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  (1)お風呂屋パニック〜ゾロ編〜



  ロロノア・ゾロ(11歳)の家の風呂が故障した。

  ゾロが剣道の道場から帰ると、母親からお金を渡され銭湯に行くように言われた。

  別に風呂なんて1日くらい入らなくても良かったが、綺麗好きの母は許してくれなかった。

  帰ってくるまで夕飯にありつけそうにない。

  仕方なく、家から駅前方向へ10分ほどの銭湯へ向かう事にした。

  駅前までは、舗装された下り坂がずっと続いている。

  ゾロはアスファルトの道に長く延びている自分の影を追いかけるように、歩調を少しづつ速めながら

  目的地へと坂を下っていた。

  たまに腹がグウ〜なんて音をたてたりする。

  夕日が住宅街の屋根瓦をオレンジ色に染め上げている。空には薄紫の雲が広がり始め、間もなく

  夕闇に包まれるだろう。




  「あ〜?? お前ドコ行くの?」

  突然、甲高い声で呼び止められた。

  驚いてゾロが顔を上げると、目の前にヒヨコの産毛のように柔らかそうな金髪をした少年が立っていた。

  <どこから見ても外人サン>な風貌で人目を引くその子は、ゾロの幼馴染みのサンジである。

  近所にあるパラティエと言うレストランの一人息子だった。

  祖父がフランス人と言う話だが、日本生まれ日本育ちで、日本語しか話せない。

  どうやらゾロとは逆に、坂道を登ってきたらしい。

  背中にはランドセルが揺れているので帰宅途中らしいが、授業が終わってからすでに4〜5時間は

  経っていた。 また、女と遊んでいたんじゃね〜のか、とゾロは思った。

  サンジは男友達は少ないが、女友達はやたら多い。

  この年で女と一緒に遊ぶと言うのは、ゾロにはかなり不思議な事だった。

  同級生も同じ気持ちらしく、サンジはあまり男連中には良く思われていない。

  ゾロが以前、その事を言うと、サンジはこんな風に返してきた。

  「あのなぁ〜汗臭い胴着を着て、四六時中、男同志でドツキ合っているお前の方が変でね〜の?

