その身体に触れたとき、妙にやわらかいことに気づいて首をかしげる。
 雲雀は倒れ伏した沢田綱吉の身体を見下ろし、軽く蹴って足で仰向かせた。痛みに呻くこともなく、完全に気絶しているのを不思議に思う。いつもならもう少し咬み応えがある相手だ。
 ぐったりした身体を見下ろし、雲雀は眉を寄せた。
(……面倒だな。コレ、置いて帰ったら赤ん坊も怒るだろうし)
 雪に覆われた道路に片膝を着いて、口元に手のひらをかざす。うっすらと開いた唇から漏れる呼吸が荒い。ただ意識を失っただけではなさそうだった。
 雲雀は携帯電話を取り出し電話をかける。無愛想なコール音を二回聞く前に相手と繋がった。
「車を回して。荷物を一つ、連れていく」
 場所を告げ電話を切ると、雲雀は綱吉の額に手のひらを乗せて顔を顰めた。濡れた髪の冷たさに反して、額は炎が灯ったように熱い。冷たい地面に寝かせたままにしようかとも思ったが、結局力の抜けた身体に腕を差して抱えあげた。
 このままこの寒空の下に放って悪化させれば、リボーンのところに連れて行くまで時間がかかるのは間違いない。あの小さな先生がこの生徒に案外甘いことを雲雀は知っていた。
「……?」
 抱き上げたときのあまりの軽さに、雲雀はわずかに驚いて腕の中を見下ろした。意識を失った人間の身体というのは意識のあるときより重いものだ。何十kgもする荷物が軽いはずが無い。それなのに、確かに腕に抱いているこの男の軽さはなんだ。
(太ったかと思ったけど…ずいぶん軽い…)
 お互いに成長期を終えて久しい。どこかふっくらとした頬のふくらみと、抱えた体の軽さを怪訝に思いながらまばたきをする。ふぅふぅとかすかに呼吸する唇に自然と目がいく。
 違和感を探るように見ている先、雲雀のものではない携帯電話の音が鳴り出した。しんと冷えた空気によく響く音だ。
 雲雀はしばらく黙っていたが、あまりにしつこく呼び出す音に不機嫌をあらわにして綱吉のコートを探って電話に出る。相手が名乗るより先に言葉を発した。
「この電話の持ち主なら取り込み中だよ。かけるなら後にして」
 人の電話に勝手に出てその言い草はないでしょうと常なら突っ込む人間も、今は雲雀の腕の中だ。雲雀の行動を止められる者は誰もいない。相手が何かを言う前にブツリと通話を切って、携帯電話をポケットに戻した。
 それ以降電話が鳴ることがなくなったので、雲雀は迎えが来るまで綱吉を腕に抱いたまま静寂の中で立っていることになった。
 男を腕に抱えるなど冗談ではないが、これで貸しが出来るなら安いものだ。それが多ければ多いほど雲雀の望む強いものと戦う機会も増える。
 それに、こんなに軽いなら荷物と同じだ。たいしたことじゃないと雲雀は一人納得した。俗に言うお姫様抱っことやらを同性かつ、かつての後輩に対して行っていることに雲雀は特に頓着しない。しばらくそのまま冬空の下で立っていると、ヒバリー、とどこか間の抜けた声が上からして目線を上げる。黄色い羽をほわほわと寒空になびかせながら、黄色い鳥が肩に止まった。
『ミツケタ、ミツケタ』
 雲雀以外から等しくヒバード、と呼ばれている鳥がちょこんと首をかしげて綱吉を見下ろす。小さな嘴でさえずる言葉はいったいどこから覚えてくるのか知らないが、年々数を増し流暢になっていた。並盛中学の校歌を教えた頃よりはるかに言葉を知っている。
 雲雀がそのまま好きにさせていると、小鳥は肩からふわりと舞い上がり綱吉の胸元に降り立った。
『ネテル? ネテルー。ビョウキ? フワフワ、ビョウキ!』 
「……何が言いたいの」
 流暢だが意味不明なさえずりに雲雀が口を挟むと、ヒバードはその場でぽんぽんと飛び跳ねる。
『フワフワ、アツイ、ヒバリ、アツイ』
 ますますもって意味不明である。雲雀は着込んでいるし体温が低いわけではないので、ヒバードの言葉に眉を寄せた。その間ずっと意識のない人間の身体で軽快に跳ねているので、ついにうぅ、と綱吉が苦しそうに唸った。いくら軽いといっても、首の近くで跳ねられたら苦しいだろう。
「ふわふわって、沢田綱吉のことかい」
 それを見て雲雀はようやっとヒバードの言うフワフワが綱吉であることを察した。ひゅうひゅうとした呼吸音を聞くに、確かに苦しそうではある。
「君、沢田綱吉に餌付けでもされたの?」
 ヒバードは綱吉の上ですっかり大人しくなって、雲雀の言葉に丸い身体を器用に縦に振ってみせた。ふぅん、と雲雀は相槌だけうちヒバードから視線をそらした。いつの間に親しくなったのか知らないが、別に雲雀が飼っているわけではないので文句は言わない。
「……さむい」
 腕に抱いた草食動物が意識の無いままぽつりと零す。雲雀は軽くため息を吐いた。氷点下ではないにしろ、確かにじっとしていると寒いと感じる気温の中立っているのだ。そう感じるのも無理はない。
 微かに震える振動が布越しに腕に伝わる。最初はほんの微かだったそれが、今では雲雀でも気づくほど大きくなっている。
「この貸しは大きいよ」
 聞こえていようが聞こえていまいが関係ない。ばさりとヒバードが飛び上がり、雲雀の肩に戻った。
 雲雀は腕の位置をずらし、自分の露出した部分で熱を持っていた首筋に綱吉の頬を押し当てた。頬の冷たさだけではなく、人体の急所だということもあってぞわりと寒気がしたが、かまいやしない。
 他人の熱がこれほどまで近くにあるのは覚えがある限り初めてのことだ。己のものではない熱など不快で気分のいいものではない。それがどうしてこの男だと特に不快に思わないのか雲雀には分からない。
 近づいた分、己のものではないにおいが鼻先をくすぐった。甘い香りが強いそれはシャンプーの香料だろうか。顔をしかめるほど甘ったるくはないが、どちらかといえば女性が好んでつけるような香りだろう。
 戦闘時には雲雀でさえわくわくする程強い男のくせに、こうして見ると随分幼い顔をしていた。瞼を閉じたその顔は、一見すると少女のようにも見える。雲雀はすぐさまその考えを打ち消したが、跳ね馬があれほどかわいいかわいいと気色悪い表情で言っていたのも頷ける。
(強いのか弱いのか、いい加減はっきりさせなよ)
 首に触れる頬の柔らかさを感じながら、雲雀は迎えが来るまでの間ずっとそのまま綱吉を抱えていた。











>>続く