いっそ星空とは無縁の夜だった。月は雲に隠れ、空気は湿っている。潮風が妙に生ぬるい。嵐を呼ぶような、どことなく嫌な風が吹く夜だった。
「…そろそろ、か」
 沢田綱吉は腰を低くした体勢のまま呟いた。腕時計の秒針の音でさえ大きく聞こえるほど、周囲は静まり返っている。
 部下から綱吉に麻薬取引の一報が届けられたのは一月ほど前のことだった。ボンゴレの縄張りにおいて、禁止している麻薬の取引をするなどずいぶん舐めた真似をしてくれるものだ、と聞いた瞬間いっそ感心した綱吉だったが笑って静観している訳にもいくまい。
 薬嫌いで有名なボスのシマでそんな大それたことをする馬鹿は、綱吉の親交のある組織の中にはいない。もしいたとしても、それはボンゴレに対する明確な裏切りであり敵対行為だ。オメルタを破って、隠れて甘い汁を吸っている人間がいる。
 綱吉は聖人君子ではない。暴力を生業とした職業のボスだ。きれい事は言える立場ではない。
 それでも、綱吉は薬が嫌いだ。あんな少量の粉でも、一度手をつけたらもうそれ無しでは生活できなくなる。依存してしまうということの恐ろしさをこの世界に足を踏み入れるまで知らなかった。
 薬が切れて叫びだし、家族や自分のことさえ分からなくなるような姿は見ていて胸が騒ぐ。自己責任といえば体面を保てるのだろうか、結局一人握りの人間しか私腹を肥やせないのだ。あんなものを売って、莫大な利益を受け取る人間がこの世界にはいる。
(あぁ、また獄寺君と山本に心配されちゃうな)
 そんな連中を例えきれい事だと言われたって見過ごせるわけもなく、綱吉は早々に手を打った。取引の日取りと場所の情報を手に入れ、証拠を手に入れたと同時にそこを叩く。後ろにいる人間を炙り出して根を絶たねば、また同じことが起こる。
「にしても、こんなとこでやるってのはなぁ…」
 港の倉庫外が取引に使われるなど映画の中だけだと思っていたが、案外そうでもないらしい。綱吉はコートの襟を立てた中でぼやいた。使われていない民家や不法営業のバーなど、もっといくらでもあるだろうに。
「ボス。来ました、奴等です」
「ああ、分かった。アレッシオとベルナードはもう配置についてる?」
「ええ。いつでも行けますよ」
 注意深く暗闇に目を光らせていると、後ろに控えていた部下が囁いた。綱吉がボスになる前からいる、ベテランの構成員。綱吉よりよほど場慣れした屈強な部下に、綱吉は頷きを返してそのまま待機させる。
 暗い倉庫の中、それよりも濃い影が複数動いた。灯りをつけたその顔ぶれは、綱吉には見覚えのないものだ。
「ジェラルド、見覚えはありますか?」
 敬語のまま尋ねた綱吉に、慣れた様子で部下が目を凝らした。
「いいえ。どれも見たことがありませんね」
 九代目の頃からボンゴレを支えていた男が首を振る。綱吉はまたしても頷いて様子を伺う。灯りの下で唇が動く。綱吉はそれをじっと見つめる。
 銀と黒のアタッシュケースを手にしている男たちは、倒れていた空のドラム缶を立ててその上にケースを置いた。
「あれか」
「おそらく。突撃しますか?」
 綱吉は部下の言葉に答えず、目の前で取引をしている男たちを見ていた。
 黒いケースいっぱいに詰められているのは、白い粉だ。買い手の男が袋を一つ破って粉を舐める。にやりとして、銀のケースを開いてみせる。
「大金だ」
「やだねぇ。世の中不景気だっていうのに、持ってる奴は持ってるもんだ」
 ひゅう、と口笛を横に立つ部下が口笛を吹いた。ケースには札束がぎっしりと詰め込まれていた。ユーロではない。ドル紙幣でのやり取りだ。ざっと見ただけで百万ドルはありそうだ。
