※このお話にはカヲシン、アスキラ描写があります! 苦手な方はご注意ください。 「久しぶり! げんきだった?」 人払いをしたスイートルームで、久しぶりに顔を合わせた友人に綱吉は笑みを浮かべて片手を上げた。 「こっちは相変わらずだよ。そっちも元気そうだね」 立て続けに入れ込んだ仕事の疲れを感じさせない笑みを浮かべるシンジに、綱吉は感心する。 「これからどうしようか、すぐに出る?」 「オレはどっちでもかまわないけど。あ、でも腹減ったしな〜、もう店行こうかな。すぐ出られる?」 「うん。着替えもすませちゃったし、僕もおなかすいたから」 「んじゃー、もう行きますか。スクアーロー、車回して」 気を利かせるように気配を消して待機していたスクアーロに綱吉は声をかける。テレビをつけることもなく壁に背を預けていたスクアーロは、部屋に入って数分もしないで出てきた二人に少々驚いたように目を眇めた。 「こ、こんばんは……」 出会った人間はまず怯んでしまうスクアーロの眼光の鋭さに、シンジは思わず引きつった笑みを浮かべる。それでも笑顔を浮かべるのだからさすがだ。一般人なら確実に竦んでしまうような視線。スクアーロに睨まれることなどすでに日常茶飯事となっている綱吉は、気にすることなく急き立てた。 「さっき言ってたとこね。腹減ったからがんがん飛ばしてくれると助かる!」 「制限速度は一応守ったほうがいいんじゃないかな……」 「オメ゛ーら、ちっとは自分が誰なのか自覚しろ゛ぉおお!」 ホテルのエントランスを通る際も、人目につかないようにサングラスをかけ足早に歩く三人だが、そのかい空しくあちこちで「もしかしてあれって…」「うっそー!?」などという声が上がる。一応見えないところでSPは警護しているが、あまり意味がないかもしれないと三人は同時に思った。ただでさえ纏う空気がどこか一般人離れしているので、黙っていても視線が集まってしまうのだった。 外からは見えないようにスモークで覆われたスクアーロの車の後部座席に綱吉たちは急いで乗り込んだ。ファンがいる事は非常に嬉しいが、プライベートで追いかけられるのはとても苦手だ。ホテルが見えなくなり、流れる都会の街並みを映しながら進む車内にシンジが安堵したように笑い、サングラスを取った。綱吉もそれに習ってサングラスを外す。 「追いかけられなくてよかったよ」 「ハハ、たしかに……。まあ、しょうがないことなんだけど、さ。試写会は行けなかったけど、今度の映画もまた凄いんだって?」 綱吉は気を取り直して、車内に設置されている冷蔵庫から缶ジュースを取り出し、手渡しながらシンジに尋ねた。 「うん、今回は特殊なCG技術を使ったから、すごく綺麗に仕上がってるとは思うよ。内容は結構オーソドックスなSF物だけど」 「CGねぇ…最近多くないか? あの監督、CGとかあんまり使わない人だったのに」 「まぁ、時代の流れみたいなものじゃないかな。僕はあまり…本当のことを言えば好きじゃないけどね。感心はするけど、過度になりすぎてどんどん薄っぺらになってる気がするんだ」 「たしかに! 絵面はとんでもなく綺麗で迫力あっても、結局なにが言いたかったんだ? って思うのもごろごろあるよな」 「娯楽として頭を使わないで見る分には最高って評価もあるけど、褒められてるんだか貶されてるんだか微妙なときもあるし」 プルタブを開け、ジュースを飲みながらの会話。気兼ねしなくていい会話に自然と顔が綻ぶ。やはり苦楽を共にした友人というのはいいものだ、と綱吉は再確認する。下手に気を張らなくてすむ。 「今回こっちに来て驚いたよ。マスコミの対応がすごく過熱してるんだね」 「そうだなぁ、お祭り騒ぎみたいになってることが多いかもな」 「インタビューも結構受けたんだけど、映画の内容って言うよりも僕のプライベートばかり聞かれることも多くて、戸惑っちゃったよ。大体いつもこんな調子なの?」 「まあ、そうだな」 夜の道路は渋滞も多いので、車が止まるたびにシンジは興味深そうに窓から街を見上げている。