹き抜ける風はどこまでも爽やかだった。
END