【孤独な夜に泣いた火】









小さな切なさの灯火は、全てはもう過去のことでしかないと

そう罵る自分を止める、唯一の良心

風にのり、日の光に憂い、喜んでいた

そんな僕は、今はドコへ向かっているのだろうか―――――。














 朝露に濡れる花のつぼみがまだ開かない暗い時間、ツナは雪溶けの冷たい水をくみに院の裏手に流れている小さな川にいた。
 膝まであるバケツ容器に水を汲んで、冷たい水で顔を洗う。まだ日が昇らず、水面に映る己の顔は今日も灰色だった。
 
 ツナは自分の親がどんな顔をして、どのような仕事をしているか知らない。どういった経緯で自分を捨てたのかも、考えることや計算が苦手なツナには皆目見当もつかなかった。

 バケツに水をため、こぼさぬよう足元に気をつけながら院に戻る。ツナが生活している孤児院には、みんな似たように、親を何らかのかたちでなくした子どもが十人ほど暮らしている。

 生活補助など財政の圧迫している国に期待できるはずもなく、教会からわずかに渡される資金で明日を生き延びねばならない日常が、辛くないといったら嘘になる。貴族や商人のこどものように、食べる物に事欠かない人間と違って、農村や位の低い人間は満足に食べることが出来ない。

 自分達が作った作物を税金として国に納めなければならないという事実に、人は皆不満に思っていたが報復を恐れて表立って非難することが出来なかった。そのため苛立ちは自然と自分たちよりも力の弱いものにぶつけていた。

 ツナの体は、同じ年頃の子どもと比べても小さかったため、外へ出るとよく苛められ、虐げられることが多かった。町へ出るたびに青い痣が増え、人に怯えるようになったツナにいち早く気付いたシスターのナナは、ツナに極力町へと近づかないように教え、ツナもそれに従った。
 兄弟は何をしても失敗ばかりするツナを嘲笑ったり怒鳴ったりせずに、肩を叩いて励ましてくれた。何も知らない周囲からは、孤児(みなしご)だと馬鹿にされているが、孤児院はツナにとってとても居心地のいい、暖かな場所だった。

 歩くたびに揺れる水に足をとられながらもなんとか無事に家に辿りつく。ツナがはぁっ、と安堵のため息をはくと、口から霧のように白い靄が出て消えた。
 春は確かに近づいているとは言っても朝晩はまだまだ寒くて、ツナは着ていた薄い布の上から肌を摩った。バケツを置いて、空のバケツをまた手にする。
 食料はなくとも水だけは何としてでも取らなければいけないと教えられていたので、ツナは毎朝凍えそうになる道をなんども一人で往復した。

「つな?」
「お?おはようランボ。なんだ、もう目が覚めちゃったのか?」
「ん〜・・・・・・」

 バケツを手にして川へ行こうとしたツナの背後から眠そうな声で名前を呼ばれて、ツナは持っていたバケツをそのままに挨拶する。起きたばかりなのだろう、まだ眠いのか目をこすって扉を開けている弟に苦笑する。
 みんなもそろそろ起きだしたのだろうかと中を窺うと、まだみんな床に敷いた布に包まって寝ていた。

「まだ早いからもう少し寝てていいぞ」
「ツナは?」
「オレはこれに水をくんできたら終わり。戻ってきたらみんなを起こすから、まだ布団にごろごろしてな」

 足にくっついて、眠気のためにふらつく小さな体を、外よりはわずかに暖かな室内へと促してやると、二度三度頷いて手近な布団にもぐりこんでしまった。
 すぐに寝入ってしまった弟の姿に笑って、古くて音のなる扉をみんなが起きないようにそっと閉めて、ツナは川へと続く道を歩いて行った。


 ツナが先ほどまで水を汲んでいた場所は、途中背の高い草や木々を通り抜けなければならないので、町の人間はわざわざ近寄ってこない。たまに弟と同じくらいの子どもたちが、冒険と称して入ってくるだけで、他の大人たちの姿をツナは見たことがなかった。
 踏みしめた雪の、さくりさくりと響く音を楽しみながらツナが川へと近づくと、その場所に一人の青年が立っていた。
 青年は流れる水面から顔を上げずにただ黙っていて、ツナに気付いた様子は無い。

『いい?ツナ。あんたはただでさえ小さいし弱っちいんだから、誰かに見られる前に逃げるのを頭に入れとくこと!マズイと思ったときじゃ遅いんだから』

 脳裏に過ぎった姉の言葉に、ツナは音を立てないように気をつけながら、息を殺して家へと戻った。走ったせいではない、鼓動のうるさく喚きたてる声に、硬く手のひらを握り締める。
 気付かれていないか振り返ってみると、背中を向けていた青年がいつの間にか川に背を向け、走り去るツナを見ていた。その眼差しは兄弟のように柔らかいわけでもなく、町の人間のように冷たい色を宿しているわけでもなかった。
 しかし、体の奥底から湧いてくるなにかにツナは怯え、バケツを落としたのにも気付かずただひたすら逃げたのだった。





















続く


いつかきっと気付くでしょう。出会う先に何があり、何を想うのか