通りゃんせ通りゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神さまの細道じゃ ちょっと通してくだしゃんせ 御用のないもの通しゃせぬ この子の七つのお祝いに お札を納めにまいります 行きはよいよい 帰りはこわい こわいながらも通りゃんせ 通りゃんせ 幼いときに友達と遊びながらよく口ずさんでいたわらべ歌。 村の外れに、人を寄せつけない古びた社があった。そこには村を守ってくれているとても偉い神様が祭られているらしい。 村人たちは幼いころから、天神さまのお社にはとても偉い神様がいて、自分たちのことをいつも見守ってくださっているのだと大人たちに教えられて育ってきた。それがこの村の慣例であり、古くから続く伝統であった。 ジョミーも例に漏れず、他の子どもたちと同じように両親からの教えを素直に信じて、村の外れにある大きなお社に、季節ごとに毎年母とお参りに行っていた。子どもたちだけでは決して訪れてはならない聖なる社も、両親や大人たちがいる分には問題にならないらしい。 ジョミーが母からそう教わったのはまだ数も数えられないほど昔のこと。それなのに、どうしていまだそうやって教えられたことを覚えているのか、不思議に思っても疑問に思ったことなどない。 ジョミーは母が大好きだ。母のあたたかく見守る眼差しとやさしく抱きしめてくれる腕に包まれ、やわらかな匂いに安心してすくすくと育った。 まだ小さかったジョミーは、感情が抑えきれないことが多くて、友達とけんかをすることが多かった。村の大人に怒られることもしょっちゅうあった。けんかをして服を汚して帰ってきても、意地を張って僕は悪くない! とジョミーが涙を溜めて俯いているのを、母は何も言わずにジョミーの頭を撫でた。そうされると、頑なだったこころはするりと解けて、泣きたいような悔しいような気持ちから解放される。ジョミーを素直にさせる魔法の手。 何も言わなくても、自分のことをすべて理解してくれる母に絶対の信頼を寄せていた。 ――あと……会……ョミー…… そんな母とつまらないことが原因で口論になってから約一週間、ジョミーは毎晩不可思議な夢を見るようになった。 今よりももっと、掌も足も背も小さくなった体で、ジョミーは母の背に隠れている。誰かに見られているような妙な気配はするのに、見回しても周りには誰もいない。 神社のような、お寺の中のような板張りの部屋の真ん中に、階段のように積み上げられた祭壇がある。 ジョミーはそんな、音のない空間に薄気味の悪さとどうしようもない恐怖を覚えて母にしがみついた。 『マム、マム! へんだよここ、はやく……はやく家にかえろうよ!』 必死にしがみついて叫ぶジョミーに気づいていないのか、母はいつも絶やすことのない笑顔を浮かべる顔をただこわばらせ、紙のように白くなった表情でジョミー、と呟いている。 『マム……? どうしたの? ぼくはここにいるよ! マム!』 ジョミーは何度も母を呼んだが、母は振り返らない。夢だとわかっているのに胸に浮かび上がるうすら寒い恐怖。引き離されるという予感。 『あぁ……あの子が……ってしまう……私の…ョミー』 母はただ涙を流して祭壇を見ている (もう……で……える……ジョミー……) 『だれだ! ぼくはおまえなんかしらない! マム! マム! 家にかえろうよ!』 「それはできないよ」 そうやさしく告げる声に捕まりそうになったところでジョミーは飛び起きた。はあ、はあ、と上がる息をなんとか飲みこみ、不安に乱れる動悸を鎮めようとする。 (また、だ) ふう、と大きく息を吐いて、寝乱れてくしゃくしゃになった髪をかきあげた。起き抜けからあの夢のせいで、何度嫌な気分になったか。もう片手じゃ足りないくらいだ、と、胸に巣食う胸騒ぎをごまかすように文句を呟く。 (いったい何なんだろう。同じ夢をこんなに何回も、しかも続けて見るなんて) 呼びかけても返事をくれない母。見覚えのない場所。そして。 (あの声、どこかで聞いたことがあるような……気のせいかな。でも、今日のはやけにはっきりと聞こえた。いつもはもっとぼやけて聞こえてたのに) くり返し囁かれる、見知らぬ少年の声。誰だろうと辺りを見回しても、そこには誰もいない。ただ声だけがいつも聞こえる。耳の中にいつまでも入り込んでいるかのようにこびりついて離れない。 (気味が悪いな。悪いことが起こる前兆とかじゃなきゃいいけど……明日は目覚めの日だって言うのにさ) ため息を吐きたくなる気分を変えるために着替えをしてからリビングに顔を出す。 「おはようジョミー」 「おはよ! わ、珍しーな、朝からパパがいるなんて」 リビングに顔を出すと、夢とは違ってにっこりと挨拶を返す母の姿と父の姿がある。いつもはもうとっくに家を出てる時間なのに、とジョミーは母の手によって準備されている朝食を食べている父の前に座った。 「今日は早朝会議もないし、久しぶりにゆっくりママの朝ごはんを食べようと思ってな。それよりジョミー、おまえも早く食べないと学校に遅刻するんじゃないか?」 「大丈夫だよ。僕の足なら楽勝楽勝!」 「ほぉーら、二人とも。はやくご飯食べちゃいなさい。このままじゃほんとに遅刻してしまうわよ」 はーい、と両方に返事をされ、母がくすくすと笑う。いつもの朝の風景だ。ジョミーはホッとして、母が作ったあたたかい料理に手を伸ばした。 「そういえば、明日はジョミーの目覚めの日だな」 読み終えた新聞をきれいに折りたたんでテーブルの上に置いた父にジョミーはうなずいた。 「目覚めの日って言ったって、天神さまのところに言って報告してくるだけじゃない。それのどこがおめでたいことなのか、僕にはさっぱりわかんないや」 「その報告をするってことが大事なんだよ。十四歳にさればもう立派な大人の仲間入りだからな。いつも見守ってくださっている神様にきちんとご報告しないと」 「でも、わざわざどうしてそんなことするのかな。いつも見守ってくれているなら、別に報告なんて意味ないと思うけど」 野菜のうまみが出たやさしいコンソメスープをスプーンで掬いながらジョミーが父に尋ねると、笑いながら返事をくれる。 「昔からそう決まっていることだからな。それ自体に意味はなくとも、続けていくことが大事なんだ。仕方ないさ」 「ふーん……ま、何だっていいや。ごちそうさま!」 きれいに空になった食器をそのままに、テーブルを立ち上がる。ソファに置いていた鞄を持って、「行ってきまーす!」と叫んで玄関を出た。それにキッチンとリビングから「いってらっしゃい」と笑って送り出す声が聞こえる。 その声に見送られながら学校に着くまでに、ジョミーはすっかり夢のことなど忘れてしまった。 >>続く |