1ページ目/全3ページ 甲高い着信音で無理やり起こされた鳳長太郎は、布団の中から右手だけ伸ばし、 時計代わりに置いてあった携帯電話を掴んだ。 冬休みも始まったばかりで、今日は部活も無かったので、昼までゆっくり眠るつもりだったのだ。 (ああ〜まだ9時だよ) 快眠を邪魔されて不機嫌な鳳だったが、液晶画面を覗いて相手が誰かわかると、とたんに毛布を 蹴散らして跳ね起きた。思わず、ベッドの上で正座までしてしまった。 「お、おはようございます。宍戸サン。ど、どうしたんですか? 何かありました?」 思わず、電話口でどもってしまった。この人が電話をしてくるなんて、本当に珍しいからだ。 相手の名前は宍戸亮。 鳳の想い人で、現在交際中だったりする。 しかし、鳳が10回電話をかけて、やっと1回だけ宍戸からかけてくる、そんな相手であった。 前にその事を宍戸に尋ねたら 「学校の部活で毎日会うんだし、その時に話せば良いだろ?」 とアッサリと返されてしまった。確かに、その通りなのだが。 (本当に、つきあっているのかな〜俺たち?) (もしかして、俺だけが勝手に盛り上がっているのかな?) なんて、鳳はたまに不安に襲われる事があった。 さらに宍戸が部活を引退してからは、会う機会が全く無くなってしまった。 鳳も、宍戸が<高等部への進学試験>を受ける事を知っていたので、連絡を取るのを遠慮していた。 氷帝学園は、裕福な家庭の子女が通う事で知られる名門校だった。 幼稚舎から大学院まであるエスカレーター式だが、偏差値の高さでも有名だった。 高等部への進学は、普段の成績と、<進学試験>で一定の点数を取らないとならない。 「ああ〜長太郎、久しぶりだな。オレ、試験パスしたわ。連絡遅くてごめんな」 「知ってます。おめでとうございます!」 試験の発表は1週間も前の話だった。 鳳はお祝いが言いたくて何度か宍戸へ電話したのだが、いつも携帯は電源が切れていたし、 自宅にかけると留守だと家族に言われた。 3年生は部活も無いし、学校の終わった後に夜遅くまで、宍戸は一体どう過ごしているのか? (俺は、毎日すごく宍戸サンに会いたいのに) (宍戸サンは、そんな事を考えたりしないのかな?) でも、それは今、宍戸に非難がましく言うべき事では無いと思う。 宍戸の方から電話で連絡をくれたのだ。 嬉しそうなその声を聞いていると、鳳も満たされる気分がする。それで今は満足だった。 「あのな〜長太郎? 今日の午後予定が空いてたら、ちょっとつきあってもらいたいんだけど、良いか?」 「えっ?」 鳳は、とっさに宍戸が何を言っているのか理解できなかった。 いつも何かしら言い出すのは鳳の方で、宍戸からの誘いなんてこれが初めてだったからだ。 (これって? もしかして? デートの誘いなんだろうか??) (宍戸サンとデート!!!) 「全然空いてます! いつでも大丈夫です! 死んでも行きます!!」 大声でそう捲くし立てる鳳に、電話の向こうの宍戸は声を上げて笑っていた。 「うわ〜やった! デートだ!」 電話を切ると、鳳はベッドの上で小躍りしてしまった。 今日は、実を言うと<クリスマスイブ>だったりする。 鳳は、宍戸からイブに誘われるなんて、全く考えていなかったのだ。 鳳と宍戸は恋人同志のはずなのに、おかしな話だが。 それは9月の宍戸の誕生日に全て原因がある。 鳳は、宍戸をデートに誘って、断られた過去があるからだった。 「今さら、この年で誕生会なんていいよ。 みんな試験で忙しい時期だしな。また来年な、長太郎」 宍戸は笑ってそう答えた。 鳳は驚いたが、特に何も言わなかった。いや、言えなかった。 いろいろと恐ろしい事を考えてしまったからだ。 