それに笑って、綱吉は缶を振って中身がどれくらい入ってるのか確かめた。 「――そういえば、キラのこと聞いた?」 「え…? あぁ、うん。聞いたよ」 シートに背を預けながらシンジが尋ねると、綱吉は一瞬なんのことかと首を捻って、ああ、と頷いた。 「びっくりしたよなぁ。まさか結婚するなんてさ」 「まだ結婚はしないみたいだけど、婚約だね。キラはまだ映画の撮影が半年くらいあるみたいだから、忙しくて手続きとかまだ出来てないって言ってたし。それが済めばすぐにでも式上げるんじゃないかな」 「あー、相手の方はもうキラのこと溺愛って感じだもんな。向こうの両親とか反対しなかったのかな」 「それがしなかったらしいよ。むしろ、早く結婚してお義父さんお義母さんって呼んでほしいって言われたんだって」 「て、天下のザラ財団の会長と会長夫人がそんなんでいいのか!? 息子は例に漏れず、だしなぁ。ま、幸せそうならなんも言えないけど」 「まさか結婚するとは思わなかった」 「まだ若いのになぁ。すごいよ。オレには想像つかない」 同じ学校で演劇を学んだキラ・ヤマトという少年と、アスラン・ザラというその幼馴染の道ならぬ恋を応援して張れて恋人同士になるように密かに奮闘していた綱吉たちだったので、婚約の報告を貰った時は確かに嬉しかった。嬉しかったのだが。 「でも、相手が男っていうのはなぁ……」 友人の恋人が男であろうが何の文句もないし勝手にしてくれと思うのだが、いざ自分に置きかえて考えてみるとまったく持って理解不能な綱吉だった。腕組みをしてうーんと唸る。自分と同じようにごつごつと骨っぽい男より、やわらかくていいにおいのする女の方がいいんじゃないか、と思う。 「その、さ。僕、綱吉に話したいことがあるって言ってたよね」 シンジは綱吉の表情を見ながら、少々ためらった後、唐突に話を切り出した。 「そうだったな。え? でもここで話してもいいのか? オレは食事中でも全然構わないけど」 綱吉の言葉に逡巡したように一瞬沈黙し、シンジは首を縦に振ってうなずいた。 「そうだね、何か食べながらのほうがいいかもしれない」 「? そうだな」 予約していた日本料理屋に着いて、さっそくVIP用の個室に通される。にこにこと笑顔の美しい女将やわざわざ厨房を出てきた料理長に挨拶を返して、席について間を置かずに運ばれてくる料理につい綱吉のお腹が鳴ってしまった。思わず吹き出すシンジにごまかすように笑って、二人揃ってグラスを持ち上げる。 「マネージャーの人はいいの?」 「外にはいるみたいだけど、たまにはゆっくり話でもしろってさ」 「いい人なんだ……ちょっと怖いけど」 二人ともお酒はまだ飲んではいけない年なので、代わりのジュースで乾杯をする。そして、並べられた料理で真っ先に茶碗蒸しに手をつけた綱吉に習って、シンジも色合いが美しいお刺身に手を伸ばした。 「うわー、おいしい。 やっぱり本場は違う」 「だよな! 向こうで食べる寿司とか全然寿司じゃないし、刺身なんて食えたもんじゃないからな」 美しく白く輝いている鯛の刺身を食べて、感嘆のため息を吐いたシンジに綱吉がうんうんと頷いた。 「日本食がブームになってるけど、スタンダードなものしか食べれないしさ。たまに無性にラーメンとか食べたくなって中華街に行ったりしたけど、舌に合わなかったなぁ」 「君、毎日シリアルやピザなんかじゃ嫌だー! って寮から脱走したこともあったよね。あの時は寮監に僕たちまでこっぴどく怒られた」 「懐かしーな、それ。そのときはもう本気で日本に帰ろうと思ってたよ」 透き通ったお吸い物の表面をしげしげと眺めながらシンジは椀に口をつけた。うなずく。 「こんな美味しい料理ばかり食べて育ったんじゃそうなるだろうね」 「普通は、こんな高いとこなんて滅多に来れないけどね。たまにはさ」 料理を食べながらのんびり会話をして、大体食べ終えたところで頃合を見計らったようにシンジが口を開いた。ゆっくりとした空気の中、そわそわしているような雰囲気のシンジに綱吉は内心で首を傾げた。 