 綱吉はそれを見て立ち上がった。湿った風がばたばたとコートを揺らしたが、気にせずに綱吉は錆びた扉の前に立つ。憂鬱な気持ちを静めて言った。
「証拠は押さえた。行きます」
「了解、ボス」
 短くそう告げると、部下は無線に向かって怒鳴った。綱吉が扉を蹴り開ける。
「なんだ!?」
「くそ! ボンゴレだ!!」
 蹴り開けた扉が音を立てて壁にぶつかった。その音は、蹴った本人も思わず驚いてしまうほど煩かったが、顔には出さない。すぐに手近な物陰に身を隠した。その瞬間、中と外両方から爆竹が爆ぜたような音が立て続けて鳴り始める。
「ほんとに……こういうのってオレのキャラじゃないんじゃないっ!?」
 機関銃の連続音に、綱吉は思わず嘆いた。こういうとき、なんて場違いな場所にいるのかとつくづく実感する。ボスになって数年、こういう場面には未だ慣れない。
 悲鳴や怒号が飛び交う中、ボンゴレの構成員が次々に倉庫に入っていく。綱吉は銃弾の雨が止んだ早々、物陰から身を起こした。綱吉は倉庫の中、部下たちに取り押さえられた売人たちの下へ走る。
 近づいてくるボスに気づいたのか、売人を縄で縛っていたベルナードがにかりと白い歯を覗かせた。顎の髭をおしゃれに生やし、黒いスーツを綱吉よりよほど上手に着こなす部下だ。
「制圧完了しました」
「ありがとう。怪我は?」
「かすり傷一つありません」
 良かった、と綱吉は頷いて、他の面々を見渡す。倉庫の中にいた連中は、一人も欠けずに床に這い蹲っている。
「こんな呆気ないんじゃあわざわざボスが出てくるまでもありませんでしたね」
「そうでもないよ。この連中がどういう目的でこの場所で、わざわざボンゴレの縄張りで動いていたのか聞かなくちゃいけないから」
 ベルナードに蹴られた男の表情を見て、綱吉は眉を寄せた。腕と足を後ろで括られ、取り押さえられた際に殴られたのだろう、唇の端から血を流しているその男。
「あんたが、ボンゴレ十代目か……?」
「そうだ」
 撃たれた右足から血を流し、倒れたまま尋ねてくる男に声を低めて頷いた。その様を、男が嗤う。
「まさかボンゴレ十代目ともあろう方が、こんな小さな、少女のような顔をした男だとは」
「口の利き方に気をつけろ」
 汚れた綿のシャツを着て、綱吉を見上げる男。侮辱はすでに綱吉にとっては聞き飽きた類の言葉だったが、横で聞いていたベルナードが男の頬を殴った。主を侮辱されて憤る部下を抑え、綱吉は男に尋ねた。
「あんた達は一体誰に、これを、ココで、売りさばくように言われたんだ?」
 白い袋を無造作に掴んで目の前にかざす。
「精度は低いが、悪くない。街の不良が捌ききれるほどの量じゃないな」
 粉を小指につけて舐め、すぐに吐き出した部下が綱吉に報告する。
 男は口に溜まった血が混じった唾を地面に吐き出し、にやりと笑ったが喋る気は無いようだった。
「目的は単に金を稼ぐことだけか? ボンゴレが薬の取引を禁止していることは知っているな」
 綱吉は淡々と、ボスに相応しいやり方で質問する。家庭教師に叩き込まれたことがこうして身についているのが何とも複雑だ。
 最後の問いに、男はイエス、わが主と皮肉ったように頷いた。あからさまな挑発にも乗ることなく、綱吉は問いを重ねる。
「目的は何だ?」
 あらかたの仕事を終え、綱吉の下にジェラルドがやってくる。ベルナードに取り押さえられながらも、無言を貫く男の前でしゃがみこみ、ちらりと綱吉を見上げた。どうしますか、と声を出さずに聞く深い青の瞳に、綱吉は瞼を伏せた。
「……ボス」
 指示を、と言葉にする部下に憂鬱になる。つくづくこの仕事が嫌いだと思いながら、綱吉は男に同じ問いをした。最後の質問だ。応えなければ、その身を苛む痛苦が待っている。
「目的は?」
