〜 アンジェリーク 〜
ねえ、あなたは信じてくれるかしら?
遠い昔、私が体験した不思議な物語を・・・。
それはとても綺麗で、そしてとても切ない物語。
山が桜の花々で淡く色づく刻。
その刻だけ、私はある人と会うことを許されたの。
初めてあの人と出会ったとき、私、あの人は桜の精霊か何かだと思ったわ。
ふふ、だって、あの人ったら『桜翁』の下に佇んでいたのよ。
そう、桜の花に囲まれて、あの人はごく自然に景色に溶けこんでいたの。
だから、私は勘違いしてしまった。
あの人が、私のために姿を見せてくれた、私だけの精霊なんだって・・・。
だから、私は言ったの。
『ねえ、一緒にいてくれる?』
そう言ったときのあの人の見せた表情。
あの人は・・・とても寂しげに微笑んだ。
そして低くてとてもよく通る声で囁いたのよ。
『一緒にいてやることはできぬ』
きっぱりとした口調。
その声に宿る真摯な響き。
そして私を見つめる優しい優しい瞳の色。
ああ、この人は私のためだけにいてくれる人ではないのだと、その時、悟ったわ。
でも、私はとても小さかったから、それで納得できなかった。
あの人を少しでも長く自分の側に引き留めておきたいって思ったのよ。
だから、私は泣いた。
思い切り泣いたの。
あの人がいくらなだめてくれても、あの人の口から約束を貰うまで、私はひたすら泣き続けたわ。
そしてあの人はとうとう根負けして、言ってくれたの。
『この山がこの花で染まる刻、私はここにいよう』
少し困ったように表情を強ばらせ、あの人は優しく約束を囁いてくれた。
それがあの人の精一杯の優しさだって判って、私、とても嬉しかったわ。
どうして、嬉しかったのかですって?
じゃあ、あなたならどうするかしら?
見ず知らずの女の子がいきなり泣きだして、無理なお願いをするのよ?
普通だったら、そんな変な女の子なんかほおっておかないかしら?
それなのに、あの人は私を放りだすことなく受け入れてくれた。
ちょっと不器用だったけれど、温かく包みこんでくれた。
これが嬉しくなくて何なのかしら?
そう、あの人は私の心にあった悲しみを優しく抱きしめて、そして癒してくれたの。
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