「電話で、さ、綱吉に話したいことがあるって言ったの覚えてる?」 「あぁ、さっき言いかけてたやつな。何だったんだ?」 「そのことなんだけどさ、これ、言ってもいいのかな……あんまり言いたくないことって言うか、おおっぴらに言えないっていうか」 「なんだよー、水くさいなぁ! 別に相談事を誰かに話したりしないって」 「それは信じてるけど」 歯切れの悪いシンジを笑い飛ばして、綱吉はいたってのんきにまぐろの刺身に手を伸ばす。海外にいる時はしょっちゅうからかわれて見るのも嫌になっていた因縁の魚だったが、美味しそうなのでまあいいかと気にしないことにして食べたらやっぱりおいしかった。 「実はさ、その……付き合ってる人がいるんだけど、ね」 「へ? そうだったの?」 口に運んでいた箸を思わず齧ってしまいながら綱吉は目の前の少年を見た。 「う、うん。最近付き合い始めたばかりだから、まだ君にしか言ってないんだけど」 「へぇ! どんな子? 同じ業界の人?」 なめらかな頬をうっすらと染めて、シンジはもごもごと言いづらそうに話しだす。 「たぶん一般人、かな。僕より三つ上で、大学院もスキップして卒業しちゃったから、もう働いてる」 「頭いいんだなぁ」 「うん。話してると僕の知らないこととかたくさん知ってるし、教えてくれるんだよ。頭がいいだけじゃなくて、仕事もできるし、やさしいし、ちょっと悔しいけど、すごく頼りになる人なんだ」 普段はストイックで恋愛なんて興味ありませんといったシンジが無意識に惚気る様を見て、珍しいと思いながら綱吉は箸を置いた。空になっていたコップに瓶で持ってきてもらっていたジュースを注ぎながら言葉を繋げる。 「頼りになる恋人か、さすがは年上」 いかにも仕事ができる女性像を想像している綱吉の表情を見てシンジが苦笑した。残っている煮物に手をつけながらあえて声の調子を落とさず普通に話す。 「理想を現実にしたらきっとこんな感じだとは思うんだけど、僕の付き合ってる人、男なんだ」 「…え? え!? ……マジ? それってちなみにどうやって知り合った、んだ?」 さらりと落とされた爆弾に、口に含んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになりながらなんとか嚥下する。口を拭って正面を見ると、シンジは目線を落としてどこか気恥ずかしそうに何度か瞬きをしながら喋る。 「その……あるブランドのアイコンをやってた時のスポンサーのお孫さんで、仕事の付き合いの食事会で初めて会って、紹介されたんだ」 「きっかけは? 一体なんだって付き合うことになったんだ?」 「それが……」 消え入りそうな声音でごにょごにょと呟いたシンジの言葉に目を丸くする。 「初めて話したその瞬間に、君が僕の運命の人って!? 隣に人がいるにもかかわらず?!」 「う、うん」 あろうことか公衆の面前で女性にされるように手の甲にキスをされ、その後も熱烈なラブコールを送ってきたらしい。その場を想像して思わず絶句してしまう綱吉にシンジはハア、と両手で顔を覆った。 「思い出したらなんか恥ずかしくなってきた……」 言葉通り、手で覆われた顔以外の耳や首など赤くなってしまっている。綱吉は思わず「なんののろけ!?」と、ツッコミを入れてしまう。相談事があるといわれて少々緊張していたのに、いざ蓋を開ければ友人の破壊力抜群な惚気で脱力する。まあ、確かにあまり人に相談できる話ではないとは思ったけれど。 「それを言っちゃう人も相当だけど、それに惚れるシンジがオレにはよくわかんねー……顔か、顔なのか?」 「違うよ……。そりゃ、確かにカッコいいし綺麗だしスタイルいい上にお金持ちでやさしくて頭もいいけど、別にそれが理由で付き合ったわけじゃないよ」 「わかったからそれ以上惚気ないでくれ頼むから! ……んで、理想通りの恋人ができたシンジ君は一体なにを悩んでるんだ?」 ぐびぐびとジュースを飲み干して綱吉は本題に入った。