突如ドガっ!と鈍い音を立てて吹っ飛んだ入り口に、なんだなんだとシャマルは顔を顰めた。せっかくカワイ子ちゃんを口説き落として、これからデートだと言うのに邪魔する無粋な輩はどこのどいつだ。 ノックもせずに室内に侵入してきた不躾な人物を見て、シャマルはゲっと呻いた。黒いコートに同じ色のスーツを身につけた青年。不敵な面構えは生憎とシャマルの見知った顔だった。 纏う雰囲気は刃のように鋭く、相手を圧倒する。どこかの葬式にでも顔を出してきたのかと言いたいところが、そんな軽口を言うのも憚られるような物騒な相手だった。 「暴れん坊主じゃねーか」 もっとも、もう坊主という歳ではなかったがシャマルは気にせず口にする。 「沢田綱吉の居場所を知っているね」 彼はどこだい? と、挨拶もなくシャマルに雲雀は問う。手にはすでに彼愛用のトンファーが握られている。紫の炎が吹き上がり、シャマルは冷や汗をかいた。 「おいおい、来たと思えばいきなりなんだよ。ボンゴレ坊主がどうしたって?」 「しらばっくれなくてもいい。あなたが彼と会った最後の人間だということくらい知っている」 獲物を前にして舌なめずりをする相手に、シャマルは冗談じゃないと首を振った。 ボンゴレの人間が来ると予想はしていても、こんな歩く破壊兵器みたいな男が来るとは思っていなかった。出会った当初ならまだしも、今は相手にするのにも骨が折れそうだ。シャマルは派手に顔を顰めた。 「確かに坊主にゃ会ったが、俺は坊主の風邪を診てすぐ出てったんだぞ。その後あいつがどこに行ったかなんて俺が知るわけないっつーの」 伸びた髭を摩りながらとぼけるシャマルに、雲雀は薄い唇を斜めにつり上げた。 「そんな御託はいらない。あなたには昔借りがあるからね、喋らないなら咬み殺すだけだ」 そう言って音もなくトンファーを閃かせた雲雀に、シャマルは慌てて飛びのいた。嫌な音を立ててシャマルが立っていた場所が抉れる。さり気なく、トンファーからは刺さったら重症間違いなしの鋭い棘が出ていた。 「おいおい! 俺は知らねーって言ってんだろうが!!」 「それが嘘でも真でも、僕にはどっちだっていいよ」 笑みを浮かべて攻撃してくる相手に舌打ちをする。どうせ隼人あたりが怒鳴り込んでくるだろうとシャマルは思っていたのに、気まぐれかつ凶暴な雲雀を使ってまでやってきたということはボンゴレが綱吉を本気で捜しているということに他ならない。 音もなく的確に相手に撃ちかかってくるトンファーは、学生の頃より隙がなく洗練されている。荒削りだったあの頃ならシャマルとて楽にあしらえたものだが、今じゃあそんな余裕もない。 シャマルは己の武器を手にする、ことなくとっとと窓から逃げ出した。 「逃げるのかい?」 「逃げるが勝ちって言うだろうが! じゃあな暴れん坊主! 俺は何の関係もねーって隼人達にも言っとけ!!」 すちゃ、と片手を挙げて窓から飛び降りたシャマルを、雲雀は窓枠に足をかけて見下ろした。追いかけてトンファーの錆びにされるかと思ったのだが、雲雀はシャマルの後を追ってこなかった。 「こりゃ、嬢ちゃんに言っといた方がいいだろうな」 ねぐらにしている部屋から十分遠ざかったところで、シャマルは無造作に後ろに流した髪を掻いた。せっかく今夜は楽しいデートだと言うのに、面倒くさいことになったものだ。 「……ま、嬢ちゃんには後で言やーいいか! それより今はデートだデート!」 待っていてねカワイ子ちゃーん、と鼻の下を伸ばしてシャマルは車に乗った。ハンドルを握ったその頭からは今までの出来事など綺麗さっぱりなくなっていた。 *** イヴァンとの約束の日まであと三日後に控えながら、綱吉はいまだシャマルの用意した部屋にいた。 シャマルから急な連絡を受けたのは、綱吉が風呂から上がってすぐのことだった。 「雲雀さんがシャマルのところに!?」 事態は綱吉が思っていた以上に大事になってしまったらしい。まさか、滅多な事では動かないあの気分屋が、綱吉の居所を尋ねにわざわざ会いに行ったらしいのだから。 『あの坊主も人の話きかねーし、口より手が先に出るやつだからほんと参っちゃうぜ。隼人並だなありゃ』 「いや、獄寺君はちゃんと話し聞いてくれ……」 る、と綱吉が言い切る前に否定が入った。 『ありゃあお前さんの話しか聞かねーだろ。年食ってマシになったっていやぁマシになったほうだが』 「あー…」 友人の顔を思い浮かべて綱吉は言葉を濁した。ごめん、否定できないや、と綱吉は友人に心の中で謝る。 『まあとりあえず、あの坊主には気をつけろよ。嬢ちゃんの首に縄つけてでもボンゴレに引き摺ってきそうだからな』 まじめくさった口調で注意するシャマルに綱吉は半眼になった。 