「せんぱい、これおいしいよ。あと、こっちも」 「ありがとう凪ちゃん。こっちは食べてみた?」 「ううん」 眼鏡青年、もとい柿本千種が予約を入れた店は、綱吉でもあまり頻繁に行くことのない高級焼肉店だった。チェーン店では出せない料理の質と味に比例するようにかかる値段に、財界や各方面の大物がこぞって集まるような格式ある佇まい。何度か先輩や事務所の社長と来たことがある綱吉だったが、そのいずれも相手が支払ってくれていたのであまり値段を気にしなかった。 しかし、今日初めて顔を合わせた青年たちは今まで奢ってもらっていた大人とは違ってどうみても学生だったので、綱吉はもしかして自分が代金を全部払わなければいけないのだろうかと一人悩んでいた。 綱吉が映画やドラマなどで稼ぐ莫大な報酬は、二十歳になるまで母親に管理されることになっているので、普通の人と同じような仕送りしか貰っていなかった。どうしても必要なときは母親に何に使うか言わないと振り込んでもらえない。普通の仕送りに頼る学生と変わらない生活をしているので、焼肉なんて贅沢な食事は月に一回あるかないか。 これじゃあせっかくの美味しいお肉や料理もあまり喉を通らない。勧められるまま丁度よく焼かれた肉を頬張りつつ、綱吉は自分が頼んだサラダを凪に渡した。 「おっかわり――!」 先程から消費する量が半端じゃない青年がいるのもその原因かもしれない。綱吉は斜め前に座る青年が食べ終えた皿の数を見ながら、噛み終えた肉を飲み込んだ。 「もうお腹いっぱいなんですか? 全然食べてないじゃないですか。ダイエット中?」 ふう、とため息を吐くと、隣に座った青年――凪と骸に挟まれる形になっている――六道骸はアルコールを飲みながら綱吉の空になった皿を見た。綱吉はあまり遠慮がちなほうではないが、一皿数千円、下手したら万単位の肉をがっついて食べられる人間ではない。それも今日知り合ったばかりの人たちに囲まれながらなら、尚更だ。 「焼肉嫌いでした?」 「そういうわけじゃなくて……」 「ああ……、遠慮しているんですか? 別に気にしなくても、僕の奢りなので好きに食べてください」 「そ、それもなんか悪いような気もするんですよね」 カラン、とコップに入った氷が溶けて音を立てる。骸は残り少なくなった酒を一気に呷った。 学生服姿で、手にはお酒。今は警察厳しいんじゃないのか、ばれたら営業停止じゃないのか?など、どうでもいいことを考えながら綱吉はモッツァレラチーズとレタスを一緒に口に入れる。そうやって彼らに注意するには、いくら肝の据わった店員でも難しそうだ。彼らは一様に普通のチンピラや不良青年、だけで片付けてしまうにはどこか物騒な気配を纏っていた。 自己紹介を終えた瞬間「ずっとファンだったんですよね〜。お会いできて嬉しいですよ」と、手を握って言われたので、下手に刺激しなければ危害は加えられないと思うが。あの暗闇でサングラスと帽子をかけた自分をよく見つけられたな、と感心したりしたので、綱吉も「チケットどうも」とぎこちないながらも感謝できた。 「骸様、肉焼けました」 「ああ。どうも」 「せんぱい、今度これ頼んでみよう? ナムルとユッケ」 「あ、うん」 「……凪。君も人に取っているだけじゃなくて少し食べなさい」 「ちゃんと食べてるよ」 ぴたりと寄り添うようにメニューを指差されてメニューを見る。綺麗にマニキュアを塗られた指先が文字を指していて、綱吉は簡単に添えられた説明を読みながら頷いた。その横から呆れたように口を挟む骸に、凪は抗議するように骸を上目で見つめた。親密そうな空気に、二人に挟まれるように座っている綱吉にはたまったものじゃない。 「二人はその、恋人とか……?仲いいね」 「はあ? 違いますよ、そんな。