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   王子様と従者〜無知とは罪〜



   オールブルーをみつける事が王位継承の条件である。

   バラティエ王家のサンジ王子は、今日も従者とオールブルーを探して、世界中を旅していた。

   お供は、王国一番の剣士ロロノア・ゾロである。

   その年の武道大会の優勝者が王子に付き従うのは、王家のしきたりになっていたので、

    サンジはその件に関して、文句を言えない立場だった。

   しかし、サンジ王子は朝から晩まで、従者に対して怒っていた。

   この従者がとんでもない男だからだ。

   歩いては道に迷う。字も読めないので、当然、地図も読めない、標識も判別できない。

   サンジは生まれて初めて、野宿を経験していた。

   それも、毎日だ、毎日。

   この男の言う事を聞いていたのでは、宿屋のある町にすら、ほとんど到着できないのだ。

   そんなワケで、役に立たない従者から、地図をひったくると、自分の無い頭をフル稼働させて、

    サンジ王子が毎日旅の行く先を決定していた。

   ところで、サンジ王子は十九歳になる今まで、王宮から一歩も外へ出た事が無い。

   究極の箱入り息子なのである。

   世の中の仕組みも知らなければ、金銭感覚もさっぱり無い。

    しかし、世間から、かなりズレている事に本人は気がついていないのであった。

   その判断力たるや、すでに救いようの無いレベルだったのである。


                         


   以下は、従者から王家に提出された 《 旅の記録 》 の一部である。

   王子は、従者が読み書きはできないと信じていた。

   しかし、それは、サンジに自分から行動させるための演技であった事に、旅の終わる最後まで、

    王子は気がつく事は無かった。

    旅での、サンジの行動を王室に報告する事も、従者の重大な仕事だった。


                         


   王子と従者の二人連れは、この日、港に近い大きな町に辿り着いた。

   一週間ぶりに到着した街だった。

   もう陽も暮れかけていたので、さっそく宿屋を王子は探し始めた。

   ヒヨコのような黄色の頭をひょこひょこ動かし、珍しげに店を覗いてまわる王子の後ろを、

    剣を三本も腰にさした凶悪面の男が追いかける。

   「なあ、この宿なんか良いんじゃねぇか? とにかく安いし、キラキラ壁も光っているし、

    綺麗なお姉さんは、いっぱい入っていくしなぁ。どうだ? 」

   目をハートマークにして、女に見入っているサンジ王子に、ゾロは苦笑した。

   (コイツの宿屋の判断基準は、女なのか? )

   ゾロもその宿屋へと視線を走らせる。

   派手なピンク色にペイントされた看板のある、やたらネオンがチカチカしている宿屋だった。

   従者が戸口に立てかけてある文章を見てみると、こうあった。

   《 ご休憩100ベリーより、

      ご宿泊500ベリーより

      延長料金は各種部屋ごとに表示があります 》

   そして、室内を撮影した写真が飾られ、その中から好きな部屋を選べるようになっている。

   「へえ〜、この宿は、いろいろ面白い部屋を選べるんだな? 」

   サンジが感心しながら、《 遊園地風メルヘンルーム 》 《 宮殿風ゴージャスルーム 》

   《 和風わびさびルーム 》 なんて物を、目を輝かして真剣に見入っている。

   ゾロは思っていた。これは、宿屋と言うよりも……。

   (そりゃあ、連れ込み宿だ。)

   サンジが言う 《 綺麗なお姉さん 》 とは、路上に立っていた商売女に違いなかった。

   王子は、そういう者を見た事が無いらしい。

   まあ、仕方ない、何せ 《 王子様 》 だからな、とゾロは納得するしかなかった。

   「そこは止めた方が良いぞ。男だけで入るモンじゃねぇ。」

   「あ〜? 何でだよ? 」

   すでに 《 バラ庭園風ロマンチックルーム 》 が気に入ってしまい、

    宿へ入る気満々だった王子が不満な声を出した。

   ゾロはどう説明すると、このアホに理解できるのか、しばらく悩んでいた。

   「とにかくだ。男と女が二人で入る宿なんだよ。」

   困ってゾロがそう答えると、サンジが宿の戸口を指さした。

   「なあ、今、男が二人で入っていったぞ? 男同志でも良いんじゃね〜かよ!

    お前、俺が何も知らねぇ王室育ちだと思って、嘘ついただろ! 」

   サンジが怒っているので、ゾロも視線を向けると、確かに男二人がフロントで宿屋の主人らしい女と

    話をしているところだった。

   年配の男に、まだニ十代前半と思われる若者が腕を組み、抱き合うようにして立っている。

   「ありゃ〜男娼じゃねぇかよ! 」

   思わず声に出してしまったゾロに、サンジはキョトンとした表情で聞いてきた。

   「ダン ……何だって? 」

   ゾロは唸ってしまった。

   やはり、王子は 《 男娼 》 と言う言葉は知らないらしい。

   それでは、《 娼婦 》 なんて言っても、意味がわからないに違いない。

   もともとゾロも口が回る方では無かったので、だんだんと付き合っている事が面倒臭くなってきた。

    別にどこでも良いような気もしてきた。

   「宿屋は他にもあるぞ。どうしても、ここが良いのか?」

    ゾロが最終確認のために訊ねると、サンジは真剣な表情でこんな事を聞いてきた。

   「てめぇは、こういう宿に入った事があるのかよ? 」

   「……ああ、まあな。」

   ゾロは大昔、道場の連中に連れてこられたような気がする。

    確か、道で声をかけてきた女も一緒だった。

   ゾロは、こういう事にはほとんど関心も無いので、すっかり忘れていた。

   そして、別に楽しい事でも無いような気がする。

   「ふ〜ん、そうかよ。てめぇは入った事があるのか? なのに、俺はダメって変じゃね〜か!

