誰かが優しく自分を揺すっている。
まだもう少し眠っていたいのに、起きろと身体を揺さぶってくる。
自分のことを起こそうとしているのが誰だか判っているから、少しだけ甘えてみる。
・・・・・・。
でも、また、起きろと揺さぶられる。
いつもだったらあと少しは寝かせていてくれるはずなのに、今日に限っては起床を促す仕草がしつこかった。
全身に残る眠気と必死に闘いながら、ようやく意識を浮上させてみると、心配そうに覗き込む『彼』がいた。
起こしてしまって悪いと、その顔いっぱいに書いてある。
優しい、優しい、大好きな彼。
精悍な顔に似合わない、少し気弱なその表情に、私はついつい笑ってしまった。
途端に彼は憮然とした顔つきになって、そっぽを向いてしまう。
いくつになっても変わらない。
そんな彼が嬉しくて。
何だか少しくすぐったくて。
またまた私は笑みを深めてしまった。
このまま、このまま彼と、この地で心地よい眠りにつけたなら、とても嬉しいのだけれども・・・。
そんな思いがふと胸のうちに谺する。
でも、それは許されない願い。
地上を、人々の行く末を見守っていこうと誓った自分たちには到底認められない思い。
だから、私はその思いを黙殺する。
機嫌の直った彼が私の肩を抱き、私を起こした原因をそっと示唆する。
指し示された指先にあったものを見て、私は愕然とした。
自分が目にした光景に、私は悲鳴を上げそうになった。
この間、つい力を使いすぎてしまって。
ほんの少し眠りに就いていただけだったはずなのに。
ちょっとくたびれて仮眠をとった程度だったはずなのに。
目の前に広がる光景が信じられず、思わず彼の胸に顔を埋めていた。
自分が眠っていた間に何があったのか。
自分がほんのちょっと目を離していた隙に何が起きてしまったのか。
彼に問いかけてもはかばかしい答えは得られなかった。
当たり前だ。
彼も私と一緒に眠りに就いていたのだから、知らなくて当たり前だ。
私はごくり唾を飲み込み、事の原因を調べようと意識を広げた。
彼の手が優しく肩を抱く感触がとても心強かった。
自我を喪わない程度に自分の意識を星の内部へ広げていく。
星の内部には『ライフストリーム』と呼ばれる流れがあり、私はそれに乗ってぐんぐん奥へ奥へと進んでいった。
澄んだ碧色をしているはずの『ライフストリーム』。
でも今は、それが所々黒ずんでしまっている。
こんな色の『ライフストリーム』は今まで見たことがなかった。
恐る恐るその黒色の部分に意識を伸ばしていく。
彼から気をつけるようにと、警告の思いが流れてくる。
私はこくり頷くと、思い切ってその黒い部分に触れた。
!!
何てことなんだろう。
これは人の思念なんだ。
これは『厄災』に侵された人々の思念なんだ。
あの時、星の力を借りて消し去ったと思っていたものが、再び活動を開始したんだ。
今の私には、人々を救う手だてはない。
自分の非力さが心苦しかった。
思わず唇を噛みしめていた。
原因を知った私は急いで彼の元へ戻っていこうと思った。
一刻も早く彼にこのことを知らせなくてはいけない。
焦る心を宥めながら、できるだけ速い速度で広げていた意識を戻していく。
自分という形が崩れないよう細心の注意を払いながら、意識をたぐり寄せていく。
ふと、誰かの視線を感じた。
こんなところで感じるはずのない視線を、私は感じていた。
私が視線の存在に気づいたことを、視線の主が気づいたことを私は知った。
視線の主は私を見て、嗤った。
そう、嗤った。
それが誰であるのか判った瞬間、私の意識は一瞬にして地上へと向いていた。
彼が、私が、全身全霊をかけて守ったあの人が危ない。
自分たちにとって大切な、とっても大切な、あの人が危ない。
そう思った瞬間、私の意識は爆発していた。
気がつけば、彼の腕のなかでぐったりしている私がいた。
夢中でここまで駆け戻ってきていたらしい。
自分を見つめる、優しい優しい『彼』の眼差し。
一瞬、このまままどろみたい誘惑にかられてしまう。
・・・でもそれはしてはいけないこと。
私は彼の腕から起きあがり、そっと両手を組み、瞑目した。
あの人を救えるように。
『厄災』に侵された人々を救えるように。
私は祈る。
祈り続ける。
彼が微笑みかけてくるのが、感じられた。
END