むかしむかし、とある小さな国に恭弥という少年が住んでいました。
 墨のように染め抜かれた艶のある黒髪は、さらさらとしていながらも柔らかく、きりりとした双眸は黒い真珠を嵌め込んだように煌きます。吹き出物など縁の無いすべらかな肌に、バランスよく配置された薄い唇。その姿を一度でも見た者ならば、その脳裏に焼きついて離れぬほど彼はとても、それはもう美しい少年だったのです。
 恭弥は小さいときに母親を亡くしたわけでもなく、両親はいまだに病気をせずぴんぴんと健やかに生きていました。息子の恭弥が間に入るのも馬鹿馬鹿しくなるほどのおしどり夫婦です。そんな夫婦の間に生まれた恭弥は、何をどう間違ってしまったのかと父親が頭を抱えるほど凶暴な男の子でした。
 彼は群れるのがたいそう嫌いという気質の上、難しい年頃の少年だったので、家族水入らず、仲良く暮らすというということは残念ながら出来ませんでした。男の子が生まれたら一緒に仲良くキャッチボールをするんだ、と目を輝かせていた父親の姿を彼は知るすべもありません。なので彼は今日も元気に、健やかに群れを咬み殺すのです。
 さて、そんな思春期真っ只中の恭弥少年には同い年の双子の弟がいます。生まれる前から一緒に育った実の兄弟ですが、ひとたび顔を見れば血みどろの殺し合いに発展するくらい、兄弟仲は最悪といっていいほど悪かったのです。
 あまりにも喧嘩ばかりしているので、怒った母親にこれ以上家を壊さないでちょうだい!と、別宅に二人そろって移されてしまったのでさぁ大変。顔を合わせればどちらからともなく愛用の武器を出し、
「消えなよ」
「君こそ死んでください」
 などと言ってはお互い満身創痍になる程の喧嘩をしていました。引っ越した当初などまるで嵐が通った後のように屋敷が荒んでいましたが、今はもうお互いに顔を見るのも会話をするのも嫌なので視界に入れようともしません。屋敷を壊すたび起こった母親に雷を落とされるのも、矜持の高い彼らには我慢なりませんでした。
 その姿を見て、使用人は皆一様に大人になったなぁと思うのですが、決して口には出しません。
 そんな壊滅的に仲が悪い双子は、近所でもちょっとした有名人です。恭弥が一歩外に出ると、今まで旦那の愚痴で盛り上がっていた主婦も仲良く談笑していた乙女も、さっと口を閉じてお互いに距離をとります。みんな、間違っても恭弥と視線を合わせようとはしませんでした。合ってしまったらそれこそ、「何見てるんだい? 咬み殺すよ」と言われてトンファーの餌食になってしまうからです。
 まったくもって恭弥の理不尽な暴力を受ける近所の人たちは可哀相でしたが、逆らって酷い目にあいたくないのでみんな黙って耐えているのでした。
「舞踏会? 武闘会じゃなくて?」
 そんな悪い意味で有名人の恭弥の下に、王宮から一通の招待状が届きました。王家のシンボルマークが焼き印された立派な招待状には、きちんと恭弥の名前が書かれています。
 恭弥は不思議に思いながらその手紙を受け取りました。
「何それ。王族だかなんだか知らないけど、僕に群れろというつもり?」
 恭弥はお付きの草壁に手渡された招待状に目を通すと、その場ですぐさまびりびりと破いてしまいました。あっけなく紙吹雪になってしまった残骸を掃除するのはもちろん草壁ですが、恭弥には関係ありません。
 恭弥にとって、弱い草食動物の群れに組み込まれるなど不愉快極まりないことでしたので、この件に何のかかわりも無い草壁をただ近くにいたからという理由で咬み殺してしまいました。
「今…年、跡継ぎの王子が、十四になられるということなので、そのお披露目が目的ではないか、と……」
 しかし伊達に長いこと恭弥のお付をしているわけじゃありません。草壁はぼろ雑巾のようになりながらもきちんと補足を入れました。恭弥だけではなく、国中の(ナミモリはとても小さな国なのです)若い女性に招待状が送られたことを伝えました。
 なぜ若い女性ではない、れっきとした男の子である恭弥に招待状が届いたのかといいますと、出生届を出した父親が間違って女性の欄に記入して受理されてしまったという、いっそ冗談のような本当の話なのでした。なんともうっかりな間違いのせいで、世間には女性として扱われることになった双子は、ある意味とても不幸な少年でした。
 そんなアホみたいな理由で女性として生活するだなんて、人一倍自尊心の高い恭弥たちに我慢できるものではありません。真相を聞いた瞬間、手近なものを武器にして二人同時に父親に襲いかかりました。後にも先にも双子が協力するなどあれが最後のことでしょう。恭弥たちがまだ五才になったばかりのことです。
「跡継ぎね……。それに会って色々と話しつけるのも悪くないかな」
 恐れ多くも王子様をそれ呼ばわりする恭弥の頭に、とても物騒な内容の企みが思い浮かびましたが、あまりにも恐ろしい内容なので口が裂けても言えません。恭弥は口より先に手と足が出るタイプでしたが、だからといって頭が悪いわけではないのです。むしろ、頭の回転は弟と同じくらい良いので口喧嘩でも決着がつきません。まったくもってお近づきになりたくないタイプの少年です。
「それでは、参加されるのですか……?」
「僕は群れるつもりは無い」
 参加するもなにも、すでに招待状を破り捨てて紙吹雪にしてしまった後です。恭弥は草壁の言葉を一刀両断しました。
 王子だろうが王様だろうが、あとでいくらでも会うことが出来るだろうと恭弥は思案しました。彼にかかれば王宮の王室親衛隊なんてちょちょいのちょい、お茶の子さいさいなのです。彼の行く手を阻むものは、たとえ誰であろうとトンファーで血祭りにされるのが常なのです。王様であろうが王子様だろうが関係ありませんでした。
「寝る。何かあれば起こして」
 それきり話は終わったとばかりにあくびをして、横になって昼寝を始めた主に草壁は息を殺して心得たように退出しました。
 舞踏会まで、あと十日です。









>>続く




 決選世界迷惑劇場の始まり始まり