すっかり春めいたとはいえ、まだ冬の抜けきらぬ夜明け前である。雲雀恭弥は日が昇っていないにも関わらず、直通の電話をかけてきた相手に不機嫌をあらわにした。
 肌寒さはないが、障子越しにまだ日の光も顔を出さない時分だった。
「ちゃおっス雲雀。元気でやってるか?」
「どこの礼儀知らずかと思えば、君かい。赤ん坊」
 雲雀は横になっていたせいで肌蹴た着物を直しながら、ふぁ、とひとつあくびをする。上半身を起こしたせいで、冷たい空気に直に触れる首筋が寒い。
「朝早くに悪いな」
「悪いと思うならかけてこないでよ。こっちはまだ日も昇ってないんだ」
 光源のない室内は暗い。その中にありながら、特に明かりをつけようともせず眉をしかめて言った。
「相変わらずガキみてーなことを言いやがる」
「前置きはいい。用件は?」
 くつくつと笑う電話越しの相手に、雲雀は話を促した。おもしろい話ならもう少しかけてくる時間を考える相手だ。
 だからこれはきっと、雲雀の考えるおもしろい話ではないのだろう。
「急ぎの用だ。どっかのバカのせいでこんな時間にお前に話をつけなきゃならなくなった」
「それで?」
「ボンゴレ十代目が紙切れ一つ残して行方不明だ」
「行方不明?」
 案の定、面白くもなんともない話にあくびを漏らした。リボーンは余裕のある声音で電話をかけてきているが、状況は切羽詰っているのだろう。どことなくピリピリとしたものが声に混じっている。
「あのダメツナ、獄寺や山本にも一切何も言わずに消えやがった」
「逃げたんじゃないの」
 彼、群れを継ぐことを嫌がっていたじゃないか、と言う雲雀に間髪入れずに返事が来る。
「いや、それはねーな」
 リボーンはやけにきっぱりとした口調で否定した。
「メモ切れにはしらばく留守にするようなことは書いてるが、どこに何しに行ったのかまでは当然ながら書いてねぇ。ダメツナのくせに、獄寺がオレに連絡を寄越すまでの間ですっかり隠れたつもりになってやがる」
「ふぅん。それで? 赤ん坊は僕に何をさせたいの?」
 雲雀は唇をつり上げた。声に笑みが混じる。
「話が早くて助かるぞ、雲雀。あのバカをオレの前まで連れて来い」
「それは命令?」
「いいや? お前にだから頼んでるのさ」
 一匹狼を口説き落とす甘い言葉だ。甘ったるい砂糖だらけの媚ではない。
「君に頼まれるのも悪くは無いけれど、この貸しは高くつくよ」
「ま、仕方ねーな。頼んだゾ、雲の守護者」
 話終えると互いに通話を切る。雲雀は畳の上に携帯電話をぽいっと落として、またしても寝床に横になった。自らの体温で温まったその布団は、いっそ出るのが惜しいほどぬくぬくとして気持ち良い。日が昇るにはもう少し時間がかかるので、雲雀はそのままもう一眠りすることにした。
――沢田綱吉。
 雲雀にとってこの人間は、おもしろくもあり、本気で咬み殺したい相手でもある。興味を引く、という意味ではどちらも当てはまった。
 まだ学生服を羽織っていた頃から何かと接点の多い後輩。今は並盛を離れ、異国でマフィアのボスを継いでいるという。たまに会うこともあるが、あの男はいつでも雲雀の嫌う群れの中にあった。
 雲雀もその群れの中に入っているらしいが、いつだって冗談ではないと思う。
あんな群れに組み込まれるくらいなら、いっそ指輪など捨ててしまえばいい。彼が大事にしているものなど、雲雀にとってはそれほどの価値でしかない。指輪に込められた意味やしがらみなど知らないからこそ出来ることなのかもしれないが、そんなものを後生大事に守って何になるというのだ。
 それを言うと、沢田綱吉は癪に障る笑みを浮かべて言うのが常だった。
『雲雀さんらしいです』
 その潔さがいっそ、うらやましい。
 そのたびにそんなことは当たり前だと思うが、あまりに馬鹿馬鹿しいので言ったことはない。雲雀が雲雀らしくあるのは、それは当然のことなのだ。
 最後に会ったのは慣れ親しんだ並盛でも、日差しが鬱陶しいイタリアでもない。それがどこか、雲雀は思い出すのを止めた。
 捜せと言われたからには捜さなければならない。引き受けた仕事はあまり興味の出る内容ではなかったが、これを担保にして赤ん坊と戦えるとなれば話は別だ。運が良ければ、沢田綱吉も咬み殺すことが出来るかもしれない。
「面白いじゃないか」
 雲雀をわくわくさせる人間が二人、鬼ごっこをする。片方は逃げて、もう片方は捕まえる。雲雀は頼まれたので鬼を捕まえるほうだ。リボーンはきっと、彼を本気で捕まえにかかるのだろう。
 久しぶりに楽しめそうな事態に、雲雀は満足げに笑う。日が昇る間、布団の中でぬくぬくと過ごしたその後は、遮るものさえ薙ぎ倒し、沢田綱吉を捕まえるだろう。













>>続く