マスコミに追われる日常を送っているせいか、綱吉はよほどのことがない限り、彼らが多く集まる上映試写会などには訪れない。 製作費数十億円がつぎ込まれたという映画の宣伝に、まだ学生の頃の友人がわざわざやって来ることを聞いて、綱吉はその友人に連絡を取った。 「あ、シンジ? 綱吉だけど、今度こっち来るって言ってたじゃん。久しぶりだし会わないか?」 『僕も顔を見て話でもしたいって思ってたとこだよ。ちょっと待ってて、スケジュール空けられるか聞いてみるから』 「わかった」 ぷつりと電話を切って五分も経たないうちに電話が鳴る。そのままソファにどかりと腰を落として、プライベート用の手帳を広げた。キャップを取りながら、もしもしと繋ぐ。 『大丈夫だった。滞在は二日の予定なんだけど、最終日の夜なら空くよ』 「そっか。あ、でもなんか予定入ってたりするんじゃないのか?」 『んー……一応八時からパーティー入ってるんだけど。そういうのあんまり得意じゃないし、断わろうかなって思っていたからちょうどよかったんだ。最初に顔だけ見せておけば抜け出してもいいって言われたから』 苦笑したような受話器の向こうの相手に、綱吉もあー、と声の調子を落とす。綱吉もシンジと同じようにインタビューを受けることがあまり好きではない。役に入っているとカメラが回っているのはあまり気にならないが、素顔の自分というのをさらけ出すのが二人は苦手だった。そのことを知っている分、綱吉はあまりその話題を引っ張らないように明るく言った。 「じゃあちょうどいいじゃん! オレもいろいろ話したいこととか溜まってるんだよ。こっち来て行きづまってる感じとかあるしさ……まあ、今はそれほどでもないんだけど」 『そういえば、仕事を休んでるんだって?』 「あれ? 話したっけ?」 『こっちの芸能雑誌に載ってたよ。またいつもみたいにデマかと思ってたけど、そうじゃなかったんだ』 「げっ!……マジですか?」 『マジです……。こっちは相変わらず。追い掛け回されない日なんてないよ。半年くらい海外に出てたんだけど、おかまいなく写真撮られたし』 ソファに行儀悪く寝そべりながら顔をしかめると、向こうもはぁ、と溜息をついた。ぱらぱらとページを捲りながら弱音を吐く。 「こういうとき、つくづくオレってこういう仕事に向いてないんじゃないかなーって思うんだけど」 『僕も。まあ、今さらっていえば今さらだけど』 「だよなあ……わかっちゃいるけど、愚痴らずにいられないって」 ペンを持ったまま、うつ伏せの苦しい態勢から仰向けになって、天井を見上げる。間接照明のやわらかな橙色に、影が映る。 『綱吉は、そろそろこっちに戻ってくるんだよね?」 明日の天気は晴れだよね、と聞くような気楽さでシンジが尋ねる。それに一瞬間を挟んで、綱吉はためらいながら返事をした。 「んー、そのつもり。こっちも楽しいし、日本人同士だから楽なんだけど」 『そろそろ飽きてきた?』 「まあ、そんなとこ。おっかしいなー、オレってこんな刺激を求めるようなタイプじゃないはずなんだけど。むしろ正反対?」 『平凡でいこうが僕らの合言葉だったしね。でも別にいいんじゃないかな。考え方なんて変わっていくものだし』 「そうなんだろうけど、なんか素直に納得いかないっていうか」 煮え切らない返事に抑えた笑いが返ってくる。 『なんにせよ、その話はそっちに行った時にゆっくり話そうよ。僕も電話じゃ話せないようなこととか、あるからさ」 「そうだな。あ、じゃあオレはどこに行けばいい? ホテルに泊まるんだろ。外に出て食事しながらにするか、部屋で食べながらのどっちにする?」 『日本行くのは久しぶりだから、外で食事したいな。個室あるところで、なるべく静かなところ』 仰向けの態勢からまたうつ伏せに戻って、手帳にメモを取る。 「和食でいい?」 『うん。一回部屋に戻って着替えしたいから、そのままホテル来てくれると助かるよ。記者会見するところと同じホテルに泊まる予定だから』 「新宿のハイアットでいいのか?」 『そう。移動がなくて便利だけど、缶詰にされてるみたいでなんか嫌なんだ。だから色々見て回りたいんだけど、そっちは大丈夫?』 友人とはいえ、相手は世界でも名の知れた俳優だから、狙われやすい交通機関を使うわけにはいかない。教習所に通い始めたものの、まだ免許を取っていない綱吉では移動手段に限りがある。だからと言って、せっかく気心が知れた友人と会うのに大勢の護衛に囲まれて仰々しくリムジンで移動するのも嫌だ。綱吉は休暇中のスクアーロを思い出した。 「平気だと思う。マネージャーに話せば全部やってくれると思うからさ」 『ああ、あの銀髪の……。じゃあ、そのことはそっちに任せたよ。また近いうちに電話するから』 「わかった。じゃあな」 電話を終え、通話ボタンの電源を切る。忘れないように手帳に汚い字ながらも予定を書き込んでから、スクアーロに電話をかけた。 『どうしたぁあ゛?』 いつものように3コール内に出たスクアーロの疲れた声に内心驚きながら、綱吉は休暇中だったことを思い出して申し訳ない気持ちになった。 「あ、休みなのにゴメン! ちょっと再来週友達と会うことになったから、スクアーロに車出してもらえないかなーと思って電話したんだけど。平気……?」 『友達だぁ゛? どこのどいつだ?』 「シンジだよ。ロスで一緒だった。会ったことあるだろ?」 『あぁ……あのチビか』 説明するとやっと思い出したというような失礼な反応が返ってくる。それに苦笑しながら頷いた。 『いったいなんだって会うことになったんだぁ? あいつだって忙しいだろーが』 「映画の宣伝で日本に来るんだってさ。だから会って話をしよーってことになったんだ」 『……お前、最初からオレに頼む気だったな?』 舌打ちして凄むスクアーロが電話越しでよかったと思いながら、綱吉はあっけらかんと答えた。 「うん。だって、スクアーロしか頼れる人が他にいなかったし。それに交通機関は使うな! だろ?」 『そりゃそうだけどよぉ゛……。ったく、しかたねーなぁ゛あ』 「やったー! ありがとう!! やっぱスクアーロは頼りになるよ!」 『当然だぜぇ』 すんなりとことが運んだことに喜んで感謝すると、フンっ、と不遜に肯定される。いつものことながら謙遜という言葉を知らないその態度も、今ばかりは気にならない。 「じゃあまた詳しく予定決めたら電話するから」 またな、と言って綱吉は早々に電話を切った。液晶画面に映った時刻を確認して、綱吉は外に出かける準備をする。これから骸や犬、千種たちと会う予定だ。久しぶりにライヴに出るということで、本番前のリハーサルから顔を出すつもりだった。 >>続く |