タイムリミット
階段に腰掛け、じっとしている自分に向かって、たまにちらちらと視線を感じる。
それは殆どが気分のいいものではなかった。
しかし一番近くから常に注がれる視線は、心地よい、とまではいかなくても嫌な感じではない。
白い礼装の彼女の姿を見ずとも、自分の下からじっと見守る瞳を想像できた。
『見張ってるだけだ』とは言っていたが、
多分彼女は自分が受けるであろう複数の視線から護ってくれているのではないか、
『見張っている』のは俺ではなく、俺とキラ以外の人間、ではないのだろうか‥‥
そう感じ出すと、カガリ以外からの視線は殆ど気にならなくなった。
そしてこれからの事に思考が移る。
キラに会った。
キラと向き合った時、様々な想いを制御するのに精一杯だった。
笑っていいのか、怒るべきなのか、泣き出したいような、混乱した感情‥‥
だけど、あの夕暮れの中で見たキラは、とても穏やかに見えた。
俺に笑いかける余裕もあったように思う。
キラだって、ここまでくる間にいろいろあったに違いないのに。
それとも‥‥実はキラにも、余裕なんてなかったのだろうか‥‥
アイツは『戦いたくなんてない』と言っていた。
死にそうな目にあって、戦場ではない場所で目覚めたアイツ。
そのまま戦場に戻らない選択肢だって当然あった筈だ。
だが、キラはここにいる人達を助ける為に戻って来たのだろう、フリーダムと共に。
そして自分の友達を殺した俺に、『仕方がなかった』という言葉をかけて──俺を赦した。
俺はまだ到底そんな風には思えない。
キラにとっても、俺が殺した友達に対する想いは軽いものではないとは思う。
今までに俺が何度説得しても『仲間を守りたい』と言って一歩も譲らなかったアイツだから‥‥
でも“ひらき直り”とは少し違うだろうが、そういう心の切り替えは昔から早いヤツだった‥‥
俺と違って。
そしてこれから俺はどうするつもりなんだろう‥‥
キラを話をする為とはいえ、こんな所まで入り込んで‥‥
連合の攻撃があれだけで終わるとは到底思えない。
次に攻めてきた時、俺は共に戦うのか‥‥?この先が見えている戦いを‥‥
ふと人の気配がして目線だけちらりと動かすと、
カガリの傍にオーブの軍服を着た大きな男が立っていた。
どこかで見た事がある男だな‥‥と少し考え、すぐ思い出した。
自分がオーブに拾われた時、カガリと一緒にいた男だ。きっとあのコートも彼のものだろう。
そのまま様子を伺っていると、カガリは男に小さく頷き、こちらをちらりと見た後、
この場を離れていく。
そのうち完全に2人が視界から消えた。
もう自分を見ていた不快な視線は感じなくなっていたが、
見守るような気配も消えてしまった事で、急に少し心細くなった。
そんな自分の心情に戸惑いながら、前髪を一度くしゃりとかき上げ、
そのまま額に手を置いたまま動けなくなった。
それからしばらくして、再び人の気配がした。
閉じていた瞼を開いて顔を上げると、先ほどカガリを連れて行った男が自分を見上げて立っていた。
アスランと目が合うと男は
「ウズミ様が君に話があるそうだ。」
と呼びかけて来た。
突然の事に驚き、しかし、と考え直した。
確かにウズミ氏の立場から見て、俺をこのままにしておく筈がない──
アスランは腰をあげ、足取りも重く階段を降りた。
まだ自分の中で答えが出ていない問い掛けをされるに違いない。
男の前で立ち止まると、目線でついて来るように促され、アスランは男の横に並んで歩き出した。
「あの、先日は助けていただいてありがとございました」
ただ黙って歩いていても、重い空気に押し潰されそうだったので、
アスランはそう言って軽く頭をさげた。
「いや‥‥」
男はそう一言呟いただけだった。
「まさかオーブへ来る事になるとは思わなかったので、お借りしたコート、
置いてきてしまいました‥‥」
「別に返さなくても構わんよ。返って来るとも思ってなかったのでね。それより‥‥」