「……あのさ。その嬢ちゃんっての、やめてよ」 『あ? 本当のことじゃねーか』 体が女性に変わってしまって以来、すっかりボンゴレ坊主から嬢ちゃんと呼び方を変えたシャマルに綱吉は文句を言う。いくら女性になってしまったからといって、心は男のままなのでなんだか馬鹿にされているような気がするのだ。 まだ乾かしていない髪をタオルで拭きながら冷蔵庫から炭酸水を取り出した。 「こっちもあと少しで片がつきそうなんだ。それが終わったらすぐ戻るよ」 『なんだ、見つかったのか?』 案外早かったな、と意外そうな調子のシャマルに頷いた。 「向こうから連絡を取ってきたんだ。日本にいるって」 『目的はお前、ってか。気色悪りぃーな! これだから女の扱いがなっちゃいねーやつは嫌いなんだよ。嬢ちゃんも暴れん坊主に捕まるのが嫌なら早いとこブン殴ってさっさと戻るんだな』 「そうする。……次に会うときには嬢ちゃんなんて言わせないからな!」 はいはい、と投げやりに返事をしたシャマルに一応礼を告げて電話を切ろうとしたが、それを遮られる。 『そうだった、お前いま家の中か?』 「ん? そうだけど」 『じゃあさっさと荷物まとめてその部屋出たほうがいいかもな。暴れん坊主が来るまですっかり忘れてたが、部屋にそこの住所書いてるメモ置いてたんだよ』 「はあっ!?」 思わぬ爆弾発言を耳にして綱吉がぎょっとする。 「何でそれを早く言わないんだよ! 雲雀さんにここが知られた可能性があるってこと?!」 『んなこと言ったって、忘れてたもんはしょーがねーだろ』 「ちなみに…雲雀さんがシャマルのとこに行ったのっていつ…?」 『確か、マリーちゃんに会う前だったから昨夜の九時ごろだな』 いやー、これがまた情熱的な子でおじさん張り切っちゃったと上機嫌に話すシャマルに絶句する。綱吉は携帯電話を持ったまま洗面所まで走って、置いていた腕時計を確認する。長針が十の位置を指している。ちょうど午後十時を回ったところだった。 「……シャマル。今どこにいる?」 『あ? 鈴々(リンリン)ちゃんの家だけど』 「誰だよリンリンちゃんって! っていうかそんなの興味ないよ!! 今いる場所って聞かれたら普通場所答えるだろ! 地名!!」 『いきなり怒鳴るなってぇの! 耳が馬鹿になっちまうだろーが!!』 「シャマル!」 『〜〜っ香港だ! 中国だよ中国!』 告げられた場所のあまりの近さに綱吉は額を押さえた。 「香港って……。それって、さぁ。オレの勘違いじゃなければ半日あれば日本に来れるよ、ね?」 おそるおそる問いかけると、無言になる。綱吉は鏡に映った自分の顔がどんどん青くなっていくのを黙ってみていた。 『……まあ、頑張れ!』 「ふざけんなー!!」 そう言って無残にもブツリと切られた電話に怒鳴る。 しかし相手とはもうすでに切れた後だったので、綱吉はこうしている場合じゃないと急いで外出着に着替えようとする。その前に濡れたままの髪をわしゃわしゃと乱暴にぬぐってドライヤーで乾かした。 急いで部屋に戻って、買ったまま床に放置していた紙袋を漁る。変装のために買った女性用の濃い色のスキニージーンズを履いて艶を消した革の赤いベルトを締める。店を出るときすべてタグを外してもらったのが幸いして、着るだけですんだ。茶色い長袖のインナーの上からクリーム色のセーターをかぶる。ぶかぶかなので身体のラインが出にくいので購入したのだった。 立ったまま靴下を履いて車の鍵を取って外に出る。車を動かすにはエンジンを温めなければいけない。クリーム色のコートを羽織りブーツをつっかけて外に飛び出る。シャマルの用意した部屋は三階建てのマンションの最上階だったのでエレベーターで降りたほうが早かったのだが、肝心のエレベーターは綱吉がボタンを押す直前に矢印を下に一階に向かってしまった。 「あーっ!」 こうなったら階段しかない。面倒だが今は一刻を争うので綱吉は迷わず階段を使うことにした。店員さんの勧めを断ってヒールのない靴にして良かったと心の底から綱吉は思った。 駐車場に着いて車の鍵を開けた。エンジンをかけてすぐ踵を返す。とりあえず持ち物は財布と携帯電話さえあればなんとかなるだろう。自分がここにいたという証拠だけは残さないようにしないと、と綱吉はまた階段をかけ上がった。 息せき切って部屋に戻り、扉を開けて中に入った瞬間息を呑んだ。 「ひ、雲雀さん……?」 そこには、綱吉のよく知った人物が靴を履いたまま室内に立っていた。 ふわりと艶のある髪を揺らして、黒いコートを着た雲雀が綱吉を振り返った。 「やあ。捜したよ、沢田綱吉」 >>続く |