  そのうち脳ミソまで筋肉になるんじゃね〜か? うわっ怖いな〜それ」

  ゾロは剣道のジュニア大会では敵無しの実力者だった。

  確かに毎日道場へは通っているが、サンジにそんな事を言われる筋合いは無い。

  ゾロは二度とサンジと、その件について話す事は無いと思う。

  エイリアンと普通に会話しようとした自分が愚かだったのだ。



  サンジはその汚い口調とは比例せず、とても可愛らしい顔をしていた。

  巻いた眉毛は変な形だったが、愛嬌がある。慣れればそれもチャームポイントだった。

  身体も男にしては華奢で手足が長く、真っ白な肌をしていた。

  それに祖父ゆずりの青い眼にサラサラの金髪で、まるで人形のように見える。

  さらに料理が趣味……と言うか命をかけている。

  そのせいで目立つ事の多いサンジは、小学校入学当時は良くイジメられていた。

  昔のサンジはとにかく泣き虫だったので、見かねてゾロが助けてやったものだった。

  ヒヨコのように、良くゾロの後ろをついて歩く子供だったのだ。


  しかし、今のサンジにその面影はない。

  <蹴り技>でクラスメート達に恐れられ、かなりの悪名が轟いていた。

  背丈も少しづつ伸び始め、小5になったサンジの足から繰り出させる蹴りは、ムチのようにしなり、

  かなりの破壊力になっていた。

  最初に餌食になったのは、サンジをいじめた連中だった。今ではサンジに近寄ろうともしない。

  その後もキレたサンジに蹴り飛ばされる被害者が後を絶たない。

  現在は、ゾロがそれを止める役目を担っていた。ゾロ以外にサンジを止められる相手がいないのだ。

  ゾロにとって、昔も今もサンジはとても手のかかる人間には違い無かった。


だから坂道でサンジに会った時に、「マズイ奴に会っちまった」とゾロは思った。

  それで、とっさに着替えの入った袋を背中に隠してしまったのだ。

  目ざといサンジがそれを見逃すはずが無い。

  「なあなあ、その袋って何だよ??」

  サンジは好奇心旺盛なので、隠そうとすると余計興味を持つのだった。

  ゾロが持っている<お風呂セット&着替え>が気になる様子で、しきりに袋の口を引っ張って

  覗こうとしている。観念してゾロは袋を開いて見せる事にした。そうしないと、いつまでも

  この場所から動けそうにない。

  サンジは興味深そうに、袋の中をひとしきり漁ると、ビニル袋に入ったゾロのパンツを取り出して、

  何が楽しいのかケタケタ笑ったりしていた。

  「お前、パンツを土産にして、ドコ行くんだよ?」

  ゾロの黒いボクサーパンツをヒラヒラと振りながら、そう訊ねてきた。

  ゾロはそれをひったくると袋にしまいながら、ぶっきらぼうに答えた。

  「銭湯に行くんだよ」

  「何ィ〜銭湯だと??」

  とたんにサンジの顔が嬉しそうにパア〜と明るくなり、青い眼なんか瞳孔まで開いてしまっている。

  何かロクデモナイ事を思いついた顔だった。

  「オモシロそうじゃね〜か。何で俺を誘わね〜んだよ?」

  「何でテメェを誘わなきゃならね〜んだよ?」

  ゾロの切り替えしも完全に無視して、サンジは坂道を駆け上がりながら大声で言った。

  「よ〜し、着替えを取ってくるからソコで待ってろよ!!」

  「だから、どうしてテメェと行かないとならね〜んだよ!!」

  ゾロが叫んだ時には、サンジの後ろ姿は見えなくなっていた。

  (少しは人の話を聞けよ!)

  (あのアホ眉毛!)

  自分勝手なサンジに対して心で毒づきながら、ゾロはそれでも律儀にサンジを待っていた。

  別に無視して一人で銭湯へ行けばすむのだが、ゾロはそういう事の出来ない人間だったのだ。

  クラスメート達はゾロを<約束フェチ>と言っていた。

  命名はサンジだったが、ゾロがそんな事を知るよしもない。




  ゾロが怒りながら15分ほど待っていると、サンジが息を切りながら坂道を駆け下りてきた。

  ゾロの顔を見るとニンマリと笑い、持っていた小さな紙袋をポンッと投げてよこした。

  「腹が減ってるだろ? それ食ってみな」

  ゾロが袋を開くと、クッキーが10枚ほど入っていた。

  「どうしたんだ?」

  「今日、学校でみんなと作ってたんだよ。調理室借りてな」

  みんなってのはクラスの女子の事だろうな〜と、ゾロは思った。

  とにかく腹が空いていたので、クッキーを鷲づかみにして頬張った。

  ほんのりとした甘さが口に中に広がる。ゾロの取った物はチョコチップの入ったクッキーらしく、

  香ばしいチョコの甘さと苦味も実に良い感じだった。

  ゾロがリスのように頬を膨らませて、クッキーを食べている様子をサンジはじっと見つめていた。

  それから、しばらくして真剣な表情で訊ねてきた。

  「なあ、そのクッキー美味いか??」

  「おお、美味いぞ」

  ゾロがそう返事をすると、サンジは頬を少し赤くして嬉しそうにニコニコと笑った。

  それから、ちょっと照れたように下を向いてしまった。

  「へへへ〜そうか?」

  普段の生意気そうな表情と違って、とても幼い子供じみた顔だった。

  ゾロがサンジと出会った5歳の頃から、サンジのそういう所は変わっていない。

  料理を褒めた時だけ、素直な表情をして喜ぶのだ。

  ゾロはそんなサンジなら、別に付き合っても悪くは無いと思っていた。

  (いつもそういう面してりゃ〜良いのに)

  (俺だって、腹立つ事も無いんだがなぁ)

  (それこそ、腐れ縁だしな)

  (仲良くしてやっても良いんだ)

  ゾロが突っ立ったまま、そんな事を考えていると、突然、尻を力いっぱい叩かれた。

  「ボサッとすんなよ! 早く行こうぜ! 風呂が冷めちまう」

  「冷めるか、そんなモン!!」

  先に走りだしたサンジを追いかけて、ゾロも慌てて駆け出した。

  途中で、口の中のクッキーの粉が気管に入り、激しくムセ込んでしまった。

  サンジは面白がって笑っていたが、ゾロは危うく間抜けな死を向かえ
る所だった。



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