    俺も絶対に入るぞ! 決めた! 今晩は、ここに決定だ! 」

   サンジはいつも、やたらゾロと張り合おうとするのだった。

   サンジ王子は、鋭い目で従者を睨んでいる。

   「てめぇが知っていて、俺が知らないなんて、むかつくんだよ! 」

   王子様がそう決定したので、従者のゾロは従うしかない。

   (俺は、何があっても、知らねぇからな。)

   肩をいからせて、派手なネオンの下をくぐっていくサンジの後を、

    ゾロは溜め息をつきながら追いかけた。


                         


   「へえ、安いわりに、なかなか綺麗な部屋だな。」

   サンジは満足そうに微笑むと、ソファーに腰かけ、座り心地を試していた。

   そのスプリングはあまり弾まず、とにかく硬いので、サンジの眉間には皺がよっていた。

   ゾロとサンジが通された部屋は、クリーム色の壁紙の落ち着いた雰囲気だった。

    窓は小さいが夜の街の明かりが輝いて見え、窓辺から室内に向かって飾られている花も

    豪華だった。桃色や赤など暖かな色彩のバラが咲き乱れている。

   ただ、家具らしいものは、ほとんど無く、机とサンジが座っているソファーと、

    やたら大きな鏡と、そして、ベッドがあるだけだった。

   サンジ王子は興味深そうに立ち上がると、そのベッドの間近まで近寄り、怪訝な表情をした。

   「なあ、何でベッドが一つしか無いんだよ? 」

   室内の中央には、やたら大きな丸いベッドが一つ置かれていた。

   それも、白いレースと金色の刺繍糸で飾られ、何故か赤いバラの花ビラが撒いてあったりする。

   何だか嫌なサービスの部屋だな、とゾロも眉をひそめていた。

   さらに、室内には香が焚かれている様子で、部屋中に花の香が漂っている。

   「二人でこれに寝るのか? 」

   サンジがさらに聞いてきたので、ゾロもこう答えるしか無い。

   「まあ、そういう事だ。こういう部屋なんだよ、わかったか? 」

   なるほどな〜と、サンジは一人で頷いていた。

   「だから、宿代が安いんだな。ベッドが一つしか無い分、割引の宿。そういう事なのか。」

   結局、サンジ王子は理解していなかったが、もう面倒臭くなったので、

    ゾロは勝手にソファーにゴロリと横になった。

   「俺は別にここで良い。お前が一人でベッドを使え。」

   サンジ王子は少し困った顔になったが、やはり男二人でベッドを使うのは、嫌だったらしく、

    ゾロの申し出を大人しく了承した。


                         


   二人は、その後、部屋にある風呂で長旅の疲れを落とし、頼むと部屋に軽食が届くので、

    それで腹を満たした。

    とにかく風呂だけはやたら立派で大きく、金の細工で飾られた湯船の中にはバラの花が浮いていた。

   ゾロは気が滅入ってすぐに出たが、サンジは風呂がかなり気に入った様子で、長い時間楽しんでいた。

   それに、部屋まで食事を運んでくれるなんて親切じゃないか、と王子はかなりご機嫌になっていた。

   宿泊費用が安いので、味に関してはうるさい王子も、今回は仕方無いと思ったらしい。

   ゾロは酒ばかり飲み、サンジに食事を取るように怒られてしまった。

   その後、電気を消して布団に入ったのだが、静かになってみると、奇妙な音が響いてくる。

    話し声や、ベッドのきしむ音や、うめき声……。

   ゾロは、それが何かすぐに気がついてしまったが、ベッドで休んでいる王子はワケがわからないのか、

    うるさいな〜なんて言いながら、もぞもぞと寝返りをうっていた。

   どうやら、この宿はかなり壁が薄いらしい。

   そのうちに、はっきりと叫び声や喘ぎ声が聞こえてきたので、さすがの王子にもわかったらしい。

   「おい、何か両隣の部屋が凄いんだが……。」

   「だから、ここはそういう事をする宿なんだよ。わかったか? 普通の恋人同志もいるけどなぁ。

     ここでは、娼婦や男娼が客を取っているんだよ。」

   ゾロがそう早口で言うが、サンジはまだ首をかしげている。

   「そういう事をする宿って、どういう事をするんだ? 客っていうのは、何の客だ? 」

   ゾロはだんだんと嫌になってきたので、押し黙ってしまった。


                         
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