男はそう言った後、真っ直ぐ前に向いていた視線をこちらにおとした。
「そんなに緊張しなくてもいい。ウズミ様の話はすぐに終わる。あの方は忙しい‥‥特に今は」
そんなに緊張している様に見えたのか、とアスランは小さく息を吐いた。
そして思う。
確かにザフトの1兵士と長々会話する時間はないだろう。
だからこそ、わざわざ時間を割いて俺と会い話をする、その内容が気になった。
だが‥‥今気にしてもしょうがない。
もう何分も経たないうちに、ウズミ氏と向かい合っていることだろう‥‥
そう考えて気を引き締めた。
通路の角を曲がるとドアがあり、その前にカガリが首だけこちらに向けて立っていた。
アスラン達の姿を見ると、心配げに眉根を寄せた。
それからカガリは俯いて何か考えるようにじっとしていたが、
アスラン達がドアの前に到達すると、スッと顔を上げて口許に笑みをつくった。
「お前、お腹すいてるだろ?」
無理矢理作った表情と、場違いな台詞に少し拍子抜けする。
「お父様との話が終わったら食堂に行こう。さっきキラと会ってさ。
キラには食堂で待ってもらってる。もうこんな時間だし空いてるぞ」
そう一気に言って俺の顔をじっと覗き込んでくる。
「‥‥ああ」
あまりお腹は空いてなかったが、断る理由もない。
今キラと2人きりになるのは正直まだ辛いが、カガリも一緒なら‥‥
だが考えたい事が多すぎて、本音を言えば1人にしておいてほしいとも思うのだが‥‥
「それとさ」
カガリは俺を見上げる瞳に真剣な光を湛えて一言、言った。
「──これからも、よろしくな」
えっ────
カガリは俺がオーブの為に戦っていくつもりだと思ってる──?
隣にいた男がカガリに何か言いたそうに口を開いたが、結局何も言わなかった。
そして驚きで固まってしまった俺をよそに、ドアをノックする。
2・3秒おいて、中から低い威厳のある声がした。
「入りなさい」
カガリは俺の肩に手を置いて、小さな声で
「がんばれよ」
と言いながらドアの前から横に移動した。
結局カガリに何も答えられずにドアを開け、中に入った。
部屋の中は至って簡素だった。
ソファがテーブルの両側に向かい合って置いてあり、
その片方にウズミが顔をこちらに向けて座っていた。
他には何もない、それだけの部屋だった。
ドアを静かに閉め、ウズミに向き直り、最初に言おうと思っていた事を口にする。
「‥‥先日は助けていただいてありがとうございました」
そう言って深く礼をした。
「あれは、要請があったので捜索したまでの事。‥‥顔をあげてこちらに座りなさい」
その言葉に従い、姿勢を正してソファまで歩み寄り
「失礼します」
と軽く頭をさげ、腰掛けた。
ウズミはじっとこちらを見ている。何もかも見透かすような、鋭い瞳で。
強い眼差しは親子そっくりだな、と心の隅で思っていると、威圧的な声が耳に届いた。
「君はまだザフト軍に籍があるのかね?」
予想していた通りの話だと、小さく息をのむ。
「‥‥はい」
その答えを聞き、ウズミは一度瞬きをした後、こちらを直視したまま言った。
「では、出来るだけ早くここから立ち去るのがよかろう。私の話はそれだけだ」
ウズミはすっと立ち上がり、視線で退出を促された。
アスランは慌てた。
確かにその選択肢も考えてはいた。
だがもう少し考えたい、そう思っていた矢先にこの有無を言わさぬ言葉──
アスランはウズミを見つめたままソファから立ち上がれずにいると、
さらにウズミは言葉を続けた。
「ここでずっと我々と共に戦う訳にはいかぬだろう。君がプラントから受けた命は
我々を支援しろ、というものではなかろう」
「‥‥はい」
事実、全くその通りで、アスランはこう答えるしかない。アスランの視線は自ずと足元へと落ちる。
「先程の援護には感謝している。しかし君にはプラントでの立場、というものがあろう。
今回の事がお父上に知れては困るのではないか?」
アスランはその言葉に驚いて顔をあげた。再びウズミと視線がぶつかる。
俺の父の事を知っている──?
