2ページ目/全3ページ 昼過ぎに鳳が約束のテニスクラブに到着すると、すでに何ゲームか終えているのか、 宍戸はうっすらと全身に汗をかいていた。 久しぶりに見た宍戸のテニスウェア姿に、鳳は懐かしさを感じた。 それとともに、見慣れていた氷帝のレギュラーウェアではなく、白い私物のウェアだったので、 宍戸は本当に引退してしまったのだと思い、寂しい気分にひたった。 「長太郎、良く来たな〜。すぐ打てそうか?」 宍戸は待ちきれない様子で、開口一番にそう言った。 「ええ、もちろんですよ」 鳳はラケットをバックから取り出しガットをチェックしたり、ボールの数を確認したり、急いで準備を始めた。 「宍戸サン、聞いても良いですか? ここへは、良く来ているんですか?」 「ああ、テニス部引退してからすぐな。進学試験が終わってからは毎日通ってるよ」 宍戸に電話をかけても、いつも留守だった謎はすぐ解けてしまった。 「え? でも何でですか? 言ってくれたらウチのテニスコートもあるのに。 確かにここと違って屋外で寒いかもしれないけど……」 「あのな〜お前が部活で留守なのに。オレだけが、お前の家に行ってどうするんだよ?」 確かに、宍戸の方が正論だった。打つ相手のいないテニスほど寂しいモノは無い。 ところで、このテニスクラブは完全会員制の高級な部類だった。宍戸が会員とはとても思えなかった。 今いるテニス場も、芝と土のコートが2面あるが、完全に仕切られた<個室>になっていた。 宍戸とコーチらしき人しかいない。どうやら宍戸の貸切らしい。 そのコーチも、TVで何度か見た事のあるプロ選手だった。鳳が来たので退室して行ったけれど。 「もう一つ、聞いて良いですか? ココってもしかして跡部先輩がらみですか?」 「ああ、跡部の親父の持ち物らしいぞ。おかげでオレ達はタダだ」 と笑顔の宍戸を見ながら、鳳は来たそうそうガクリと疲れてしまった。 このテニスクラブの名は<KEIGOテニスクラブ>だった。 (いくら子供が可愛くても、普通そのままの名前は使わないだろう) (さすが跡部先輩の父親だ) (でも跡部先輩と宍戸さんって、友達って訳じゃ無いみたいだけど。 けっこう仲は良いんだよな) 「また、来年も跡部たちと一緒だぜ。 高等部もうるさくてかなわね〜な」 そう言って笑う宍戸の声は楽しそうだった。 しばらく3年の先輩達の話が続いた。 その輪には絶対に入る事の無い、2年生の自分。 宍戸がそういう話をする時に、鳳は決まってとても寂しい気分になる。 一人だけ置いていかれるような、そんな嫌な感じがするのだ。 (俺も宍戸サンと同じ年に生まれたかったな) (もし同じ学年だったら、もっと早く知り合う事ができたのに) (もっと一緒にいられるのに) 鳳は、宍戸よりも年下な自分がいつも嫌でたまらなかった。 それは言っても仕方の無い話なので、鳳は誰にも自分の気持ちを打ち明けた事が無かった。 芝のコートに出た二人は、自由なスタイルで打ち合う乱打を始めた。 宍戸がフォアハンドで鳳に返球しながら言った。 「ここには跡部や忍足や向日も……3年レギュラーならほとんど全員が来てるぜ」 初めて知った事実だったので、鳳は驚いてしまった。 一体、ココに集まって何をしているのだろうか? 「決まっているだろ? オレたちは来年、全員高等部にあがるんだ。 高等部の選手層は中等部よりもさらに厚い。オレたちは、またイチから始めるんだよ」 宍戸は大きく飛び上がると、ネット際にジャンピングボレーを叩き込んだ。 鳳はごくんと唾を飲みこんだ。 自分もかつて氷帝学園テニス部員200人の中から這い上がり、レギュラーを勝ち取った一人だった。 その過酷さは身を持って知っている。 「鳳も先輩たちは何人か知っているよな?」 「ええ、知っています」 鳳が1年の時にいた先輩たちは、跡部に匹敵するような強くて癖のある人ばかりだった。 「氷帝は実力主義だ。あの人らもレギュラーを落としたくはね〜だろう。 お歴々の皆サンが対抗策を練って待っているんだぜ。 こっちものんびりしている場合じゃね〜だろ?」 宍戸のスマッシュが鳳の足元に決まった。 コース取りの良い、切れのある球筋だった。 鳳は、唇をかみ締めた。 自分が宍戸の事ばかり考えてぼんやり過ごしているうちに、宍戸はもっと先を目指していた。 毎日夜遅くまでテニスの練習をしていた宍戸を思うと、鳳は自分の間抜けさが恥ずかしくてならなかった。 「……宍戸さん、オレのサーブ受けてもらえますか? オレ本気で打ちますから」 「ああ、良いぜ」 鳳は深呼吸をして気を引き締めると、ラケットを握る手に力を込めた。 宍戸は自分の目の前に叩き込まれた鳳のサーブに目を細めた。 さらに速度を増し重くなったボールは、芝のコートにめり込むようだった。 