気持ち悪い想像しないでください」 「せんぱい、違うよ。全然違う」 言った瞬間どちらにも嫌そうに全否定され、綱吉は乾いた笑みを浮かべながらがっくりと肩を落とした。凪はウーロン茶が入っているコップを引き寄せて、どことなく憂鬱そうな表情で綱吉に告げた。 「兄妹なの」 「え!?」 「双子の」 「はああ!? え、凪ちゃんたしかオレより一個したじゃ」 こくり、と頷く凪を驚愕の瞳で見る。そして隣に座っている青年におそるおそる視線を合わせて。 (ありえね〜〜!!!!) 綱吉は内心で絶叫した。骸はテーブルに肘をついて手のひらに顎を乗せながら、目を白黒させている綱吉を面白そうに見つめている。ゆるりと持ち上がった口角が何かを企んでいるようで、こわい。 「み、未成年!」 「君だってそうでしょうが。まだ十七でしょう?」 「よく知ってるな! って、じゃなくて飲酒! 不味いよ、ばれたらオレが責任とんなきゃダメじゃん!!」 「関係ありませんね。バレなきゃいいんでしょう? バレなきゃ」 「そういう問題ぃ――ッ!?」 すでに深夜一時。未成年が出歩いていい時間帯ではない。一人暮らしの綱吉だって、付き人と一緒でなければ出歩いてはいけない時間だ。 間違っても年下の少年少女たちと騒いでいていいわけがない。 「うわ……、もし週刊誌にでも撮られたら事務所クビかな」 「そのときはフリーにでもなればいいじゃないですか。そもそも、事務所に所属しているほうが取り分少ないでしょうに」 「それはそうだけど……。スケジュール管理とか調整とかしてもらったほうが面倒がなくてラクなんだよ。自分で管理するのはしんどいし、オレの仕事じゃないし」 「へえ」 「まあ今のマネージャーもフリーつったらフリーなんだけど。でもなあ……」 サラダを食みながら相槌を打つ骸に話をしながら、自分も丁度よく焼けたミノを皿に取る。熱々のおいしい肉を噛み締めると、こんな愚痴っぽい話ですらどうでもよくなるから不思議だ。 「せんぱい、あした何時から? 時間だいじょうぶ?」 「んーと、十二時にはスクアーロが迎えに来るけど。その前にギターの練習とかしたいから……そろそろ帰ろうかな」 個室には時計がかかっていない。せっかくのくつろぎの時間だから、との店側の配慮だろう。綱吉は腕時計を確認しながら言葉を濁した。そろそろ切り上げなきゃマズイとは思っているが、それを言うタイミングが掴めない。 「綱吉くんもギターやるんですか?」 「いや、オレはやらないんだけど。役でね、どうしても必要だから」 「ああ、だからか。で、どうでした? 僕らの歌、ナマで見て」 骸は綱吉の説明に頷いた。サラダを食べていた手を止め、綱吉を見る。 「そうだなぁ。すっごい迫力だったよ。あんなに近くで見たことなかったから、なおさら。お客さんの反応とかもそうだけど、骸、くん?」 「呼び捨てで結構ですよ」 「ああ、じゃあオレも。……ステージの三人がなんかこう、異才を放ってたっていうか。技術とかオレにはよくわかんないけど、とにかくすごかったな……。あれは全部自分たちで作ったの?」 「ええ。千種がそういうのが好きで、全部ひとりでやってるんですよ」 「へえーー! すごいな!!」 「そうでも、ない」 骸が軽く顎をしゃくった先、先程から黙々と肉を焼いていた千種が顔を上げる。感心しながら褒めると、言葉少なく否定される。なかなかに謙虚そうな青年だ。いや、少年か。 「ハイハ〜イ! 歌詞作ってんのはオレね! オレ! すごいっしょ?」 千種の隣で肉を食べていた犬が親指を立てながら自分を指す。その前には綺麗に空になった皿が積まれている。深夜なのにすごい食欲だ。 「そうなんだ。へえ〜! 皆は学校の知り合いかなにか?」 「そうですねぇ。学校も一緒ですが、それに関わらず大抵一緒にいますよ」 「ふ〜ん。