しばらく呆然としていたが、少し考えればわかる事だった。
先日救出された時に知られているのだ、自分の事は。
「‥‥もう少し考えさせていただけませんか‥‥?」
結局自分の今の迷いを正直に告げる事しかできなかった。
それで『だめだ』と言われればここを出て行くしかないが‥‥
少しの間、ウズミは鋭い目つきでアスランを見つめていたが、やがて一度目を伏せ、
再びこちらを見据えて言った。
「‥‥あまり考える時間はないぞ。連合軍はこちらの対談要請を無視し続けておる。
攻撃が再開されるのも時間の問題だ」
「‥‥はい」
「別にここで君が抜けても誰も文句は言わぬし、言わせんよ。」
そう言い足すと、ウズミは今度こそアスランに退出を求めた。
アスランも重い腰を上げ、ウズミと共にドアに向かった。
ウズミがドアを開けると、そこにはカガリが心配そうな表情で立っていた。
軍服の男の姿はなかった。
ウズミは彼女に向かって
「お前にも少し話がある。入りなさい」
そう言ってドアを開けたままの体勢でアスランを部屋の外に出し、カガリを中に誘う。
すれ違いざま、カガリは
「すぐ終わるから待ってろ。食堂に連れてってやるからな」
そうささやいた。アスランは戸惑いながらも小さく頷いた。
ウズミがドアを閉めざまにアスランの方をじっと見ていた。
『ここから抜けるつもりなら今のうちに行け』
意思の強い瞳がそんな風に言っているように思えた。
やがてドアは閉じられた。
しばらく閉じられたドアから目が離せなかった。
きっと一番利口なのは、今すぐこの場を立ち去る事だろうと思えた。
しかし足は石になったかのように動かない。
──俺は体の方が正直だな‥‥そんな自分に呆れつつドアの横にもたれて腕を組んだ。
自分の背中の後ろ側では今、この国の重要人物が話をしている。
2人がどんな会話を交わしているのか想像もつかないが‥‥彼女は知っているのだろうか。
俺の父親がプラントのトップにいる人物だという事を‥‥
知っていて俺にあんなに良くできるものだろうか‥‥
それとも全く知らない状態で、今父親から聞かされているのだろうか‥‥
知られていないといい、と思う。
彼女の父親にくらべて俺の父親は‥‥
静かにドアが開き、まずはカガリが、次いでウズミが出てきた。
慌てて壁にもたれていた体を起こし、体ごと向きを変えて2人を見ると、
カガリは俯いていて表情が見えなかった。
先ほど考えていた、イヤな予感がアスランの胸をよぎる。
ウズミの方は、逆にアスランを凝視していた。
「またすぐに戦闘になろうぞ」
そう言葉では言いながら、鋭い瞳で『結論は早めに』と言われたようだった。
そしてこちらに背を向け、2人を残して足早に立ち去った。
アスランはその背中が消えるまで目が離せなかった。
この人は明らかに自分の父とは違う‥‥
信用出来るかどうかもわからない俺に、選択権を与えてくれている‥‥
左腕をかるく擦られ、振り返るとカガリがその腕をじっと見ていた。
「‥‥もう大丈夫なようだな。‥‥良かった」
ああ、先日骨折していた腕‥‥あの時の事を思い出し、
苦い気分と
そして今、心配してもらっていたんだというくすぐったい気分が合わさって、妙な感覚に陥る。
そしてやっと顔を上げたカガリの瞳を見ると、少し潤んでいるようだった。
それに気付かれぬようにか、アスランから視線を逸らし
「‥‥食堂に行こう」
そう言って俺を置いてウズミが進んだ方とは反対側に歩き出す。
アスランもその横に並び、ついて行く。
しばらく並んで進んでいくと、ふいにカガリが口を開いた。