「……ボンゴレ十代目は、花を愛でることがあるか?」
「花?」
 真意の見えない問いに、綱吉だけでなく部下二人も眉を寄せた。生憎ながら、綱吉には花を愛でるような趣味はなかった。男は三人に胡乱げに見下ろされながらも、気にせずひび割れた声で続ける。殴られた際に切れた唇から血が流れていた。
「それを、枯らすことなく綺麗なままでいて欲しいと願うことはあるか?」
「……いや」
「こいつ、薬のやり過ぎて頭がおかしくなってるんじゃないですか」
 ベルナードが顔をしかめる。そうかもしれない、と綱吉も思うが、男には酩酊した様子もなく、言葉もはっきりしている。薬に酔っての妄言ではなさそうだった。
「花は枯れる。いつかは枯れる」
「生きているからな」
 ジェラルドが当たり前のことだと言う。男は言葉を発したジェラルドを見て嗤った。
「そうだ。どんなに美しく、可憐な、気高い大輪でさえも、手折られれば萎れ、枯れる」
「……そうだとしても。枯れる花は種を蒔くだろう」
 血を流して顔を白くさせる男に綱吉は言う。戯言だと切り捨てるのは容易いが、真意が見えない上、何か、嫌なものを感じる。男の言葉はもはや正気とは思えない。よどんだ瞳が綱吉から離れない。嘆くように呻いた。
「蒔かないんだ。その花はそう、世界にたった一つしかない貴重な原種。薄汚い手のひらで触って良いようなものじゃない」
「よく分からないが、その話と今回の件が一体どう関係あるって言うんだ?」
「関係あるさ」
 どこか恍惚と喋っていた男は綱吉を見上げて笑った。ぞくりと背筋が寒くなる。
「手折られちゃいけないのは、あんただよ。ボンゴレ十代目」
「ぐ…ッ!」
「ベルナード!?」
 男は突然しゃがみこんでいたベルナードの足に噛みつき、気を取られたジェラルドの顎を靴底で蹴り上げた。
「ジェラルドっ!」
 地面に倒れこんだジェラルドと同時に、ベルナードが男を蹴り飛ばそうと足を振り上げる。男はそれを間一髪で、地面に転がることで避けた。
「大丈夫か!?」
「ええ、大したことありません!」
 綱吉が叫ぶと同時、仕込んでいたナイフで両腕の縄を切った男が、倒れたジェラルドの首筋にナイフを突きつけた。
「何の真似だ。そんな事をしても、無駄だ」
「どうかな」
 部下を盾にされる失態に綱吉は内心舌打ちをする。無表情の下、綱吉の背を汗が伝った。首筋に鋭い先端が押し付けられているのを息を呑んで見守る。
「気をつけな、ボンゴレ。あんたを手折ろうとしている奴がいる」
「それは、忠告か?」
「ああ。最大限のな」
 男がそう呟いた瞬間、硝子の割れる音がして綱吉たちは急いで振り返った。
「くそっ! 囲まれたっ!!」
「罠だったのか!?」
 銃弾が雨のように降りしきる中、綱吉は咄嗟に近くの廃材の後ろに飛び込み身を伏せた。ベルナードが綱吉をかばう様にその上に伏せる。
「オレたちを誘き寄せる罠だったのかっ……!」
「ボス、ここは俺たちが引き受けます! あなたは早くここから避難してください!」
「!? そんなことは出来ない!」
 自動拳銃を片手にし、ベルナードは発砲してくる方向に向かって引き金を引く。綱吉は思わず顔を歪めた。やすやすと敵の罠に嵌った上、部下まで危険な目にあわせている。なんて失態だと舌打ちした。
「敵の数と目的が分からない以上、あなたをこのままでいさせる事は出来ませんッ! 向こうの狙いはきっと貴方にある!!」
 頭の上を銃弾が飛び交う。その下でベルナードは綱吉に向かって怒鳴った。
「援護します! 早く!」
 唇を噛み締める。ボンゴレの名は綱吉の想像以上に重い。その重みに、いつかきっと潰されてしまうかもしれない恐怖に蓋をして綱吉は立ち上がった。