腐れ縁みたいなもんなのかな。だから一緒にバンド組んでるんだ?」 「まあそんなとこです」 そうなんだ、と相槌を打ち、汗をかいて少し温くなったお茶をストローで飲んだ。 「沢田せんぱい、ギターの練習はうまくいってる?」 「いや、それが……なかなか上手に行かないっていうか。買ったのはいいんだけど、どうすればいいのかよくわからないんだよね」 スクアーロの知り合いに有名なギタリストがいるとは聞いたが、本人が断固として紹介しようとしないので綱吉は困っていた。諦めて初心者教室にでも通おうかと思っていたところだ。社長に言えば、一人か二人専属で教えてもらえるだろうが、そこまでみっちりされるのもどうかと綱吉は思っている。 「教えましょうか?」 「えっ!? いいの?」 「構いませんよ」 「でも、仕事あるからどうしても時間が不定期になっちゃうけど……それでもお願いできる?」 首を縦に振って了承した骸の手を掴んでブンブンと振る。綱吉は思わず満面の笑みを浮かべた。呆気に取られたように室内が固まったが、嬉しさが先にたってそんな周囲の反応に綱吉は気づかなかった。 「よかった〜! これで初心者教室にこそこそ通わなくてすむよ! ありがとう!!」 「よかったね。せんぱい。骸も」 にこにこと凪が微笑み、綱吉もうんうんと頷く。千種と犬はお互いを見た後、骸を見る。何かを含むようなその視線に骸は肩を竦めた。鼻腔で軽くため息を吐いた後、骸は綱吉に見えないようくすりと笑った。 結局、凪や骸と別れたのはラストオーダーを注文し終わった後だった。打ち合わせのために電話をしてきたスクアーロに今どこにいるか馬鹿正直に伝えてしまい、迎えに来られた。こっぴどく叱られる綱吉を庇うように弁護してくれた凪たちにまでスクアーロが怒鳴ったので、綱吉は挨拶もそこそこに、スクアーロを連れ出して素直に家に帰った。あらかた連絡先なども教えあい、どこで練習するかを決めた後だったので、面白くなさそうな顔をした四人も特に文句も言わなかった。 店の前に横付けされていた車の後頭部座席に問答無用で乗せられる。荒々しい運転で走り出しながらスクアーロがバックミラー越しに綱吉を睨んだ。 「ったくよぉ! オメーは自分にどんな虫が群がろうとしてんのかわかってんのか!? 誘拐未遂でさえ片手で余るぜぇ」 「だってさぁ、全然知らない分野だし。教えてもらえるっていうから……」 「身元が割れないうちは近づくなって何度言ったらわかるんだ!? ほいほい他人について行くんじゃねぇぞぉお! 身代金目的で近づいてくる奴だって腐るほどいるんだからなぁ」 座席に身を任せて流れる外の景色を眺めながらハイハイと相槌を打つ。綱吉はスクアーロと一緒に行動するようになってもう三年は経つので、どんなに凄まれても流せるようになっていた。 「でも、身代金目的ってほどお金に切羽詰ってる感じはしなかったよ。焼肉おごってもらった」 「バカがぁ! 最初に甘い態度で油断させようとするのが普通だろ゛ぉが! そうやって何回ダマされてきたのか考えて見ろ゛ぉお」 「でも」 「でももクソもねえ! いいか、あいつらが白だと判るまで会うんじゃねぇ。まさか携帯の番号とか住所なんか教えてねーだろうな」 「ま、まさかあ! そんな。オレだって会ったばかりの人に気軽に教えたりしないよ」 「ならいいけどよぉ」 住所はまだしも、携帯電話の番号やアドレスは交換してしまった。冷や汗をかきながらスクアーロに返事をすると、ミラー越しに伺うような視線を送られる。誤魔化すように笑うと、ハア、とため息を吐かれながらもそれ以降追及してくることはなくて、綱吉は安堵した。 玄関前まで着いてきたスクアーロに明日の確認をして別れてから、綱吉は風呂に入った後すぐ寝てしまった。 >>続く |