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プリンス様と寝とぼけ従者〜諸国漫遊旅日記
バラティエ王国のサンジ王子は、従者と世界を旅していた。
王位を継ぐためには、オールブルーの魚で調理した 《 海鮮フルコース 》 を
用意しなければならない。
それが、王家のしきたりだった。
別に王子にしてみたら、王位はどうでも良かったのだが。
(だって、女の子と遊ぶ暇が無くなるだろ?
世界中の女の子が寂しがって泣くじゃないか! ) 《 サンジ王子談 》
王子が、それでも探索を続ける理由は、オールブルーを自分の目で見てみたいからだった。
一体、どこにあるのか?
どんな場所なのか?
珍しい魚がいるのだろうか?
毎日、それを思い描いては、期待に胸を躍らせている。
バラティエ王家の人間は、みんな根っからの料理人(?)だったので、
王子も血が騒いで仕方無いのだ。
とにかくオールブルーを見つけるまでは、故郷に帰る事はできない。
今日も、従者を一人従えて、西へ東へ奔走を続けていた。
「おい、今日の宿はどうする? 」
すっかり西日も傾き、辺りの視界も悪くなってきた。
サンジ王子がそう訊ねると、こんな返事が返ってきた。
「宿? 森の中だぜ? あるワケね〜だろ? 野宿でもするか? 」
そう言うと、たった一人のお供は、大きな木の幹にいきなりゴロッと横になった。
思わず、従者の藻か緑ゴケのような頭を、王子は力いっぱい蹴ってしまった。
「いて〜なぁ! 何だよ? 」
「何で野宿なんだよ! 」
王子が声を荒げて訴えるが、その従者は涼しい顔でこう答える。
「そりゃあ、森の中だからだな。当然だろ? 」
「アホか? てめぇが迷ったからだろーが! このクソ剣豪! 」
王子は国を出てから、ここ数ヶ月の間、絶えず怒り続けていた。
理由は、この役に立たない従者のせいである。
名は、ロロノア・ゾロと言う。
王国最強と言われる剣士であり、その腕を買われて王子の従者となった。
王族に対して民間人を警護につける事は、かなり異例の出来事である。
それだけに、確かに剣の腕は一流かもしれない。
だが、致命的な欠陥が、この男にはあるのだ。
「街の方角にあった丸い雲を目印にして、ちゃんと歩いていたんだぜ?
何で着かないのかさっぱりわからねーなぁ」
「わからね〜のは、てめぇの筋肉脳ミソの方だろ〜が! 」
頭の血管がブチ切れそうになりながら、必死に拳を握って堪える王子だった。
この程度でいちいちキレていたのでは、到底このアホとはつきあえない。
深呼吸して心を落ち着かせると、今晩の野営地を確保する事にした。
体力だけは腐るほどある鍛錬バカな従者が、筋トレを兼ねながら、焚き火用の枝をあつめたり、
寝床のために風避けの組み木を作ったりしている。
その間、王子は小枝を集め火種をつくると、飯の準備を始めていた。
手元には、先日作っておいた乾燥芋と干し肉がほんの少しあるだけだった。
他には荷物を漁って、やっと豆のスープの缶詰を2つ見つけた。
それも明日には尽きるだろう。
「明日は街に入らね〜と、本当にヤバイからな! 」
「あ〜そうだな。わかっている」
そう言うと、ゾロは焚き火のそばに腰を下ろし胡座をかいた。
寝床の準備は終わったらしい。
この男の同じような返答は、もう何百回も王子は聞いたような気がする。
(本当にわかっているのかよ! コイツは! )
サンジ達は、資金と必要な物資を、使者から街で受け取る手はずになっているのだ。
オールブルー探しは長旅になるため、このような事が何度も行われる。
王子が溜め息をつきながら、鍋のスープをかき回し暖めていると。
すぐ隣から、ガーガーなんて大きなイビキが聞こえてきた。
(ありえねぇ〜。コイツもう寝てやがる! )
王子とほんの数秒前まで会話をしておきながら、従者はどうやら熟睡しているらしい。
その気持ち良さそうな寝姿を見ながら、王子は怒りのあまり全身を震わせていた。
