CRISIS CORE 〜FINAL FANTASY7〜

   

【The fragment of the memory 〜Tseng〜】

 

 

 次から次へと、間断なく送られてくる報告書の数々。
 それらの一つ一つを丹念に分析するまでもなく、ターゲット達の行き先は明白だった。

 彼らの。
 彼の目的はただ一つ。
 彼女のいるこの都市へと戻ってくること。

 脱走を遂げたターゲットの正体が彼であることを知った時から。
 そして。
 最後の手紙を、傍らに在り続けたモノへ託したのだと彼女から聞かされた時から。

 彼の目的がそうであることは、ツォンには判りきっていたことだった。

 また、新たな報告書がツォンの許に送られてくる。
 その報せは、ツォンが統括する総務部調査課、通称タークス以外にも、ターゲットの捕獲に向けて動き出したことを告げていた。
 動きを見せ始めたのは、軍部。
 最悪な相手が出てきてしまったと、常に平静な色を湛えているはずのその顔が、微かに歪む。
 ターゲットの捕獲に関してその生死は不問とされている以上、軍部に彼の身柄を譲るわけにはいかなかった。

 「ザックス」
信頼できる人間として、かつて肩を並べていた彼の名を、ツォンは苦悩に満ちた声音で呟いた。

 

 

 

 

 ザックスと一緒にアイシクルロッジでの任務を完了したツォンは、少し寄りたいところがあるとザックスに告げられ、しばしの間沈黙した。
 いつもならば任務外の行動など認めず、即拒絶の言葉を投げつけるところなのだが、こちらを見つめる蒼い瞳にらしくない翳りの色を見つけてしまったのだ。
 その色が、任務に忠実なはずのタークスから言葉を奪い取ってしまう。
 それは、最近見かけるようになった色。陽の属性である性分のザックスには似つかわしくない陰だった。
 黒瞳を、冷徹と評判の高いツォンにしては珍しいことに、ザックスからすっと逸らし遠方の雪山へと投げかける。そして、雪の深いこの地方で以前何が起こったのかを思い出した。
「迎えのヘリが来るまでの間だぞ」
思いだしてしまった以上、ツォンにはザックスの行動を制止するだけの強い気持ちは持てなかった。
 断られるかも知れないそう思っていたザックスの表情が、一瞬にしてはぱっと明るいものへと変わったのは、言うまでもない。

 

 少しばかりの行動の自由を許されたザックスの足取りは軽く、新雪という足場の悪さなど苦にもせず雪道を進んでいく。
 歩き慣れない道を進むツォンは、それでもさして苦労している風を見せずに後を追っていった。
 ソルジャーとして行動している以上着用の義務が課せられているとはいえ、袖無しのソルジャー服を身に纏っているだけのその背中を見つめながら、ツォンは寒くないのだろうかと少し考えてしまった。
 今はやや小止みになっているとはいえ、この季節、この地区の雪は絶えず降っているのだ。外気温はかなり低い。
 現にスーツに身を包んでいるだけのツォンは、少なからず寒さを覚えている。
 だが、前を行く背中からは寒さに凍えている様子は見受けられなかった。
 そんな埒もないことをつらつら考えている内に目的地にたどり着いたのだろう、先を行くザックスの足が止まる。
 その肩越し、断崖の際にあるやや堆くなっている場所に、二本の剣が交差するように立っているのを、ツォンは認めた。
「彼らか・・・・・・」
それが以前、この地で命を落とした者の墓標であることは直ぐに判った。そしてそこに葬られている者が誰であるのかも。
「ああ」
背後を振り返ることなく首肯したザックスは、微かに口元を歪めると、
「久しぶりだな・・・・・・。セバスチャン、エッサイ」
再会の言葉を口にする。だが、それに応える者がいるはずもなく、ザックスの声音だけが山間に谺していった。
「ザックス、すまない・・・・・・」
不意に、ツォンの唇からそんな言葉が洩れた。それは、自分では全く意識していなかった言葉だった。一旦こぼれ落ちた言葉は取り消すことも出来ず、また、途中で止めることもできなかった。
「アバランチへの対応で、ソルジャーに犠牲者を出してしまって・・・・・・」
タークスとしてではなく、一個人として紡がれる言葉はツォンの心情を如実に映し出す。あの時もう少し上手く立ち回っていればこんな結末にはならなかったのでは?という、悔恨の思いが溢れていた。
 剣に注がれていたザックスの双眸が、いつの間にか傍らに佇んでいたタークスの男へと向けられる。その表情を見た瞬間、しまったと思った。
 喜怒哀楽に乏しいはずのその面が、後悔の念で歪んでいたのだ。
 意表をつくそれに少し狼狽したザックスは、慌てて視線を逸らし、
「気にすんな」
軽く肩を竦めてみせながら、軽い口調でそう言い放つ。そして墓前に視線を戻すと、
「こいつらは最後に正気に戻った。それにここに来ればいつでも会える」
タークスには不似合いな情の深さを見せてしまっている相手に負担がかからないよう、屈託のない声音で続けた。
「・・・・・・こっちは元気でやってる。だから心配しないで休んでてくれ」
そしてしばらく黙祷を捧げたザックスは、踵を返しながら呟いた。
「じゃあ、またな」

 

 ヘリとの待ち合わせ地点に戻ってみると、すでに迎えの機体が待機していた。
 それに二人して乗り込む瞬間、ザックスが小さく告げた。
「サンキュ」
ツォンはそれに軽く頷くことで応えたのだった。

 

 

 

 

 軍部よりも先にターゲットの身柄を確保するため、タークスも総動員することを決めた。だが、主任という立場にある以上、自分が動くわけにはいかず、ツォンは焦燥を覚えた。そしてその焦燥に駆られるまま、いつしかその足はヘリポートへと向かっていた。

 発着場はどうやら最後の一人が飛び立とうとしている様だった。
 その最後の一人が、シスネであることに気づいたツォンは思わず、その名を呼んでいた。
「シスネ!」
遠目にも、その横顔が決意に凝り固まり、いつも以上に硬い表情を浮かべているのが見て取れた。それを認めた瞬間、ツォンはシスネに全てを託すことを決めた。
「軍も動き出した。やつらより先に確保しろ」
言葉上はいつもどおりに、でも、声には万感の思いを籠めて、ツォンは口にする。
 声に託した思いを正確に読み取ったのだろう、振り返ったその顔は、固いながらも微かに笑みを浮かべていた。
「わかってるわ。軍は加減を知らないもの」
しかし、それが現実的にはかなり難しいことを把握しているのだろう、返る言葉は苦かった。
「生きたままだ。必ずだぞ」
自分でもらしくなく焦っていると思える口調。でもそれを止める手段を、今のツォンは持っていなかった。
「おまえがザックスの命を救うんだ」
「もちろん」
間髪なく返された言葉は小気味よく、シスネに任せておけば何とかなるのではという希望をツォンに抱かせた。
 待機中のヘリから搭乗を促す声があがり、シスネは踵を返してヘリへ向かい始める。その背中へ、
「彼らを、頼む」
ツォンはありったけの思いを籠めて言葉を紡ぐ。
 シスネは振り返らず、片手を振った。

 

 

 手紙を、渡したいんだ。
 彼女から預かっている手紙を・・・。
 全部で88通もある。
 最後の手紙だけではなく。
 きちんと全てが彼の手に渡るよう・・・。
 手紙を、渡したいんだ。
 だから・・・。
 だから・・・・・・。

 

 

END

 

 

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