第1話 ワンコの気持ち 〜「カフェテリア恐喝事件」の真実を追う〜
宍戸亮はとんでもないワンコを一匹飼っている。
家で飼っているペットの犬の事ではない。そちらは全く何の問題も無い。
問題があるのは、学校の部活動で絶えず宍戸にまとわりついている図体の大きな
ワンコの事である。
名は、鳳長太郎と言う。
現在、氷帝学園中等部の二年生。宍戸の後輩だった。
しかし、校内では《 宍戸の忠犬 》と言うあだ名がまかり通るほど、有名な存在だった。
今日も、四限が終わりカフェテリア(宍戸は食堂で良いと思うのだが、氷帝ではそのような
名前で呼ばれている)へ向かう宍戸を、そのワンコは待ち構えていた。
「あ、宍戸さ〜ん! こっちです。こっち! 」
室内の窓辺にある一番日当たりの良い席に座って、鳳は元気に宍戸へ手をふっていた。
宍戸は渋々といった様子で、鳳の座っている場所へと出向く。
「あのな〜長太郎。毎日、席取りなんてしなくて良いんだぞ 」
そんな言葉に、鳳はにこやかに返した。
「え〜? 何でですか? 宍戸さん、前にこの席が好きだって言ってましたよね? 」
確かに、宍戸は以前、そのような事を鳳に言っていた。
この席は窓辺にあり、暖かな日差しが入り気持ちが良い。
さらにカフェテリアの一番奥にあり、人の出入りが少ないので、のんびりと
落ち着いてくつろげる。
しかし、それからと言うもの、鳳はずっとこの場所をキープし続けていた。
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、三階の二年教室から別館一階のココまで、
スタートダッシュ&全力疾走をしているらしいのだ。
目撃者の話では、「必死の形相で鬼気迫っている」「邪魔をしたら殺されそう」
「この席にいた先生まで驚いて席をゆずった」など様々な話が宍戸の耳にも入っていた。
「う〜ん、ありがたいんだけどな。もう無理して席を取ってもらわくても…… 」
宍戸がそう言いながら、鳳の顔を見ると、その瞳は大きく見開かれウルウル〜と
涙が滲んでいた。
(うわ〜〜〜来た、来た、来た! )
宍戸は、この悲しそうな鳳の表情が苦手だった。
まるで、野原でダンボールに積めて捨てられている子犬によく似ているのだ。
小さい頃、宍戸は何度か捨て犬や捨て猫を拾ってしまって、親に怒られたものだった。
宍戸は弱々しく泣き、すがりついてくるモノに、昔からかなり弱いのだ。
逆境は平気で耐えられるが、どうも弱い者を助けたくなる習性がある。
「あ〜、ありがとな。長太郎! 」
宍戸はそれだけ言うと席についた。
結局、いつも宍戸は鳳には何も言えなくなってしまう。
鳳には一切、悪気は無いのだ。 ただ自分のために行っている事なのだと思うと、
怒るのも筋違いのように感じられる。
鳳は宍戸が席についたのを確認すると、ぱ〜と明るい笑顔になり、メニューを取り出して
宍戸に渡すと一緒に昼飯を選び始めた。
しかし、穴戸の考えとは異なり、鳳は誰が見ても弱そうには見えない。
宍戸よりもはるかに体格も良く、中学生とは思えない高身長にハイパワーで
スポーツ万能な男である。
さらに頭の回転も良く、成績は常にトップクラスの秀才だった。
教師からも一目置かれている。
さらに、部員数200人と言われるテニス部では珍しい二年生レギュラーだった。
だから《 鳳=捨てられた子犬 》なんて変わった発想で見ている人間は、
氷帝学園中等部の中でも、宍戸亮くらいである。
宍戸は少し悩んでから、大好きなしょうが焼き定食に決めて、セルフサービスの行列に
並んでいると、突然、会話しながら入ってきた二年生二人組がぶつかってきた。
サッカー部に所属している男子生徒達で、二人とも宍戸より一回りも体格が大きい。
いきおいで押し飛ばされる宍戸だったが、後ろにいた鳳がしっかり受け止めていた。
「危ね〜なぁ、お前ら。気をつけろよ! 」
宍戸がどなると、二年生達は「すみません」と言いつつ、やや不満顔で視線を向けてきた。
しかし、次の瞬間、宍戸の背後に立っている鳳の存在に気がついて、二人とも真っ青な
顔をして慌て始めた。
「うわ〜鳳……。あ、宍戸先輩。俺たち、昼飯おごります。席に座っていて良いですから。
そこまでちゃんと運びますよ…… 」
ペコペコと頭を下げながら、やたら低姿勢の二人組みは、宍戸達にお詫びに昼飯を
おごってくれると言う。
しょうが焼き定食と味噌汁、さらにご飯は大盛りにし、日本茶を新しく入れなおし、
食後には自分達のおごりだと言い、デザートのプリンまで運んできた。
「やたら礼儀正しい奴らだったな 」
「そうですね。宍戸さんも怪我が無くて何よりです 」
宍戸は礼儀正しい後輩達くらいにしか思わなかった。
だが、真相はこうだった。
二人は、宍戸の背後で静かに微笑む鳳を見たのだった。
しかし、彼の目は、決して笑ってはいなかった。
氷点下の南極で発生したブリザードのような冷たい視線で二人をじっと見つめていた。
さらに、鳳の口の動きは……。
声には出していないが、明らかに。
こ・ろ・す・ぞ
と、形を作っていた。
もし、宍戸が怪我でもしていたら、鳳に何をされるかわからなかっただろう。
この時の二人組みは、今でもそう信じている。
鳳は人当たりが良く、いつもにこやかに微笑んでいる。
だが、それは一部の人間達には《 悪魔の微笑み 》 として恐れられていた。
「やっぱり美味いな〜ココのしょうが焼き定食。俺、好きなんだよな 」
「そうですか? 良かったですね 」
無心にご飯と肉を頬張る宍戸を見ながら、鳳は幸せを噛みしめていた。
宍戸の喜んでいる顔を見るのが、鳳長太郎の生きがいだった。
そして、宍戸の隣に座り、空いた湯のみにお茶を注いだり、お替りのご飯をよそったり、
宍戸の口の端についたご飯粒を取ってあげたり、ソースで汚れた口元をナプキンで拭いて
あげたり、楽しそうに世話を焼く鳳だった。
周りの席に座っている生徒達は見て見ぬふりをしている。 一部の女子生徒達は
クスクスと耳打ちしては笑っていた。
しかし、当事者の鳳は全く気にしていなかったし、宍戸は気づいてさえいなかった。
有名な《 宍戸の忠犬 》の作業を邪魔する者は、どこにもいない。
学年の違う鳳は、当然、授業中は穴戸とは別行動である。
会えるとしても放課後の部活中だけ。
でも、テニス部の過酷な練習中に、話をゆっくりする余裕などは無い。
それに、宍戸は何よりも、テニスが好きなのだ。
そんな宍戸を邪魔するような鳳ではなかった。
だから、多少無理をしても、自分できっかけを作らないと宍戸と一緒に過ごす時間は作れない。
自分でも強引だと思うが、この昼の場所取りを止める気は無かった。
もし邪魔するヤツがいたら、自分の全能力を駆使して打ち勝つ自信がある。
宍戸以外の人間にどう思われようと、鳳には知った事では無いのだ。
ワンコはいつでも飼い主に尽くし、その幸せだけを祈っているのである。
飼い主の喜びが、ワンコのただ一つの願いなのだから。
<第1話 了>
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