(俺が国王になったら、絶対にコイツは首にしてやる! )
(それより、国外追放にして、二度とバラティエには入国させねぇ! )
(いや、やっぱり死刑だな、死刑! )
王子は、頭の中で、銃殺だの打ち首だの、ゾロを何万回も殺した後で、本人の背中へ
必殺技の蹴りをコンボで入れてやった。
王子は夜更けにとんでもない事件に遭遇していた。
出モノ腫れモノところ嫌わず。なんて、東洋のことわざ(?)にもあるが。
突然、もよおしてしまったのだ。
深い森の中でも月明かりは差し込んでいるので、歩くにはほとんど支障は無い。
だから、王子が問題にしている事は……他にある。
こういう場所では、得体の知れない 《 例のモノ 》 がたくさん潜んでいる可能性が高いのだ。
さすがに小便に行くためだけに、ゾロを起こす気にはならなかった。
(腐れマリモに馬鹿にされるくらいなら、死んだ方がマシだ! )
だから、必死に身の安全を祈りながら、草陰に入り用を足した。
良い感じに、膨れていた下っ腹がスッキリとした。
これでゆっくりと眠れるな〜なんて、にこやかに微笑んだ矢先、足元に蠢く《 例のモノ 》 を
発見してしまった。
それは、人の握りこぶしほどの大きさはある巨大な蜘蛛だった。
緑と黄色のシマシマ模様で、全身に細かな毛がびっしりと生えている。
良く見ると、地べたにも、木の幹にも、枝にも、いたる所に何十匹も貼りついていた。
うぎゃひ〜〜〜〜〜〜
なんて王子は、声にならない奇妙な悲鳴をあげていた。
そして、その場で硬直したように動けなくなった。
顔は青ざめ、全身には悪寒が走り、冷たい汗がじっとりと背中を流れ落ちてゆく。
(コイツら、俺の身体を上ってくるんじゃね〜か? )
(あ〜死ぬ、マジで死ぬ! )
(俺は、もう駄目かもしれねぇ )
その場で、卒倒しそうなトコロをなんとか堪えた。
ここで倒れたら、《 蜘蛛をベッド替りにする 》なんて身の毛もよだつ状況になるからだ。
必死で爪先立ちになり、背筋を伸ばしてみても、空を飛べるわけではない。
(オールブルーを見つけられずに、ここが俺の墓場かもしれねぇ )
(ジジィ、すまねぇ。俺は後を継げそうにねぇ )
(素敵なお嬢さん達も、綺麗なお姉様達も、さよ〜ならぁ )
(最後に一目、君に会いたかったよ )
(メリンダ、カトリーヌ、マリアン、ジョアンナ、セリーヌ…… )
王子がショック死を覚悟して、麗しいレディ達に最後のお別れを言っていると。
突然、自分の身体が空中に浮かぶのを感じた。
どんどん自分の足と、地表が遠ざかる。
蜘蛛の大群からも遠ざかる。
すると、こんな囁きがサンジの耳に聞こえてきた。
「何しているんだ、お前? 夜更けにストレッチ体操か? 」
普段は役に立たない寝とぼけ従者が、サンジ王子を見てニヤリと笑った。
おまけに、あろう事か。
サンジは、ゾロに抱っこされていた。
それも、サンジの膝裏と背中に腕を差し入れ、両手で支える形
……いわゆる《 姫抱き 》だった。
(王子が、《 お姫様抱っこ 》 とは、これいかに?! )
なんて、自分でツッコミを入れるくらい、サンジの心の動揺は激しかった。
「てめぇ! 何するんだ! 降ろせ! このクソまりも! 」
「ふ〜ん、降ろしても良いのか? 」
ゾロの視線が指し示すトコロをたどって、サンジも足元に視線を移すと、当然、そこには
シマシマ模様の蜘蛛達が団体でカーニバルの真っ最中だった。
サンジはそれを見て、また震え上がった。
「アホ! 降ろすな! さっさと連れて行け! 命令だ、命令! 」
「へいへい、ご命令通りに致しましょう。王子様」
足をバタバタさせながら、オウムのように命令……を繰り返すサンジを、ゾロは丁重に
野営地まで運んだ。
まるで、傷をつけてはならない貴重な宝石を守るように、そっと抱きしめながら。
サンジを見るゾロの目はとても優しい。
その事に、暴れているサンジ王子が気づく事は無かった。
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