久しぶりにS級の割のいい仕事が舞い込んだことにマーモンは張り切って仕事に出かけた。ひと仕事を終え、給料も予定通り口座に振り込まれるだろう。マーモンはほくほくとしながら預金通帳を見ていた。この数字が変わる瞬間というのが、何にもましてマーモンが好きなことだった。 「お前、またそんなもん見てんのかよ」 がめついヤツ、と同じくひと仕事を終えたベルフェゴールが通帳を見て笑みを浮かべるマーモンを馬鹿にする。頬や指先を返り血で真っ赤に染めた血狂いの王子様は、出来た血だまりの海に笑みを浮かべて立っている。宵闇の中、きらきらと輝くティアラが場違いだった。 「がめつくて結構。むしろ本望だね」 マーモンは通帳をごそごそと真っ黒な隊服の中に大事にしまいこんで、にやにやと血に濡れたナイフを弄っている同僚に背を向けた。仕事を終えたらもうこんなところに用はない。根っからの殺人狂なベルフェゴールと違って、マーモンは金にならないものには興味がなかった。執着さえしない。 「どこ行くんだよ」 「お腹がすいたからどこか安いところに食べに行くんだ」 そう言って、フッと姿を消した同僚に、ベルフェゴールはつまんね、と興醒めしたようにナイフを弄んだ。鋭い切っ先からはどろりとした血が滴っている。ベルフェゴール以外生きている物の気配はそこにはない。 「オレも帰って寝−よお」 グシャっ、とすでに事切れて倒れていた身体を鉄板の仕込んだブーツの底で踏み潰して、ベルフェゴールはホテルに帰った。返り血を被った隊服は漆黒だったので、闇に紛れてしまえば一般人が彼を見つける事は不可能だった。 「ムム、もう少しか」 彼らは悪名高い暗殺集団である。名前をヴァリアーと言う。一般人には何ソレ、なんかのバンドの人か何か? と誤解されるような見た目にもとても派手な集団だったが、その道に詳しい、知っている人間にはそれこそ悪魔のように恐ろしい集団だった。 そんな悪魔の名前の一端を授かるマーモンは、見知らぬ土地で遅まきの夕食を取ろうと店を探していた。お得意の念写で、ホテルに備え付けてあったものを勝手に取ったトイレットペーバーには、鼻水で何やら地図が描かれている。 マーモンは地図に導かれるように闇夜を一人歩いて、目的地にたどり着く。 「いらっしゃいませー」 「まだ開いているかい?」 ぼんやりとしたオレンジの照明が窓越しにやわらかな光を放っていた。店自体は新しいどころか、築五十年以上は経っているような古い店だったが、きちんと手入れはされているようだった。マーモンは客が誰一人いない店内に足を踏み入れた。壁にかかった古時計は、すでに十二時を五分ほど過ぎていた。 「片付けてたとこだけどまだ、大丈夫です、よ……って、きみ、一人?」 奥から出てきた背の低い童顔の男は、扉から入ってきたマーモンを見るとなしに口をぽっかりと開けた。 「えーっと、お父さんかお母さんは?」 「その辺にいるから平気だよ。とりあえずお腹がすいてるんだ。何か食べるものはない?」 ぼけっと突っ立ったままの青年に対して、マーモンは適当に言って身近な椅子に座る。綱吉は首をかしげながら壁に貼った手作りのメニューを指さした。そうしながら、まじまじと見下ろす。どう見ても、赤ん坊のようである。 「なに?」 「いや……ウウン」 見下ろされていい気分はしないが、面倒事はごめんである。マーモンは壁に貼られた紙のメニューを見上げた。店の人間の手書きなのか、なんともまあ見難い文字の下に、ご親切にも値段が書いてある。キランとフードで隠れた瞳が光る。 「えびフライ定食ひとつね」 「……はあ」 客を相手にはあ、とはこれまた何ともやる気のない。マーモンは入る店を間違えたか? と一瞬思いつつも、青年が奥に引っ込んだのでそのまま黙って椅子に座った。座って待っていると、レモンを輪切りにしたお冷が出てくる。カルキ臭さもなく、飲みやすく配慮されたそれは、母国では絶対に出ることのない無料の飲み物だ。遠慮なくいただく。 「どうぞ。ちょっと時間かかるけど……平気?」 「かまわないよ」 時計をちらりと見て心配そうに見下ろす店員に、マーモンは頷いた。 「じゃあ、待ってて」 そう言ってまた厨房に引っ込んだ男の言葉通り、十分ほど椅子で待っていると奥の方から何やら良いにおいが漂ってくる。マーモンはぎゅるる、と鳴るおなかを押さえた。 「お待ちどうさま。熱いから気をつけろよ」 四角いトレーの上にエビフライやみそ汁、白いご飯におしんこなどをつけて出されたものにマーモンは満足げな笑みを浮かべた。