「‥‥お前、これからの戦闘には参加しないんだってな」
その言葉に胸の鼓動が大きく脈打つ。
何も返事が出来なくてそろそろと隣を見ると、こちらをじっと見上げる瞳とぶつかった。
その真っ直ぐな瞳を見ていられなくて、アスランはカガリの顔から視線を逸らした。
「‥‥お前は、迷ってても結局は一緒に戦ってくれるもんだと思い込んでたんだ‥‥」
カガリの発する言葉がアスランの胸に刃となって突き刺さる。
一度助けられて信用していたのに、後で裏切られたような気分でいるのだろうか、彼女は‥‥
「ごめんな」
真横から弱々しく耳に届いた一言に驚いてカガリを見ると、
今度は彼女の方がアスランから視線を逸らした。
何で彼女が謝る必要がある?そう問いたかったが、口の中がカラカラで言葉が出ない。
「私が勝手に期待しただけだ。さっき言った言葉は忘れてくれ」
さっき‥‥俺がウズミ氏と会う直前に彼女が言った言葉の事だろうか‥‥
『これからも、よろしくな』──
「お前だってプラントに家族がいるんだろ‥‥それほっぽってオーブに‥‥ってワケにはな‥‥
オーブは今連合軍と戦ってるけど今後はプラントと‥‥って事もあるかもしれないし‥‥」
いつの間にか2人の足は止まっていた。
先に足を止めたのはアスランだった。
カガリもそれに気付き、立ち止まった。
どうして彼女は“俺は戦わない”って決めつけてるんだ?
俺は彼女に『わからない』と言っただけで『戦わない』なんて一言も言ってない‥‥!
胸の奥で黒い靄が蠢いているようで、ざわざわする‥‥
「‥‥じゃあ訊くが、お前はこれから地球軍と戦って‥‥勝てると思っているのか?」
「負けるから戦うのをやめるのか?そうじゃないだろ!」
即答だった。
「オーブの立場では連合につく事もプラントにつく事もできないだろ!」
そういう返答をするという事は、カガリもこの戦いはオーブに不利だとわかっているのだ。
なら──
「だったらこの国の責任者として、“戦う”という選択は間違ってないのか?
戦って国民の、民間人の命を犠牲にするのか?」
カガリはその言葉に目を見開き、少しの間アスランを睨みつけていた。
やがて俯き、うめくように言った。
「‥‥だったらどうすればいいというんだ。‥‥降伏して私達にコーディネーターを殺せ‥‥と?」
今度はアスランがハッとする番だった。
「‥‥連合に味方してプラントと戦争するっていう意味だけじゃない。
お前は‥‥オーブに住んでるコーディネーターを見殺しにしろというのか‥‥?」
カガリは肩を震わせている。それは怒りからなのか、それとも──
「そりゃオーブにいるコーディネーターなんて数にすればたかが知れてるさ。
でも降伏して国民の大多数が助かったとしても、もうその国民はオーブ国民じゃない‥‥
ただのブルーコスモスの一員だ。生き延びる為にそんなモノになれと言うのか‥‥?」
アスランは明らかに狼狽していた。
彼女を苛めたいわけでも、怒らせたいわけでもなかった。
ただ、この戦いから彼女達を守りたかった。救い出したかったのに、
その思いをを拒否されたから──
「そうじゃない、俺はただ──」
「もういい」
カガリは俯いたまま絞り出すように声を出し、俺の言葉を遮った。
「お前はさっさとここから立ち去ってプラントを守ってろ。
連合軍は私達が足止めしといてやるから。‥‥じゃあな」
最後は消え入るように呟き、カガリは走り出した。
止める隙も追いかける間もなかった。
その姿は通路から瞬く間に消えてしまった。
アスランは呆然とその場に立ち尽くしたまま動けなかった。
ぼおっとした頭で考える。
