まるで砂漠の熱風に身を焼かれているような暑さだった。見渡す限り一面が熱された砂の海原。一人取り残されたそこに他の生き物の気配は感じられない。日差しを遮るものはなく、オアシスでさえ蜃気楼の見せる幻。
 からからに干からびた喉は純粋にただ水だけを欲しがり上下に動く。水分を失うのを惜しむかのように唾液が出ず、絶望的な夢を見ながらひび割れた声は風にかき消される。
 助けてと呻いた。夢だとわかっている。脈絡のないようでいてそれは現実に起こっていることの連鎖だと気づいていた。
「またここかよ……」
 綱吉は途方に暮れた。いつものようにただ蹲って早く目を覚ますようにじっと待つ。待つことは辛いことだと知って苦笑した。
 すると、いつもならそのまましばらく待たないと覚醒しない夢の中でいきなり目の前にオアシスが現れた。最初は蜃気楼の見せる幻かと思ったが、瞼をこすってもその幻影は消えない。微かながら水の流れる音が聞こえる。綱吉はゆっくりと立ち上がった。
「……行ってみよう」
 唐突な展開に驚くものの夢ならなんでもありだろうと綱吉は深く考えず、ふらふらとした足取りで近づいた。一歩一歩踏みしめるごとに足裏はやけどしたように熱かったが、草の生えた場所までなんとか歩く。たとえ水ぶくれになってしまったとしても、現実に戻ればいつもどおりだ。気にすることはない。
 スクランブルエッグにされてしまいそうなほどの太陽光を遮るように幾多にも木陰があり、中心部にはあれほど求めていた水があった。泉はそう大きくないが、綱吉一人なら楽に泳げる広さがある。水面が太陽の光を鏡のように跳ね返してキラキラと美しく輝いていた。
「水……水だ〜〜っ!!」
 綱吉は喜んで泉に駆け寄った。膝をついてのぞき込んだ水面は光を反射して綱吉の顔を映した。底が見えるほど澄んで綺麗な水だった。湧き水らしく、水面下のそこかしこで源泉が湧き出ているのが見える。
「飲めるのか、これ」
 おそるおそる右手を差し込む。冷たさが火照った肌に染み渡って気持ちがいい。くん、とにおいを嗅ぐ。無臭だ。一口だけ口に含み、舌で味を感じてすぐに脇に吐き出す。何も問題はなさそうだ。綱吉は両手で水を掬って飲もうとした。
 しかし掬い上げて口に運ぼうとするのに、どうしてか上手くいかずに手のひらから零れてしまう。何度か試しても上手に飲めない自分に痺れを切らし、思い切って顔から突っ込むことにする。
(うわあ……気持ち、いいー)
 冷たさを顔に感じ、口を開くと水が入ってくることに安堵した。ごくりと嚥下する。何度も何度も、暑さに疲労した身体を癒すような冷たさを無心で飲み込んだ。すっかり満足するまで飲み終えると、綱吉は泉から顔を離した。前髪についた水滴を払い、木陰に身を寄せる。
 どっしりとした木の幹に寄りかかり、ああ、ここはさっきと違ってすっかり天国だといい気分になる。思わず笑みが浮かんだ。灼熱地獄から一転、緑と水があるここはまさにオアシスだ。
 安心したら今度はひどく眠たくなったので綱吉は幹に寄りかかったままあくびをした。ごろんと横になって胎児のように横に丸まって眠る体勢になる。
 夢なのにまた寝るのかとすっかり惰眠を貪る体勢を整えながら思ったが、まぁいいやと早々に思考を放棄した。夢くらい好きなものを見させて欲しい。起きたらどうせろくなことにはならないんだから。どうせ聞く人間なんて誰もいないんだと開き直り、綱吉はぶつぶつと本音を漏らす。
 目を覚ましたくないなあという気持ちを隠さず素直に口に出すと、後頭部に殴られたような衝撃が走った。
「いでっ!? 〜〜っな、なんだよ」
 がつんと結構な音がして、綱吉は涙混じりに頭部を庇いながら後ろを振り返った。が、そこには何もいない。おかしいと思って辺りを見回したが特に危険なものは見当たらなかった。用心のために周囲を見渡したが、はたと思い返して馬鹿馬鹿しくなった。これは夢だ。
 夢でも痛覚ってあるんだな、とどこかとぼけた思考でたんこぶでも出来そうな頭を綱吉はさすった。とりあえず、起きていても寝ていても心休まるヒマが無いって言うのはどういうことだ。
「少しくらいオレにいい夢見せてくれてもいいんじゃないの?」
 半眼になりつつ、綱吉は今度こそ横になろうと体を倒した。瞬間、なにやらもふもふとした重たいものに全身が押しつぶされる。唐突な襲撃になすすべな地面に倒される。
「……っ!?」
 グエっと潰れたカエルのような声を出し、綱吉はその重さから逃れようと必死でもがいた。
(な、な、なんだっていうんだよ〜〜!!)
『ミードーリータナービク〜ナーミーモーリーノー』
「そ、その懐かしい校歌は……まさかっ!?」
『大ナク小ナク並ガイイ〜』
 聞き覚えのある懐かしい校歌。綱吉はとくに愛着を持たないその歌を、携帯の着メロにするくらい大好きな人がいなかったろうか。自分のペットに教え込むほど熱心なその姿勢には正直驚かされるどころか、ちょぴり趣味を疑った先輩が。
「ヒバード!?」
『イツモカワラヌスコヤカケナゲーア〜〜ア〜〜トモニウタオーウナーミモリチュウー』
「この状態で歌うの!? っていうか、お、重い〜〜っ!! どいてーーっ!!」
『アサツユカガヤク並モリノ〜ヘイヘイボンボン並デイイー』
「二番きちゃった〜〜!?」
 ボヨンボヨンと綱吉を下敷きにして飛び跳ねるヒバードらしき物体に必死で退くように頼むが、歌っている当人は気づかないようで二番三番と歌うつもりらしい。機嫌よさそうにのびのびと校歌を囀っている。
 だが、下敷きにされている綱吉のほうとしてはたまったものではない。
(ぐ、ぐるじいぃ〜〜ッ)
 水で潤った胃袋が口から飛び出そうである。このまま踏みつけられて圧死ということになったらそれこそ死ぬに死にきれない。背筋を使って伸び上がるようにその場から抜け出そうとするが、重さを後頭部で受け止めてしまい呆気なく地面に逆戻りした。
 酸欠と苦しさでだんだんと意識が薄れてくる。身体にかかる重さはまるで象に踏まれてるみたいだ。実際踏まれたことはないのであくまでも例えだけれども。
 うーうー唸りながらもなんとか耐えていた綱吉だったが、それから五分と立たないうちにふつりと意識を手放してしまった。












>>続く