この値段でこのボリューム、後は味さえ良ければ言うことなしという感じだ。箸を握って、器用にエビフライをもちゃもちゃと食べるフードを被った幼子を、綱吉は感心したように見た。 こんな夜更けにすごい食欲だなー、となんともずれた考えだった。 目深にフードを被った怪しい子どもに対する評価じゃないが、綱吉の考えはいたって平凡な思考である。ほんの少しずれてはいるが。まさかこの小さなお客さんがたった今仕事で人を殺してきたとは夢にも思わない。普通の人間は、想像すらしない。 「はい」 「ム?」 「サービス。ちょっと新製品の試作品なんだけど、良かったらどうぞ」 二十分もしないうちに平らげたマーモンの前に、ガラスの器に盛られたシャーベットが現れる。見上げると、実に人の良さそうな表情の店員がへらりと笑う。 「いいの?」 訊ねつつも、手はすでにスプーンに伸びている。遠慮なくはむ、とアイスを頬張った。冷たい甘酸っぱい味が口の中に広がる。 「……どう?」 「悪くないよ」 「そっか! よかったよかった」 さっそく明日からメニュー貼っとこう、と嬉しげにする青年をマーモンは見上げる。 「いつもおまけをつけてるのかい?」 「ん? んー、まあ。そんな毎日ってほどじゃないけど。常連さんとか、ここに通ってくれてる人には何かつけてるかなぁ」 「ふーん」 「ま、今日はたまたまだけどね」 おまけとは実に良い響きだ、とマーモンは満足そうにしながらごちそうさま、と言うと、店員もおそまつさまでした、と返す。小銭できっちり代金を支払うと、キャンディーをもらった。 遅いから気をつけてお母さんたちに迎えに来てもらうんだぞ、と店の外まで送り出してくれた店員にまた来るからね、と言い残してマーモンは満足げに店を後にした。 いい場所を見つけた。 「また外にメシ食いに行くのかよ。金かかるって言ってたくせに」 ここ最近毎日外に食事に出るマーモンに、ベルフェゴールは飽き飽きしたように声をかけた。実際、ホテルで出される食事に飽きていたところだ。三食きちんと違うメニューを出されているのだが、我侭なので飽きた飽きたと騒いでうるさい。宿泊しているのは仕事用とはいえ、正真正銘王子様なベルフェゴールはもちろんスイートだ。人にかしずかれるのが当然の身分であるのに、本人はうざったいとの一言で使用人はつけない。 ただでさえ広い部屋が余っている上、ホテル代が浮くのでマーモンは勝手に部屋を使っている。 いそいそと出かけようとしたマーモンの背にベルがつまんねー、お前いつも何食ってんの? と喋りだした。しばらく仕事がないので、ご自慢のナイフは人をさばく機会もなく備え付けのクッションやソファをざくざくと切り裂いている。そのたび純白のふわふわとした羽根が部屋中に散らばるが、掃除するのは別にマーモンでも壊したベルフェゴール本人でもないので二人は特に気にしない。 「高くてマズイものを食べるより、安くて量が多くておいしいほうを選ぶね、僕なら。君みたいに馬鹿みたいにルームサービス使ったりするなんて、無駄じゃないか」 阿呆みたいにメニューをここからここまでと指して持ってこさせる様な金遣いの派手な同僚に、マーモンは呆れたように肩をすくめた。 「だってオレ王子だぜ。そんなの気にしたこともないね」 「こんなのに税金なんて払ってるバカどもには心底同情するよ」 「そんなの知らねーよ。愚民なんか興味ないし。逆らうヤツは皆殺しだからさ」 言葉通り、実際彼は自分に逆らったり自分より生意気な人間に対して容赦ないのを知っているので、マーモンは小さな肩をやれやれとすくめた。うしし、と笑いながら壁に向かってナイフを投げるベルに言い捨てて外に出ようとするマーモンの横を、ナイフが滑る。マーモンはなんなく飛んでくるナイフを避けた。振り返る。 「何するんだい?」 「ここにいてもつまんねーし、オレも行く」 すでに乗り気になっているらしいベルフェゴールに、マーモンは一瞬口ごもる。脳裏には一瞬、通い始めた居心地の良い店の幸の薄そうな店員の顔が浮かぶ。 目の前の同僚は殺人狂で、紛うことなき変態で、正直頭も行動もイッてしまっている人種だ。同僚の中でも性質の悪い、純粋に人を切り裂くのが趣味の殺人鬼である。なので、マーモンは正直、本当に珍しいことに一緒連れて行くのをためらった。 「ま、嫌って言っても行くけどね」 「……好きにしなよ」 結局、引き止めるのも面倒なのでマーモンは同行を許した。どうせなら奢らせてやろうという魂胆もある。 → NEXT |