とりあえず追わないと、とやっとのろのろと足を交互に動かす。
しかし俺は追いかけて何て言うつもりなんだろう。
まだ何の覚悟も決めていないのに‥‥そう思いながらも次第に追う速度は上がる。
やっと食堂らしき部屋の前に立ち、顔をのぞかせようとした瞬間、
部屋の中からすすり泣く声が聞こえてきた。
途端に胸の奥がちくりと痛む。
その嗚咽の合間に「キラ‥‥」という囁きが混ざる。
“ああ‥‥キラと食事をする事になっていたな‥‥”と頭の隅の方で
そんな事を今更ながらに思い出す。
しばらくそこから立ち去る事も、食堂に入って行く事も出来ずに、ただカガリの声を聞いていた。
しばらく佇んだ後、ようやく意を決して食堂の中を覗いた。
中には殆ど人がいなかった──というより、2人しかいなかった。
部屋の奥の方に少年の胸に顔を埋めている金の髪に白い礼装の少女‥‥
泣きつかれている方の少年は、その頭をかるくポンポンと撫でている‥‥
アスランはすぐに顔を引っ込めて壁にもたれ目を閉じる。
先ほど見た情景が瞼の裏に張り付いて離れない。
彼女の泣き顔は何度も見た‥‥泣いている時の声だって何度も聴いた。
大声で叫びながら大粒の涙を流すさまや、決して涙を流すまいと堪えた瞳も。
でも、こんな風に泣く彼女は‥‥初めて見た。
声を押し殺して人に縋って泣く弱々しい姿を‥‥
その残像を振り払うかのように瞳をギュッと強く閉じた。
カガリはキラに任せておけば大丈夫だ。俺よりキラの方がああいう扱いは得意だろう‥‥
そう自分に言い聞かせてゆっくり瞼を開くと、たった今駆けてきた通路を戻っていった。
どこをどう歩いたのかよく覚えていないが、格納庫に戻って来たようだ。
のろのろと歩き、ジャスティスの近くまで寄ってその赤い機体を見上げた。
そしてその視線をゆっくりとフリーダムに移す。
──プラントに戻るにしても、
これの奪還、もしくは破壊の命令は果たせそうにない‥‥今の俺には。
このままジャスティスを駆り手ぶらで帰れば、俺は父からどんな蔑みの言葉を吐かれるのだろう‥‥
それを考え、今よりさらに重苦しい空気がまとわりつく。
その空気を打ち払うかのように、ドンッと大きな音が出入り口の方からした。
吃驚してそちらに視線を向けようとしたその時、
「アスラン!!」
大きく開いたドアの前にカガリが両手を開いて立っていた。
自分の姿をみとめると、こちらに向かって全速力で走ってくる。
アスランは驚いた表情のまま身動きできずに彼女が走り寄ってくるのを見ていた。
あっと言う間に目の前に迫って来たカガリは、膝に両手をあててハアハアと荒い息使いのまま
「お前っ、もうっ、プラント、に、帰っちゃった、かと、思った‥‥っ!」
そう、途切れ途切れに言った。
「どうして‥‥」
俺なんかの所に来たのだろう。
彼女の言葉に勝手に苛立って、あんな心無い発言をした俺に何の用がある?
今だってそんなに真っ赤に目を腫らして‥‥そんな顔をさせた俺に用なんかないはずだろう‥‥?
「ごめん!言い過ぎた‥‥!」
カガリはそう叫んで膝に手を置いた体勢のままでさらに深く腰を曲げる。
アスランはさらに吃驚して何も言葉をかける事が出来ず、呆然と彼女の頭を見つめ続けてしまう。
そんな様子のアスランをよそに、カガリはガバッと顔を上げ、
真っ赤な潤んだ瞳で見つめ返してくる。
「アスランが一緒に戦えないって聞いて‥‥八つ当たりしただけなんだ‥‥
『プラントに帰れ』なんて、本心じゃないから‥‥!」
そう叫んだかと思うと、すぐハッとして
「って、こんな言い方じゃ『ここに居てくれ』って言ってるみたいじゃないか‥‥!
