〜FINAL FANTASY 7 Advent Children〜

【愁 思】

 

 目を覚ましたとき、デンゼルは違和感を感じた。
 その違和感の正体が何なのかすぐには判らなかったが、それでも確かにそう感じていた。

 今自分が見ているのは、見慣れた天井。
 今自分の身体にかかっているのは、毎日使っている毛布。

 何時もと同じ日常が其処にはあった。

 でも、感じるのだ。違和感を。
  誰が何と言おうと、自分は確かに『今』に何時もと違う何かを感じている。

 寝つく前に覚えていた発熱はすでに治まっており、デンゼルはゆっくりと部屋の入り口の方へ顔を向けた。
 額から布が落ちる。
 デンゼルの熱を奪う代わりに、それはすっかり温くなっていた。
 せっかくマリンが載せてくれたのにとそう思いつつ、毛布の中から片手を出して落ちてしまった布を手にとる。

 デンゼルは、違和感の正体にはたと気がついた。
 人の気配が感じられないのだ。

 急いで壁時計に視線を遣れば、まだ昼少し過ぎ。
 いつもだったら階下から軽いランチを摂りに来た客たちの明るい声が聞こえてくるはずなのに、それがない。
 それは店が臨時休業をしていることを示していた。

 自分が眠りに就く前は、確かに店は開いていた。
 でも、今は閉まっている。

 自分が眠ってしまっている短い間に何が一体あったのか。

 ティファからもマリンからも出かけることは聞いていないと、デンゼルは苦い顔になった。
 またこうして一人蚊帳の外に置かれてしまうのかと、苛立ちを覚える。
 自分が星痕症候群に罹っていて、こうして時々熱を出してしまうから、人並みに扱って貰えないのかと、思ってしまう。
 ティファもマリンも、自分の体調を気遣ってそうした振る舞いに及んでいることは重々承知しているが、それでもそう思ってしまう自分が、思わずにはいられない自分がいることを、デンゼルは理解していた。

 こんなところでうじうじ悩んでいても仕方ないと自分を慰めつつ、デンゼルは思い切ってベットから飛び降りた。そして二人が自分に黙って出て行くはずがない、何処かに置き手紙か何かあるはずだと思い、自分の目につくようなところにあることを予想して周囲を見回した。すると案の定、マリンのベットの上にメモ用紙が一枚置かれていた。
 内容はといえば、昼の用意が店の冷蔵庫に入っているからそれを温めて食べるようにということと、二人でちょっと出てくる旨を伝えるものだった。
 足手纏いになるかもしれないから自分を置いていったんだと少し悔しさを覚えたが、朝から熱を出していた自分が悪いんだと諦め、お腹も空いていることだし店に行って食事でもしようと部屋を後にした。

 

 その途中、部屋の住人である青年が戻らなくなって少し時間の経った部屋の入り口が目に入り、デンゼルは下唇をきゅっと噛んだ。

 部屋に誰もいないのは判りきっていたが、それでも内部を確かめたい欲求にかられ、思い切って部屋の中へと入っていった。
 入って真正面にある机の上に、伝票が乱雑に散らかっている。その机の前の壁一面に伝票やら写真やらが貼りつけてある。
 デンゼルがしょっちゅう出入りしていた頃とちっとも変わらない光景がそこにはあった。

 でも、その部屋の住人の青年だけがいない。
 自分が話しかけると穏やかに声を返してくれた人だけがいない。

 部屋の住人が出て行ってからどれだけの時間が経ったのか、デンゼルはその日付を数えることを止めていた。自分の限られた時間を自分で数えるような行為をするのはつらく、また出会ったときから憧れていた人の不在を浮き彫りにするような行為を続けるのが苦痛に思えたのだ。

 青年は、デンゼルにとって憧れのヒーローだった。
 自分が孤独にうちひしがれて追いつめられていたときに、颯爽と現れて救ってくれたヒーロー。
 青年が操るバイクも、青年の何気ない仕草も、その身のこなしも、普通の人間とは異なっていた。
 その総てがデンゼルにとっては理想の存在そのものだった。

 机の上には伝票以外にも、仕事の連絡先として使っている電話もある。
 デンゼルは恐る恐る受話器に手を伸ばし、それを持ち上げた。そして震える指で覚えている番号を押しかけ、止めた。
 電話をしても全然出てくれないと、ティファが悲しげに呟いていたのを思い出した。
 自分が電話をしてもきっと出てくれない、そんな考えがデンゼルの指を止めてしまった。
 それでも、デンゼルは受話器をすぐには戻さず、俯いたまま、
「クラウド、今、何処にいるの?」
届かないと承知しながらも、それでもそう声に出さずにはいられなかった。
 大きくため息をついたデンゼルは、それ以上言葉を重ねることはせず、受話器を元に戻した。そして足早に部屋を出ると、当初の目的だった場所、店の調理場へと向かった。

 

 誰もいない店内はヒンヤリとしていて少しだけ他人行儀だった。
 それを極力感じないために人気のない店内を視界に入れないよう俯き加減で、デンゼルは階段から調理場へ早足で移動した。
 調理場の片隅にある少し大きめの冷蔵庫。
 そのなかにデンゼルの分のお昼が用意されているはずだった。
 ドアを開けてみる。
 丁度自分の視線と同じ高さに、綺麗に皿に盛られた昼食があった。
 それを手にとって出してみると、皿を覆っているラップの上にマリンからの手紙が載っていた。
 内容は、さっき部屋で見たものとそう変わらなかったが、夕方には戻ってくる旨が書かれていた。