 ざっと見積もっても敵は綱吉たち以上、窓は銃を持った人間たちに囲まれている。綱吉が入ってきた扉にも男が構えている。
 ベルナードはその男に向かって発砲する。狙いは逸れることなく男の胸に赤い華を咲かせた。倒れたのを確認してすぐ腕を取られた。
「ボス! 早く!」
「ちくしょうっ!」
 綱吉はベルナードに庇われながら扉に向かって走った。銃弾が飛んでくる。部下が中に残っているというのに振り返ることさえ出来ない。いくら綱吉が敵を倒そうとも、数が多すぎる。慣れない動作で拳銃を取り出し、綱吉は引き金を引いた。
「ぐあっ!?」
「っ!? ベルナー……!」
「いいからっ! 走ってください!!」
 低い呻きが背後から聞こえ、綱吉は思わず振り返ろうとするも止まらぬよう叫ばれる。悔しさで滲む視界に、泣くなと己を戒めて綱吉は扉に向かって走った。
 扉を抜けて外に出る。暗い視界、荒い呼吸のままの綱吉の先に誰かが立っている。綱吉が前を睨むと、相手は微かに笑ったようだった。
「こんばんは。いい月夜ですね」
「生憎、月を愛でる趣味はオレにはない」
「それは残念です」
 綱吉は男に照準を合わせたまま低い声音で吐き捨てる。酷薄さを滲ませた男の声がさほど残念でもなさそうに呟いた。どこかで聞き覚えのある声だったが、思い出せない。
「今回のこれは、あんたが首謀者か?」
 綱吉は自分の記憶力の悪さを心底呪いたくなりつつ、男に尋ねた。引き金には指がかかっている。力を入れれば火を吹くそれを目の前にしても、黒い影はうろたえた様子も見せなかった。
「新興マフィアか? ボンゴレのシマで随分派手にやらかしてくれたな」
「覚えていらっしゃらないのですか、私を」
 そう言って、綱吉に近づいてくる男の姿に綱吉は瞠目した。
「あ、なたは……」
「お久しぶりです、ボンゴレ]世」
 一度、獄寺と山本を伴った会合の席で目にしたことのある男がそこに立っていた。こくりと唾を呑み込んで、綱吉が呻いた。
「オメルタを破ればどうなるかなんてこと、あなたならよく知っているはずだ」
「もちろん知っています。この世界には貴方よりよほど長くいるものですから」
 盟約を結んだファミリーのボスが、綱吉を裏切って目の前に立っている。月を背にして立っていた男は、ちら、と綱吉の背後を見た。倉庫の中は未だ銃撃が止んでいない。部下たちが生きている、それを背にしながら綱吉は男に銃口を合わせている。
「どうしますか?」
「どうする、とは?」
「貴方が大人しく、私の言うことを聞いてくださればあの中の誰一人死ぬことはないでしょう」
「脅迫ですか? 馬鹿馬鹿しい」
 綱吉が吐き捨てると、男は首を振った。まるで貴族を相手にしているかのように、身のこなしがいちいち優雅な男だった。
「お願いをしているのです」
「お願い? これが? 笑えない冗談は止して下さい」
 綱吉の呻きに、イヴァンは仕立てのいいコートのポケットから手を出した。白い手袋をはめた手のひらの中に、何かを握っている様子だった。
「これをあなたに。私からの贈り物です」
「毒ですか。随分と悪趣味な贈り物だ」
 とぷりと小瓶の中に揺れる液体を見て、綱吉は顔を顰めた。止まない銃声に、心が折れそうになる。
 いいえ、いいえボンゴレ]世、それは毒ではありません、と、まるで詩を読み上げているかのように、男は場違いな声で告げた。小瓶を綱吉に向かって放り投げる。
「それを飲めば、私たちは大人しくこの場を引きましょう」
「くだらない。そんなことを本当にすると思うんですか」
「しますよ。慈悲深き貴方なら」
 綱吉の弱い部分を突く言葉。この世界は裏切りの世界だ。分かっていた事が、今こんなにも綱吉を苦しめる。心が擦り切れそうになるのに、逃げるわけにもいかない現実がある。