居て欲しいんだけど、いやっ!強制してるわけじゃなくて‥‥」
カガリが一人でしゃべっている間も、呆然としていたアスランだったが、
そのくるくる変わる表情を見ていると自然と笑みが浮かんでくる。
それを抑えようと、とりあえずその元凶である人物をどうにかしようとする。
「わかったから、少し落ち着いて」
アスランの言葉で、頭に手をやってくしゃくしゃやっていたカガリの動きが止まる。
そして上目遣いでアスランの顔を盗み見る。
「俺の方こそ言い過ぎた。ごめん」
カガリは驚きと憤りの混じった表情でまた口を開こうとする。
その前にアスランの方が続けて発言する。
「さっきは言いそびれたけど‥‥まだ決めかねているんだ、これからの事」
するとカガリはどことなくホッとしたような、泣き出しそうな複雑な表情をしたまま
「そっか‥‥」
と呟いた。そして複雑な笑みを浮かべて独り言のように続けた。
「あんまり時間ないけどさ、お前自身で出す結論なら大丈夫な気がする。
だからそれまでとことん迷っていいんじゃないか‥‥?」
どういう根拠があって『大丈夫』なのかよくわからないが、
かなり過大評価されてるような気がする。
それはそれで複雑な気分ではあったが、不思議と悪い気はしなかった。
しかし『時間がない』と言っているのに『とことん迷え』っていうのもおかしな話だな‥‥
「とにかく謝りたかったんだ。‥‥あんなまま別れる事になるの、イヤだったから‥‥
じゃ、私はキラが待ってるから‥‥あっ!」
急に大きな声を出されて、アスランは驚いてビクッと体を震わせた。
しかし‥‥本当に表情がコロコロとよく変わる子だな‥‥
と顔の表面に浮かびそうになる笑みを抑えながら、続く言葉を待つ。
「お前とも『食事しよう』って言ってたよな!‥‥ごめんな。途中で置いてっちゃったりして。
キラ待ってるからさ、一緒に行こう」
そう誘われて、ああ、そんな事になってたな‥‥
と今さらながらに思い出したが、
やはりその申し出は辞退する事にした。
「あまりお腹もすいてないし‥‥ここでこれからの事、考えるよ。時間もないしな」
そう言うとカガリは少し不満そうな顔をしたが、
何を言ってもムダだと思ったのか
ひとつ息を吐いて腰に手を当てて首を傾けた。
「お前、もしかして小食か?」
その仕草と物言いが可笑しくて、苦笑しながらこちらも首を傾けた。
「‥‥んじゃ、キラ待たせてるから、行くな」
カガリの方も苦笑しながらこちらに背を向けようとして‥‥勢い良くこちらを振り返った。
「ひとつ言う事忘れてた!」
そう叫んで、さっきよりも近い距離まで寄ってきて、俺の顔を凝視しながらはっきり言った。
「お前がここに来てくれて、嬉しかった。
オーブを助ける為に来てくれたわけじゃないんだろうけどさ、
赤い機体からお前の姿が見えた時、本当に嬉しかったんだ。
‥‥キラとお前が話してる所を見れたのも、本当に‥‥」
そう言いながら少しずつカガリの頬があかく染まっていくのを見て、
自分の胸の奥が妙にくすぐったく感じる。
そしてそれはだんだん暖かいものに変わっていく。
「じゃあな‥‥」
カガリはほんのりあかい頬のまま俺に背を向けて、今度こそ格納庫から姿を消した。
その背中が完全に消えるまで見送っていた俺の頬も
きっと彼女と同じ色をしている事だろう‥‥
あとがき
最初は短い予定でした、この話。
食堂でカガリがキラと話して終わり…ってしようと思ってました。
そうなると暗〜く終わってしまいそうだったので…
アスランかわいそうなまま終わりそうだったので…
そしてやっぱり全然アスカガじゃなくなっちゃうので…こんな風になりました。
一応この話の中に出てきた「ウズミとカガリの対談」と「キラとカガリ食堂話」も書いてます。
が、それこそ全然アスカガじゃないので、UPする予定はないです。
自分的に話の流れをつかみたくて書いたモノですので。
もし読みたい方がいらしたら、お披露目しますけど…いないですよね…?
03.11.07up
あとがき追加
この話のおまけUPしました〜
こちらからどうぞ