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   「サンジ君も飲みましょう」

   給仕の仕事も落ち着いたサンジ(ルフィが満服になって倒れてため)に、ナミからそんな誘いがあった。

   「ナミさんと一緒に飲めるなんて、もう死んでも良いな〜〜〜」

   盛大にハートマークを飛ばしながら、ちゃっかりナミとロビンの間に腰を下ろす。

   美しい星空のもと、ほろ酔い加減の美女二人に囲まれて――男だったら幸せに感じないわけが無い!

   先ほどのムカツキもやや緩和し、サンジの気分は薔薇色だった。

   二人に赤ワインのグラスとチーズの盛り合わせをを手渡し、自分もその芳醇な香を楽しみつつ口をつけた。

   宴会のさなか、仲間に勧められるままビールや焼酎を何杯か飲んだが、

   給仕で忙しかったサンジはまだ酔うほど飲んではいなかった。

   ふと甲板を見ると、腹の膨れた蛙のようなルフィと、泥酔状態で意味不明の鼻歌を歌っているウソップと、

   なぜか鼻の穴に割り箸をつっこんだまま眠っているチョッパーが、屍のように転がっていた。

   ついでに、腐れマリモにも目を向けた。

   どうやら着替えはすませたらしい。しかし、先ほどと全く変わらない緑の腹巻とジジシャツ姿だった。

   奴は、チョッパーをかつぎ上げ、右手にルフィの足と左手にウソップの鼻をつかむと、男部屋へ入っていった。

   凶悪な顔に似合わない面倒見の良い男だった。

   数分して甲板に戻ってくると、また胡座をかき、変わらぬペースで酒の杯を進め始めた。

   それも、産地不明のアルコールそのままのような度数の強いニゴリ酒だった。

   前に立ち寄った島でゾロが自分で購入してきたモノだった。

   (ウゲッ!酒だったら何でも良いのかよ!)

   (オレ様の極上ワインは、死んでもテメェには分けてやらねぇ〜からな。)

   (本当は味覚音痴じゃね〜のか?神がかり的な方向音痴だしな〜とにかくアホだアホ!)

   サンジがそう心の中で毒づいていると、視線を感じたのかゾロが突然顔を上げた。

   青白い星明かりの中で、ゾロの深い緑の瞳がジッとサンジを見つめてくる。

   吸い込まれるような強烈な光のある――まるで肉食獣のような瞳。

   (いちいち睨むんじゃね〜よ!ムカツク野郎だぜ!!)

   視線をそらしたら負け……もしくは殺られる……ような気がして、コチラも睨み返すサンジだった。

   凶悪面で目つきの悪い二人の男のガン飛ばしが、15分も続いた。

   おかげでサンジの浮き立った気分は急速にしぼんでしまった。



   本当の事を言えば。

   サンジは決してゾロが嫌いでは無かった。

   世界一を目指すその高い志しも、強い相手に怯まず真っ向勝負する潔さも、

   毎日鍛錬を欠かさぬ意志の強さも、

   多少無愛想ではあるが仲間思いの優しいトコロも、とても好意的に思っていた。

   仲間に加わった当初、サンジは仲良くなれるんじゃ無いかと期待していたのだ。

   (<男同志の友情>なんて、ちょっと良い響きじゃ無いか……。)


   酒を一緒に酌み交わしたり、肩を組んで歌ってみたり、共に夢について語り合ったり。

   貧しい時は飯を分け合い、寒い時は毛布に一緒にくるまり、困った時はお互いに助け合う。

   相手が間違った道に進んだら、自分の体を張って止める。

   そんな<男同志の友情>に憧れていたのだ。しかし……。


   (あのクソ剣豪は、絶対におかしい!)

   (男同志が殴り合いをした後は  「てめぇ、けっこうヤルじゃね〜か」  「いや〜テメェもな」

    とか言って握手したり、抱擁したりするんだよな???)

   (間違ったトコを注意されたら  「すまねぇ〜オレが悪かった」

   と涙を流しながら土下座してワビ入れるんじゃね〜のか??)

   (やっぱアレか?アイツが常識を知らね〜アホって事なのか??)

   (それともオレの蹴りがまだ甘いのか? もっと強烈にキメね〜と駄目なのか?)

