CRISIS CORE 〜FINAL FANTASY7〜

   

【The fragment of the memory 〜Aerith〜】

 

 

 毎日の日課である花の手入れを済ませたエアリスは、目前の花々の中から特に綺麗に咲いているそれを数輪つみ取ると、優しい手つきで傍らに置いてあるカゴの中へとそっと入れた。そしてちょっと場所を移動すると、やはり数輪つみ取りカゴへと入れていく。
 それを数度繰り返して、カゴを一杯にした。
 花を売りに行く準備が出来たエアリスの視線が、ふと、教会の片隅に置かれているワゴンへと注がれる。
 それを目にした途端、エアリスはぎゅっと両目を固く瞑ってしまった。

 

 それは・・・。
 それは、二人で一緒に作った花売り用のワゴン。
 彼が一生懸命になって材料を探し出して来てくれた大切なワゴン。

 

 ちゃんと作ったはずのそれは・・・。
 あの日・・・。
 彼と最後の電話のやりとりをしてから数日後に、何の前触れもなく壊れてしまった。

 

 

 彼が戻ってきたら・・・。
 彼がいつものように笑顔で扉を開けて入ってきたら、直して貰おうと思っているのに・・・。
 彼が姿を見せなくなってから大分時間が経っていた。

 

 

 

 

 初めて見た瞬間、私は思わず吹き出してしまった。
 そんな私の反応に、当然彼は憮然とした表情になる。
 その表情があまりにもおかしくて、私はついつい笑いを止めることが出来なくなってしまっていた。
 いつまでも笑い続ける私に、だんだん不安を感じてきてしまったのだろう、彼の顔が少々情けないものへと変わっていく。
「そ、そんなにヘンか?」
さっきとは一転して、自信のなさそうなその声音。
 自分でもそうとは意識しないうちに、彼を苛めてしまったみたい。仕方ないから、ちょっとだけフォローすることにした。
「だって、いきなり変わってるんだもん」
でも、この言い方は不味かったみたいで、彼の表情がさらに情けないものになってしまう。
「前の髪の方がいいかな?」
ちょっと不安を滲ませたその言葉から、彼なりに良いと思ってこの髪型にしたのだという思いが手に取るように判ってしまった。
 私の何気ない態度に、ちょっと傷ついてしまっている彼。
 悪かったなと思いつつ、改めてそんな彼を見つめ直した。
 少し長くなり始めていた髪を、ハリネズミのように立たせている。ちょっとそこら辺では見かけない、実に個性的なその髪型は、見慣れていないせいで、やっぱり違和感を覚えてしまう。
 でも。
 でも、変じゃないとも思った。だから、
「ううん、そんなことない。似合ってる」
思ったことを素直に口にした。その途端に彼の顔がぱあっと明るい、いつもの彼らしいものへと変わった。
「そーだろ?そーだろ?」

 そこにいるのは、もう、いつもの彼。
 ちょっと髪型は違っているけれども。
 いつもの明るい、私を明るく楽しい気分にさせてくれる優しい素敵な彼だった。

 私の些細な一言で明るくなったり暗くなったり。
 彼の豊かな感情表現に、私の胸の一部がほわっと温かくなる。
 それがほんの少しだけ悔しくて・・・。

 「でも、まだやっぱり見なれない」
ちょっとだけいじわる。
 「はやく見なれてくれよ・・・・・・」
私のそんな思いに気づいているのか、彼はちょっと声のトーンを落としてそうぼやく。
 そんな彼の姿に、私は再び笑みを浮かべた。

 

 彼の名はザックス。
 神羅カンパニーが誇る戦闘のエキスパート、ソルジャークラス1stの称号を持っている。
 強くて、潔くて、そして誰よりも優しい人の名前。

 

 青空が恐いと言った私に、いつか一緒に青空を見ようと言ってくれた。
 そんな彼の瞳の色は、綺麗な綺麗な青空色だった。

 

 

 

 

 ワゴンから視線を外したエアリスは軽く頭を振ると、その場に静かに立ち上がった。そしてスカートについてしまった汚れを軽く叩いて落とす。
 緑の瞳が捉えたものは、最近お気に入りのピンクのスカート。
 不意に、エアリスの脳裏にある声が響く。

(俺たちがする約束は『会うときの約束』。エアリスはピンク色の服を着てくる、とかさ)

 それは、ザックスが何気なく口にした言葉だった。
 それは、二人が面と向かって言葉を交わした最後の日の出来事だった。
 それは実に他愛ない会話だったけれども、エアリスの中にしっかりと根を下ろしていた。

 もう一度頭を振ったエアリスはそのまま深呼吸を幾度か繰り返して平静を取り戻すと、再びその場に跪く。折角汚れを払い落としたのにという思いが脳裏を一瞬よぎったが、それはすぐに気にならなくなった。

 胸の前で両手を組み、静かに両目を閉じる。そしていつものようにザックスの無事を願い、そっと大地に祈りを捧げる。

 

 彼が酷い怪我なんかしていませんように。
 彼がつらい目に遭っていませんように。
 彼が彼らしく在りますように。
 彼が・・・。
 彼がいつか帰ってきますように。

 

 ふと、何かに呼ばれたような気がして、エアリスははっと顔を上げた。

 

 誰かが、彼が私のことを呼んだ気がした。
 エアリス、ごめんと、聞こえた気がした。

 

 慌てて周囲を見回しても、エアリス以外の人間がこの場にいなかった。
 誰もいなかった。

 エアリスの顔が、今にも泣きそうなものになっていく。

 

 貴方がいない毎日は、こんなにも寂しいのに・・・。
 ザックス、貴方は今、何処にいるの?

 

 胸に広がる切なさに負けそうになったエアリスは、だがしかし涙を浮かべることはなく、きゅっと軽く唇を噛みしめ、再び目を閉じ祈り始める。

 

 母なる大地に。
 何処とも知れない場所で今も戦っているであろう彼に。
 無事に戻ってきてくれることをただひたすらに・・・。

 

 

 ザックス。
 私、貴方とずっと一緒にいたいの。


 

 

END

 

 

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