右や左に自在に打ち込み、コントロールも以前よりもずっと良くなっている。 持ち球の無くなった鳳に送球しながら、宍戸は言った。 「跡部は1年でレギュラーを取るつもりだ。 まあ〜アイツは<可愛い1年生>なんて、柄じゃね〜からな」 鳳も想像して思わず笑ってしまった。 大人しくて殊勝な跡部先輩なんて全く想像がつかない。 「オレも1年でレギュラー入りするつもりだ。 他の学校じゃ考えられないけどな。 氷帝の実力主義は、そういうトコロが良いよな」 宍戸はそう言って静かに笑った。 実力主義だからこそ、力の無い人間はあっという間に蹴落とされてしまう。 それを身を持って知っている宍戸の言葉はとても重たかった。 鳳がさらに30球ほどサーブを打った後、宍戸がこう言った。 「なあ〜長太郎。今度は試合しよう〜ぜ。 手加減一切無しの真剣勝負だ。 お前、来年は副部長なんだってな。 氷帝学園テニス部の副部長の実力、オレに見せてくれ!」 試合は3セットマッチで行った。 かなりの接戦だったが宍戸が勝利した。 以前の鳳なら、ストレート負けだったかもしれない。 鳳は試合内容にかなり満足していた。 それ以上に、鳳は宍戸と思い切り打ち合えた事が嬉しくてたまらなかった。 試合中、楽しくてずっと笑っていたような気がする。 宍戸は笑顔で鳳にタオルを差し出すと、頭をポンポン叩いた。 「お前は強いよ、長太郎。でも何でオレに勝てないかわかるか?」 「何でですか?」 「それは、お前よりオレの方が何百倍も強いからさ! 当たり前だろ?」 しばらく二人で顔を見合わせて笑いあった。 それから、急に宍戸は真面目な顔でこう言った。 「お前がたまに調子をくずしてサーブを外すよな。 アレはどうしてか自分でわかるか?」 「う〜ん、精神的な事かな? ミスしたらどうしよう……と考えてしまうから、ですかね?」 「まあ〜確かにそうなんだろうけどな。 長太郎、オレや跡部にあるモノで、お前に無いモノがあるんだけど。教えてやろうか?」 「え? 何ですか?」 宍戸は鳳の耳元まで顔をよせると、ゆっくりとこう言った。 「長太郎、テニスってのはスゲェ〜楽しいんだぜ。お前、もっとテニスを楽しめよ。 いつもサーブを打つ時、眉間にシワよってるぞ。気づいているか?」 そして力一杯、鳳の鼻を摘んで引っ張った。 「アテテ……何すんですか〜!」 「お前、サーブ打つ時もそういう顔なんだよな。 もっと楽しい気分で打てば良いんだぜ。 今日みたいに、ずっと笑ってろよ。その方が良い。 テニスは、心ってヤツがすぐプレイに出ちまうんだよ。 緊張すれば、するだけ肩に力が入っちまう。 そんな状況で、まともに打てる訳が無いだろ? オマケに……。お前、馬鹿みたいにすぐ表情に出るから、敵に球筋を読まれやすいんだよ。 まあ〜跡部みたいにパフォーマンスに走りすぎってのも問題だけどな。 アイツは無駄に楽しみすぎだ! アレは厚顔無恥ってタイプだからな。 お前があんなだったら、すぐに縁を切るけどな……」 「ひどいな〜宍戸サン。それ、跡部先輩に聞かれたら、殺されますよ」 (もしかしたら、宍戸サン。それを教えるために、今日ここに俺を呼び出したのかもしれない) 一緒に部活をしてきた二年間、宍戸にはたくさんの事を教えてもらった。 今日まで辛い練習に耐えられたのは、宍戸のおかげだと鳳は心から感謝している。 鳳は背筋を伸ばすと、宍戸に向かって深くお辞儀をした。 「宍戸先輩、今までご指導ありがとうございました。 先輩が卒業した後、オレも先輩を見習って頑張ります。 来年は絶対に全国に行きます! 氷帝が目指すのは、全国優勝だけですから!!」 鳳の声は澄み切っていて、とても力強かった。 宍戸はちょっと意地の悪い感じで、鳳にさらに尋ねた。 「でも、敵は強豪ぞろいだぞ。 本当に勝てるのか? オレたちが今年負けたのに? それとも、お前らはもっと強くなるって事か?」 「ええ、もっと強くなります。 そしてずっと勝ち続けます! 青学も立海大も……俺たち氷帝が必ずぶっ潰します!」 鳳の言葉に迷いは無かった。 そんな鳳に宍戸は満足そうに言った。 「フ〜ン、ならオレたちは先輩潰しでもしておくさ。 お前らが高等部に上がってくるまでに邪魔な先輩らを一掃しといてやる。 オレたちも、もっと強くなるぜ。 お前ら後輩が手の届かないくらいにな! 高等部で待ってるぜ、長太郎! その時にお前の実力をまた試してやる!」 「はい、宍戸先輩!」 鳳は必ず来年勝利して、宍戸に報告したいと思った。 きっと宍戸も約束通り、レギュラーを勝ち取るに違いない。 (それで、高等部に俺が進学したら、また一緒にダブルスやりましょうね) (俺もテニスは大好きですけど……) (宍戸サンと一緒にテニスをやる時が一番楽しいんですよ) 鳳は宍戸の顔を見つめながら、そう密かに思っていた。 3ページ目へ進む |