「毒ではありません。決して、貴方を悪いようにはしない」
「信じろというのですか、この場で。我々に銃を突きつける貴方を?」
 信じたいさ、信じれるものなら。綱吉は相手を見据えた。
「私が言ったことをお忘れですか」
 男は綱吉に一歩近づいた。風に揺れる髪の毛はやわらかく、長い。綱吉よりも五歳ほど年上のその男は、敬虔な信者のような瞳で綱吉をただひたすらに見た。
「私はボンゴレを害する気持ちはあっても、沢田綱吉を害する気持ちは持っていないのです」
「オレはボンゴレ十代目です」
 綱吉は男の言葉を切り捨てた。潰そうと思っている組織、脈々と受け継がれる業を知る。ボス、と、慕ってくれる部下の声を聞く。立ち居地に迷う。
「どうしますか。飲まないと大事な部下が死ぬ。ただそれだけのことです」
「っ、あんたは卑怯者だ!」
 綱吉が選べないと分かっていて、口にする。綱吉は片手の中にある小瓶を見下ろした。飲めば何があるかは分からない。どう頑張っても、毒じゃないという証拠はどこにもなかった。ちくしょう、とまた毒づいた。飲んだところで死ぬかどうかは分からない。けれど、綱吉が飲まなければ、確実に部下は死ぬ。
「貴方がそれを飲んで死ぬことは、ない」
 男の言葉に、綱吉は覚悟を決める。飲んだところで部下が助かる保障などどこにもないのに、綱吉は小瓶の蓋を開けた。
「イヴァン、さん。オレは、ボンゴレを害し部下を傷つけた貴方を許すことは出来ません」
「はい」
「許しま、せん」
 何の権限があって許さぬと告げるのか、綱吉は自嘲する。許さないでください、と言う、イヴァンの声を耳にしながら綱吉は液体を煽った。焼けるような熱が喉を通る。度数の高い酒を薄めず飲み込んだような感じがしたが、身体にはまだ何の変化もない。小瓶を投げ捨てて綱吉は叫んだ。
「貴方の言うとおりにした! 部下を解放しろっ!!」
 イヴァンは綱吉の言うとおり、無線に向かって銃撃を止めるように指示をした。綱吉の見ている前で銃撃が止む。警戒しながらも、綱吉はイヴァンをそこに残しながら倉庫の中に駆け込んだ。鼓動が早く、早くと脈打つ。誰も死んでいないといい。本当は誰の血だって、見たくはないのだから。
「みんなっ!! 生きてますかっ!?」
「ボスっ!? 逃げたんじゃなかったのか!!」
「無事で良かった!」
「あたりまえだよばかやろう!」
 驚愕に目を見開いた部下たちの無事な姿に、綱吉はへたり込んでしまいそうになりながらも走る。安堵に胸がじわりとする。腕を撃たれているベルナードと、肩から血を流しているジェラルドたちに駆け寄って傷の具合を確かめる。
「動けますか?」
「なに、ほんのかすり傷です」
「ボスこそよくご無事で」
「貴方に何かあったら、俺達は獄寺さん達に殺されてしまうところだった」
 綱吉はそれに曖昧に笑い、他の部下たちの様子を確認した。早く、一刻も早くこの場から撤退しなければならない。己の身に液体が出来るだけ吸収される前に、早く。綱吉は叫んだ。手遅れになる、その前に。
「敵の正体は分かりました。ですが今は、いったん引きます!」
 体勢を立て直したら、きっと。綱吉が望むよりも早く、この場にいた人間たちは裏切り者に復讐するだろう。
――裏切りに者は死を。
オメルタを破る者は見せしめに酷い拷問を受けて殺される末路にある。
「撤退を!」
 あの男は、一体綱吉に何を望んであんなことをしたのか。分からないことは多い、だが、今はそれを考えるよりも先にやることがある。綱吉はそれのみを考えることに集中して、部下と共に倉庫を後にした。












>>続く