どんっと、空になったコップをテーブルに置く手はいささか投げやりだがしょうがない。 シンジは憂いをこめた瞳で綱吉を眺め、それから長く息を吐いた。 「完璧すぎる恋人って、逆に不安になるんだ」 「……。帰っていいか?」 思わず席を立ちかけた綱吉をどうどうと抑えて、シンジが物憂げにテーブルに肘をついた。ため息を吐いてうなだれる姿が冗談を言っている訳でもなさそうなので、綱吉も座りなおす。 「冗談でもなんでもなくてさ、こう、なんていうのかな。僕の場合、付き合ってる人が同性で年上だから尚更っていうのもあると思うんだけど……あんまり弱みを見せられないっていうか。かっこ悪いところを見せたくないから頑張っちゃうっていうのかな。一緒にいても常に気を張ってる状態で、ちょっと疲れるんだ」 「確かに少しはいいカッコしたいなっていうのはあるけどさ、そんなに頑張らなくちゃないほど?」 綱吉が腕を組んで数少ない自分の経験を思い出す。シンジの恋人とのやり取りとやらを想像してみて辟易した。多忙なスケジュールの中を割いてまで会う相手にまでいいところを見せるというのは綱吉には出来そうもない。付き合ってきたのはあくまでも女の子だったから参考になるかどうかはわからないが、思ったことを言う。 「それじゃあ気が休まらないんじゃないのか?」 「そうなんだ。だから忙しい中会えるのは嬉しいけど、素直に喜べないっていうのがね。うまくいかないな、って」 撮影で海外に出るのはざらだし、外出をすればパパラッチがついてくるのもすでに日常になっていた。そんな中での唯一の恋人との逢瀬も人目をはばかり、さらには恋人にすら素の自分を見せられないというのであれば。 「それはまあ、愚痴りたくもなるか。好きだけど上手くいかないってやつかぁ」 綱吉が想像しながら頷くのはあくまでも女の子である。しかし、うんうんと頷く綱吉にシンジが分かってくれる人がいたとばかりに話し始めた。大体の話を聞いて、綱吉は座椅子の背もたれに背中を預けながら首を捻った。 「オレだったら付き合うなら可愛いくて守ってあげたくなるような女の子がいいけど、好きになったならもうしょうがないんじゃないか、っては思う。その人と長く付き合っていきたいなら、やっぱり正直に言ったほうがいいんじゃないの?」 「一緒にいると落ち着きませんって?」 「そこまで正直に言うのもなんだけど、やっぱり一緒にいるなら気づまりするより楽しいほういいって。それに、そんなに自分のことを見せるのが嫌なら、ちょっと距離を置いて考えたほうがいいんじゃないか、って思うけどなぁ」 運ばれてきた柚子シャーベットを溶かしながら食べ、綱吉はそう結論付けた。あまり参考にはなっていないかもしれないが、シンジはデザートを食べる間何かを考え込んでいた。 食事を終えて店から出る。そのままホテルに帰るのではなく、しばらくドライブして東京の夜景を満喫した。ホテルについて、シンジは綱吉に礼を言った。 「君に話を聞いてもらえてよかった。帰ったら……彼とちゃんと話し合ってみるよ」 「うまくいけばいいな」 「ありがとう。今日は僕の話ばかりになっちゃってごめん。今度は綱吉の話を聞かせてね」 シンジの言葉に、綱吉は何とも言えない表情で、そ、そうだなと相槌を打った。それじゃあまた電話する、と部屋で別れてから、スクアーロと一緒に車に戻る。 「どうしたぁ? 変な顔して」 「いや、恋って、人を変えるんだなーと思ってさ」 普段から自信満々という性質(タイプ)ではなかったが、あんなに後込みする様子を初めて見た。あまり恋愛ごとに興味がなかったみたいだから、ますます感心する。あの奥手のシンジを射止めたのはいったいどんな奴なのやら。知りたいような知りたくないような。 「お前には縁のない話だろ゛ぉー」 それでも、良いように雰囲気が柔らかくなった友人を思い出し、しみじみとしている綱吉にスクアーロが馬鹿にしたように言う。仕事が恋人だぁ゛! と本気で言っているスクアーロの姿を見て、綱吉はかわいい彼女が欲しいと切実に思った。 >>続く |