 夕方まで自分一人なんだと思った瞬間、デンゼルは泣きたい気分に襲われた。

 

 一人寂しい食事を済ませ、ついでに食器も綺麗に洗って棚に戻す。
 そうするともうすることがなくなっていた。
 でも、二人が帰ってくる予定の夕方まで大分時間がある。
 さてどうしようと悩んだデンゼルだった。
 とりあえず部屋の掃除でもしようかと思ったが、不意に額がずきっと痛んだ。
 また、発作だった。
 それは朝のものより軽く、少し長く続く頭痛程度で済んだが、それでもデンゼルの身体は凄く疲れてしまっていた。
 一度ベットに戻って眠った方がいいのかもしれない。
 デンゼルはそうちらっと思ったが、でもそうはしなかった。これ以上役立たずな自分を感じるのは嫌だった。
 幸いにも発熱はないようだから、身体を動かすのはちょっとつらいけれど、座って待っていることくらいできそうだ。
 そう判断したデンゼルは、自分が元気なところを少しでも二人に早く見せようと、店の前で座って待つことにした。

 

 ぼうっと座っていると、色んな人が店の前を通り過ぎていく。
 子供から大人まで、実に様々な年代の人たちが店の前に所在なげに座っている自分に気づき、そして額の痣を見た途端、可哀相にという表情を浮かべて、足早に去っていく。判で押したように皆同じ顔になる。
 自分はそんなに『可哀相』に他人からは見えるのかと、デンゼルは沈んだ気分になった。

 

 いつの間にかぼんやりしていたデンゼルの耳に、不意に誰かのせっぱ詰まった声が聞こえた。
 はっと我に返ったデンゼルは、慌てて周囲を見回したがそれらしい人影は特にない。
 何だ気のせいかと思いつつ視線を落として地面を見つめたデンゼルの耳に、今度はぱたぱたと軽い足音が響いた。
 一瞬、マリンたちが早めに帰ってきたのだろうかと思ったが、それは違っていたようだ。
 俯いた視界の中に、少々くたびれた感じのぬいぐるみが入ってきた。
 そのままぬいぐるみを辿って視線を上げていけば、見覚えのない少女が一人、自分のことをじっと見つめているのにデンゼルは気がついた。
 少女は右腕から右首にかけて黒い痣が出来ている。デンゼルと同じ星痕症候群に罹っているのだ。それにしては少女の表情は明るく、デンゼルは正直その明るさに戸惑いを覚えた。
 視線があった途端、少女はふわり笑みを浮かべ、
「きみも星痕だよね?」
実に気軽にそう尋ねてきた。
 星痕症候群に罹っている子供たちは、大人も含めてそうなのだが、大概が治癒の見込みのないそれに絶望し、暗い表情を浮かべているのが常なのだ。それなのに、この少女は無邪気に笑ってすらいる。
 自分が知る誰とも違うその様子に、デンゼルは困惑した。
 デンゼルの星痕は額にあったからかなり目立つ。だから少女はそれを目安にそう声をかけてきたのだろう。しかしどう返事をすればいいのかデンゼルは詰まってしまった。
「治してくれるんだって」
そんなデンゼルの様子を気にも留めず、少女は朗らかな口調でそう宣うと、デンゼルの手をとって立ち上がらせた。
 見知らぬ少女の強引な態度に戸惑いを感じながらも、デンゼルは少女に手を引かれるままに足を進めた。

 もしかすると治るかもしれない。
 完治とまではいかなくても、少しは症状が軽くなるのかもしれない。

 そんな淡い期待を胸に抱いてしまった。
 そうすれば、自分ももう少し二人と一緒に行動できるようになれると、デンゼルは無意識のうちに考えてしまっていた。

 

 少女は器用に小道を通って、『治してくれる人』の許へデンゼルを案内した。
 少女が案内してくれた先には、自分たちと同じ星痕症候群に罹っている子供たちがたくさんいた。
 一瞬、ティファたちの顔が浮かぶ。
 二人は自分の伝言を残してくれたのに、このままでは黙って出て行ってしまうことになる。
 しかしその逡巡もほんの僅かの間だった。
 デンゼルの脳裏に、青年の顔が浮かぶ。
 青年も自分たちに黙って出て行ったのだから、自分が同じことをして何が悪いと、その思いを胸にトラックの荷台へと乗り込んだ。

 

 『兄』と同居している少年が姿を現したのを確認したヤズーは、自分たちの思惑通りに事が上手く運んでいるのを知って笑いを抑えられなかった。
 後はあの少年共々、この子供たちを『アジト』として利用している彼の地まで運んでいけばいい。
 集まった子供たちが荷台に乗り込み終わったのを見届けたヤズーはトラックの運転席に乗り込み、トラックを発進させた。

 

 元気になって帰ってくれば、それでいいんだと、自分に言い聞かせながら、デンゼルは行く先の判らないトラックの荷台で身体を縮めた。

 

 

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