3ページ目/全3ページ 「うわ〜寒いな。何だこりゃ?」 「宍戸サン、12月ですから。陽が落ちたら寒いのは当たり前ですよ」 突風に文句を言っている宍戸に、鳳が苦笑しながら声をかけた。 短い冬の陽はすでに落ち切り、辺りは空と陸がわからないほど、真っ暗になっていた。 あの日と良く似ていると鳳は思っていた。 鳳が宍戸に告白をした、あの関東大会の日も、星明かり一つ無い真っ暗な夜だった。 でも、こんな浮き上がるような楽しい気分では無かったと思う。 鳳は告白した時の自分を思い出してみた。 その時は、全国大会に行けない悲しさや、情けない気分に浸っていたので、 とてもみっともない顔をしていた気がする。 自分はまだ来年があるが、宍戸は全て終わってしまったのだ。 そう思うと、涙が止まらなかった。 もしかすると鼻まで垂れていたかもしれない。 (考えたら、ひどい告白だよな)) (宍戸サン、良く黙って聞いていてくれたよな) (もしかすると、神様が、あの日の仕切り直しをするように仕向けているのかもしれない) 鳳は十字架を身につけてはいるが、それは身内に熱心なキリスト教徒がいるからだった。 鳳は、ここ数年、神に祈った事は無かった。 しかし、ネックレスを右手にしっかり握り込むと、胸に押し当てて祈りを捧げた。 (俺の思いが宍戸サンに伝わっていて欲しい) 神への祈りは、本当はそういうモノでは無いのだけれど。 今の鳳は、神でも藁でも何でも良いからすがりたい。 そんな気持ちだった。 帰宅の道すがら、腹を決めた鳳は、宍戸にまず今晩の予定を聞いてみようと思った。 「宍戸サン、これから何か予定はありますか?」 「え? ああ、クリスマスイブだよな〜確か。オレは何もね〜よ。 親も仕事でいないし、後は飯食って寝るだけかな?」 鳳は驚いてしまった。 宍戸は今日が何の日かしっかり自覚しているらしい。 確かに行き帰りで通る商店街には、クリスマスツリーや派手な豆球で飾られたショーウインドウや ケーキ売りの呼び声が氾濫していたので、どんな鈍い人間でも今日が何の日か気づくとは思うが。 「お前こそ、パーティとかあるんじゃね〜のか? 跡部の家みたいに。 お前の家もそ〜だろ? 今日誘って迷惑じゃ無かったか?」 「え? ウチは父親の仕事関係のパーティですから。 俺は関係無いです。 今晩は家族でご飯食べるだけで暇でしたよ。 誘ってもらって嬉しかったです」 「フ〜ン、そうか?」 どうやら宍戸は、鳳の都合を考えて遠慮していた様子だった。 鳳は自分の思い込みに気がついて、かなり慌ててしまった。 「す、すいません。宍戸サン! 俺、宍戸サンに誕生会を断られて、宍戸サンはそういうの嫌いなのかな〜なんて 勝手に思いこんじゃったんです。今日、誘わなくって本当にすみません!」 「まあ〜良いんじゃ無いのか? 会って一緒にテニスができて、オレはスゲェ〜楽しかったよ」 鳳を見上げて優しく笑う宍戸は、何だか本当に可愛らしかった。 先輩に対して、そういう事を思うのは、かなり失礼では無いかと思うけれど。 鳳は、無性に宍戸を抱きしめたい衝動に駆られる事がある。 「宍戸サン、もし良かったら俺の家に来ませんか? 母が料理作って待ってます。 たぶん食べきれないと思うので。一緒にどうですか?」 「あ〜マジで? それ、助かるよ。オレも腹減ってるから。 帰りにコンビ二で買出しかな〜と思ってたんだよな」 鳳は、心の中で喜びの舞を踊ってしまった。 今日なら、神様の存在を信じても良い、そんな気分だった。 (宍戸サンと一緒にクリスマスディナーかぁ) (シャンパンを勧めてみようかな?) (酔った宍戸サンって可愛い〜だろうなぁ) (それで、夜遅くまで一緒に騒いで?) (もう終電も無くなるし、そのまま泊まるように誘ったり?) (今晩、客間は父の客で埋まるし、お、俺の部屋しかね無いのか??) (宍戸サンと俺が……同じベッドで朝まで過ごす?!) (どうしよう〜。うわ〜だんだん緊張してきた) 一人、妄想しては赤くなったり、青くなったりしている鳳を見て、宍戸は怪訝な顔をしていた。 「長太郎、この道、右だよな?」 「あ〜そうです。そうです。ウチは右です!」 何度も特訓のため、鳳邸のテニスコートを使用していた宍戸は、道を覚えているらしく、 どんどん鳳の先を歩いていく。 