その時、鳳はいくつかの仮説を立てている。 <その1> 宍戸亮の記念日嫌い説。 男気あふれる宍戸は、男同士で誕生日なんて祝うもんじゃね〜と思っている。 それならクリスマスなんてもっての他に違いない。 <その2> 宍戸亮のパーティ嫌い説。 10月に<跡部景吾の誕生会>が跡部邸で盛大に開かれた。毎年恒例行事(?)らしい。 テニス部レギュラーは全員強制参加だったが、「迷惑だよな」と宍戸が 繰り返し言っていたのを鳳に目撃されている。 そして今晩<クリスマスパーティ>が同じく跡部邸で開かれるが、 強制では無いため宍戸は辞退していた。それなら鳳も行っても 意味が無いため「家族と過ごすから」と断っている。 <その3> 宍戸亮の遠慮説。 宍戸は照れ屋なので遠慮した。 ただし<宍戸がはずかしがり屋の照れ屋サン>だと信じているのは鳳だけである。 氷帝3年は全員<宍戸は図太い>と思っている。 この3つの仮説はまだ良い。問題は、最後の一つだった。 <その4> 宍戸亮は鳳長太郎を恋人だと全く思っていない。 考えたくも無いが、本当はこれが一番有力な説なのかもしれない。 鳳は、その<誕生日お断り事件>の後、何度か悪夢にうなされていた。 もともと二人がつきあい始めたきっかけは、夏のあの大会―― 氷帝が青学に惜敗した関東大会の日だった。 その反省会の帰り道。落ち込んでいた鳳を、宍戸が慰めてくれていたのだが、 その時にポロリと鳳は告白してしまったのだ。 「好きです。宍戸サン。俺とこれからもずっとつきあってください!!」 その場の雰囲気でつい言ってしまい、うろたえて焦る鳳とは対照的に、あっさりと宍戸はOKしたのだ。 「ああ、別に良いぜ」 その時は、踊り出したいくらい最高の気分だった。 でも、後で良く考えて、鳳は大失敗したと思ったのだ。 (宍戸サンは、<つきあう>の意味が良くわからなかったのかもしれない) (<友達づきあい>も<先輩後輩のつきあい>も、全部<つきあう>じゃないか?) (何で、<恋人としてつき合って欲しい>って言わなかったんだよ〜!) 後悔先に立たずとはこの事だった。 その後も何となく怖くて、宍戸に真実をきちんと確認していない。 (今日のデートが良いチャンスかもしれない) (もう一度、宍戸サンに告白してみよう) それで、恋人同志だと確認できれば、問題は無い。 だがもしも、宍戸が恋人だと思っていなかったら? (うわ〜〜〜〜俺の人生真っ暗闇?!) 鳳はそんな考えを消し飛ばすように、頬を両手で叩いた。目は完全に覚めて、頭も冴えてきた。 それから、急いで顔を洗い、髪をセットすると、着ていく洋服を念入りに選び始めた。 すると、また携帯電話が鳴る。宍戸からだった。 「あ、長太郎か? 悪ぃ〜言い忘れたけど、ウォーミングアップはすませてから来いよ」 「ウォーミングアップ??」 「ああ、すぐ打てるようにな。それから……」 宍戸が待ち合わせ場所として告げたのは、室内テニス場のある会員制テニスクラブだった。 どうやら鳳は<テニスの練習>に誘われたらしい。 (この人、もしかして今日がイブだって事にすら気づいて無いのかもしれない) 思わず、脱力してよろめきそうになる鳳だった。 でも、クリスマスパーティよりもテニス……と考えるのは、とても宍戸らしいようにも思える。 鳳はすぐにトレーニング用のジャージに着替えると、近所の公園まで走り出した。 そこでストレッチやスタートダッシュや走り込み、素振りのホーム練習を繰り返し行った。 それも、普段よりかなり念入りに。鳳の身体が自然に動いてしまうような感じだった。 とにかく何の用事だろうが、宍戸に会えるだけで鳳は嬉しくて嬉しくて仕方無かったのだ。 2ページ目へ進む |