   (全く友情ってのは難しいモンだぜ!)


   サンジのアホさ加減は今に始まった話では無い。

   大人だけの世界で育ったサンジは、友達と呼べる相手が幼少期から一人もいなかった。

   だから<男同志の友情>に強い憧れを持っていた。それもなぜか間違った解釈とともに。


   サンジは11歳の時からゼフに<愛情を込めた蹴り>を食らって育った。

   痣ができたり鼻血が出たり、たま〜に意識も無くなったが、決してゼフを嫌だと思った事は無い。

   それどころか、ゼフに蹴られるのはちょっと嬉しい事だった。

   いつも自分を見ていてくれて、間違いをやらかした時は必ず諭してくれる。

   無口なジジイは普段からあまり多くの言葉を話す事は無かったけれど。

   彼の蹴りには、それ以上のたくさんの言葉が詰まっていた。


   だからサンジも、いつもゾロを蹴り倒す時には、いろんな想いを込めていた。

   先ほども、言葉通りに<食事のマナーをゾロに教えようと思った>のだ。

   (飯を食わね〜で酒ばかり飲むのは、身体に良いはずがね〜からな)

   問題は、それがゾロには全く伝わっていない事なのだが。



  「……サンジ君? 私の話、聞いてる?」

   ナミがサンジの顔を覗き込むように言った。間近で見るナミの整った顔はやはり美しい。

   「当然じゃ無いですか? やだな〜ナミさん」

   「そう、なら良いけど。もし何か問題を起こしたら1万べりー要求するわよ!」

   本当のトコロ、ぼんやりとしていて、サンジはナミの話をほとんど聞いていなかった。

   たぶん先ほどの、ゾロとの喧嘩で怒られているんだな〜とは思っていた。

   「とにかく危険だから、ゾロにはあまり近づかない方が良いわよ」

   ナミはとても真剣な表情だった。

   「心配してくれるなんて嬉しいな〜。ナミさん好きだ〜〜〜!」

   サンジが抱きつこうとしたら、顔面にナミの肘を入れられた。いきおいで、ロビンめがけて飛ばされたが、

   スルリとかわされ、サンジは床を抱いて寝るしか無かった。

   たしかにゾロは凶悪で危険なアホかもしれないが。自分がゾロとやりあって負けるとは思えなかった。

   心配される事も無いのだが? それとも、違う意味なのだろうか?


   サンジも最近、少し気づいた事があった。自分はゾロを<友達>だと思っていたが。

   (マリモは、オレを友達だとは思ってね〜のかもしれね〜な)

   (もしかすると、オレは嫌われているんじゃね〜のか? )

   (作ったケーキも奴は食わね〜し、話も全くしね〜モンな)

   (ナミさんの言うとおり、近づかね〜方が良いのかもしれねぇ)

   そう考えたら、胸の奥の方がぎゅ〜と絞られるように痛くなった。

   何だか、目頭と鼻の奥まで熱くなってきた。

   サンジは座り直すと、手に持っていたワイングラスをいっきに煽って空にした。

   すると、隣にいたロビンが飲んでいた水割りを手渡してくれたので、それもいっきに飲み干した。

   「あら、良い飲みっぷりね」

   ロビンが、さらに新しい酒を注いでくれる。

   (腐れマリモめ〜〜〜! てめぇ〜とは絶交だからな!)

   (土下座してあやまっても、もう手遅れだぜ!)

   友達かどうかも不明なのに、勝手にゾロと絶交を決めたサンジは、ヤケ酒を煽り始めた。

   美女2人もそれにつきあってくれたが、サンジの酒量が<可愛いお月様レベル>なら、

   彼女ら二人は<生きたブラックホール>だった。

   用意した酒をあらかた飲み尽くし、「おやすみなさい」と言い残し女性部屋にナミとロビンが

   去って行った頃、完全にサンジは酔い潰れていた。

   11日も間もなく終わろうとする夜更けのGM号の甲板には、グデングデンに酔って座り込むサンジと、

   何時間でも表情一つ変わらぬ様子で飲み続けられる――強靭な肝臓を持ったゾロが取り残されていた。

   暗雲立ち込める問題のアホ二匹とは対照的に、今夜の夜空は雲一つ無く、星はとても美しかった。


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