2ページ目/全2ページ




   王子は夜更けにとんでもない事件に遭遇していた。

   出モノ腫れモノところ嫌わず。なんて、東洋のことわざ(?)にもあるが。

   突然、もよおしてしまったのだ。

   深い森の中でも月明かりは差し込んでいるので、歩くにはほとんど支障は無い。

   だから、王子が問題にしている事は……他にある。

   こういう場所では、得体の知れない 《 例のモノ 》 がたくさん潜んでいる可能性が高いのだ。

   さすがに小便に行くためだけに、ゾロを起こす気にはならなかった。

   (腐れマリモに馬鹿にされるくらいなら、死んだ方がマシだ! )

   だから、必死に身の安全を祈りながら、草陰に入り用を足した。

   良い感じに、膨れていた下っ腹がスッキリとした。

   これでゆっくりと眠れるな〜なんて、にこやかに微笑んだ矢先、足元に蠢く《 例のモノ 》 を

    発見してしまった。


   それは、人の握りこぶしほどの大きさはある巨大な蜘蛛だった。

   緑と黄色のシマシマ模様で、全身に細かな毛がびっしりと生えている。

   良く見ると、地べたにも、木の幹にも、枝にも、いたる所に何十匹も貼りついていた。

   うぎゃひ〜〜〜〜〜〜

   なんて王子は、声にならない奇妙な悲鳴をあげていた。

   そして、その場で硬直したように動けなくなった。

   顔は青ざめ、全身には悪寒が走り、冷たい汗がじっとりと背中を流れ落ちてゆく。

   (コイツら、俺の身体を上ってくるんじゃね〜か? )

   (あ〜死ぬ、マジで死ぬ! )

   (俺は、もう駄目かもしれねぇ )

   その場で、卒倒しそうなトコロをなんとか堪えた。

   ここで倒れたら、《 蜘蛛をベッド替りにする 》なんて身の毛もよだつ状況になるからだ。

   必死で爪先立ちになり、背筋を伸ばしてみても、空を飛べるわけではない。

   (オールブルーを見つけられずに、ここが俺の墓場かもしれねぇ )

   (ジジィ、すまねぇ。俺は後を継げそうにねぇ )

   (素敵なお嬢さん達も、綺麗なお姉様達も、さよ〜ならぁ )

   (最後に一目、君に会いたかったよ )

   (メリンダ、カトリーヌ、マリアン、ジョアンナ、セリーヌ…… )

   王子がショック死を覚悟して、麗しいレディ達に最後のお別れを言っていると。

   突然、自分の身体が空中に浮かぶのを感じた。

   どんどん自分の足と、地表が遠ざかる。

   蜘蛛の大群からも遠ざかる。

   すると、こんな囁きがサンジの耳に聞こえてきた。


   「何しているんだ、お前? 夜更けにストレッチ体操か? 」

   普段は役に立たない寝とぼけ従者が、サンジ王子を見てニヤリと笑った。

   おまけに、あろう事か。

   サンジは、ゾロに抱っこされていた。

   それも、サンジの膝裏と背中に腕を差し入れ、両手で支える形

    ……いわゆる《 姫抱き 》だった。


   (王子が、《 お姫様抱っこ 》 とは、これいかに?! )

    なんて、自分でツッコミを入れるくらい、サンジの心の動揺は激しかった。

   「てめぇ! 何するんだ! 降ろせ! このクソまりも! 」

   「ふ〜ん、降ろしても良いのか? 」

   ゾロの視線が指し示すトコロをたどって、サンジも足元に視線を移すと、当然、そこには

    シマシマ模様の蜘蛛達が団体でカーニバルの真っ最中だった。


   サンジはそれを見て、また震え上がった。

   「アホ! 降ろすな! さっさと連れて行け! 命令だ、命令! 」

   「へいへい、ご命令通りに致しましょう。王子様」

   足をバタバタさせながら、オウムのように命令……を繰り返すサンジを、ゾロは丁重に

    野営地まで運んだ。


   まるで、傷をつけてはならない貴重な宝石を守るように、そっと抱きしめながら。

   サンジを見るゾロの目はとても優しい。

   その事に、暴れているサンジ王子が気づく事は無かった。



                                      <その1・了>



       
       1ページ目へ戻る              小説マップへ戻る