鳳は宍戸の小さい後頭部を眺めながら、いろいろと事を起こす前に、宍戸の気持ちを きちんと確認しなけらばならないと思った。 (無理強いってのは嫌だよな) (何をするにしても、宍戸サンには喜んで欲しい) (やっぱり宍戸サンにはいつも笑っていて欲しい) 鳳は今年最大の勇気を振り絞った。 「宍戸サン、いろいろ聞きたい事があるんですけど?」 「何だ?」 鳳は少し躊躇したが、思い切って尋ねた。 ここまで来たら、勢いしかない。 「9月の宍戸サンの誕生日に、俺が誘ったら何で断ったんですか? 俺、気になって仕方無いんです。 宍戸サンはそういうイベント嫌いなのかな〜って思ってましたけど。 そういう訳じゃ無いみたいだし。理由があったら言ってもらえますか? 俺に何か気にいらないトコロがあるなら、すぐに直しますから!」 宍戸は道を歩き続けながら、ずっと黙っていた。 車道から石畳の小道へ入る。もうすでに、鳳邸の敷地内に入っていた。 それから2〜3分して、宍戸は「言えねぇ」と小さく呟いた。 「え? 何でです? やっぱり俺、何か悪い事でもしました?」 「お前は何もしてねぇ〜よ。ただ言いたくねぇ〜だけ」 鳳は、何だか泣きたい気分になってきた。 前を歩く宍戸の手を掴んで揺する。繰り返し、同じ質問を宍戸にしていた。 「宍戸サン、教えてください。何でですか?」 鳳の声が震え始めた頃、宍戸が突然、振り返って怒ったような声でこう言った。 「……だから! お前がそういう顔をするからだよ!!」 「そういう顔?」 意味が理解できずに、驚いている長太郎を見て、宍戸は頭を掻きながら続けた。 「長太郎、お前いつも年の話をする時に、泣きそうな面するんだよ。 あの日もそうだった……。オレ、そういうの見ているの嫌なんだよ! お前が年下だろうが、何だろうが別に関係無いだろう? オレはちっとも気にしてね〜よ。だからお前ももう気にするな!」 宍戸は誕生会が嫌だった訳でなく、年を気にする鳳のために断ったのだった。 鳳はその気持ちを誰にも気づかれていないと思っていたので、心底びっくりしていた。 それだけ、宍戸は自分を良く見ていてくれたのだ。 そして、自分のために心を痛めてくれた。 鳳の心の奥底から熱いものがドンドン込み上げてきた。 さっきとは全く違う理由で涙まで溢れそうになった。 気がつくと、鳳は宍戸を両手で力いっぱい抱きしめていた。 「宍戸サン! 俺、宍戸サンの事、すごい好きです。大好きです!」 頭一つ分大きな体格をした鳳に圧しかかられて、宍戸はよろめいた。 「長太郎! 重い! 馬鹿、離せよ!」 「嫌です。離しません! 宍戸サン、愛してます!」 鳳の言葉は鼻声で聞き取りにくく、少し間の抜けた感じだった。 でも、真剣なその気持ちはちゃんと宍戸にも伝わっていた。 宍戸は呆れ果てた顔をして……でも、とても優しい声音でこう言った。 「そんな事、言われなくてもわかっているよ。 お前、ホント顔に感情が出やすいんだよな」 「顔?」 宍戸は、鳳の頬をペチペチと手の平で叩くと、こう続けた。 「今日の練習でも言っただろ? テニスプレーヤーには冷静さが大事だって教えたよな? お前はすぐピンチになると、眉間にシワよせるから敵にバレるんだぞ」 「冷静さ?」 きょとんとする鳳を見て、宍戸は不安になってきた。 「お前、本当は何だと思っていたんだ? 怒らね〜から言ってみろ」 「え? え〜と<テニスは楽しい>ですよね? それから……。 ああ〜そうだ。 <跡部先輩みたいに華麗なパフォーマンスを目指せ>ですか??」 宍戸の拳骨が、間髪入れずに鳳の右頬に炸裂した。 そのまま、宍戸はわき目もふらずにスタスタと歩き、鳳邸の玄関先に入って行った。 泣きながら、鳳がその後を追う。 「宍戸サン、ごめんなさい! うわ〜見捨てないでください!」 「俺、やっぱり宍戸サンがいないと駄目みたいです!!」 宍戸は鳳の鼻先で、扉をバタリと締める。 締め出されたその館の本来の主は、外で大声で泣いていた。 その時に宍戸が考えていたのは、明日からの、自分と鳳の過酷な特訓スケジュールだった。 中等部を卒業しても、宍戸はこの手のかかる後輩の指導を続ける事になるだろう。 それもどうやら、一生面倒を見ることになりそうだった。 FIN 小説目次へ戻る |