3ページ目/全3ページ ヘプシュッ! 妙なクシャミをしてサンジは覚醒した。 (寒いな〜〜〜。なんだ??甲板か?) 頭はガンガン痛むし、視界はグルグル廻っているし、板で寝ていたせいで体もギシギシ痛む。 周囲を見回すとうっすらと霧がかかっているのがわかった。 先ほどまでは、綺麗な星空の晴天だったのに、さすがはグランドラインである。 もっと目を凝らして見ると、看板の隅で壁を背もたれにして、座位で眠っているゾロの姿があった。 腕組みして眉間にシワを寄せ岩のように動かないその姿は、仏像に良く似ていた。 (何だ?寝ながら修行中か?良くこの体勢と寒さで熟睡できるよな〜さすが腐れ腹巻だぜ) 変な感心をしたサンジだったが、やはり起こした方が良さそうなのでゾロに声をかけてみた。 「お〜い、クソ剣豪!起きね〜と海にまた蹴り落とすぞ〜〜!オロされて〜のか、こら!」 一緒に攻撃も入れようかと思ったが、誕生日に2度も蹴られるのも不憫だったので止めておいた。 (まあ〜雪の中で寝ても死なね〜男だからな。霧で凍死はね〜だろ) (絶交は、明日っからにしておいてやるぜ!) サンジは自分の上着を脱ぐと、ゾロの身体を覆うようにしてかけてやった。 それから、腕時計に目を走らせた。 (残り30分チョイってトコロか?まあ〜ギリギリだな) サンジはふらつく足取りで厨房へ行くと、それから30分きっかりで戻ったきた。 手には、白い生クリームがたっぷりかかった、直径20センチほどの丸いケーキがあった。 その上には<ハッピーバースデー>と書かれてあった。 サンジはどうしてもゾロに<バースデーケーキ>を作りたかったのだ。 料理人としても、相手に自分の料理を味わってもらえないのは辛い。 それ以上に、サンジが気になった事は、自分がゾロの誕生日をまだ祝っていない事だった。 面と向かって「おめでとう」と言う言葉は、サンジにはとても言えない気がする。 (オレに言われても、奴も嬉しくはね〜だろうしな) 11月11日が後5分で終了する。 「お〜い、ゾロ。コレはてめ〜の分だからな。さっきルフィに食われちまっただろ? 死ぬほど酒好きみたいだからな〜しこたまブランデー効かせてやったぜ。 コレはてめぇ〜にやるから好きにしろ! 食わないで人にやっても、そりぁ〜自由だ。 だが、捨てたりしたら、ぶっ殺すからな!!」 そう言うとケーキをゾロの足元に置き、踵を返し、男部屋に戻ろうと歩き出した。 まるで、宇宙遊泳のようにサンジの身体はユラユラと揺れていた。急速に酔いと眠気が襲う。 ケーキ作りに精神力を使い果たし、酔っ払いサンジは心身とも燃えカスになっていた。 「オレは捨てたりしね〜ぞ?」 そう声が背後ですると、次の瞬間、サンジの右手が強く引っ張られた。 「うわわわわ〜〜〜〜!」 酔ってふらつく足はその動きについていけない。慣性の法則と重力には逆らえず、 サンジは右斜め後ろにバッタリと倒れて行った。 床板にぶち当たる前に反射的にもがいたサンジは、右手と右頬と胸元にグッチャリとした とても嫌な感触を味わった。それは考えたくも無い事実を物語っている。 踏まれた蛙のように腹ばいになっていたサンジが、意を決して起き上がると、予想通り。 サンジが渾身の想いを込めて作ったケーキが、自分の身体の下で押しつぶされていた。 「何してくれるんだよ!てめぇ〜は!」 サンジのヒステリックな叫びは泣き声に近かった。生クリームに塗れた顔やブルーのシャツは 少しコミカルだったが、笑う人間はいないと思われる。 「ああ??お前、上着忘れてるぞ」 ブッチリ!! ゾロのポイントを完全に外した返事に、サンジの頭の血管と神経が一緒に5〜6本はブチ切れた。 全身を細かく震わせてから、スッとゾロに向かってクリームだらけの右手を差し出す。 「てめぇ〜〜〜全部食えよ〜〜〜!ケーキ捨てたりしね〜って今言ったよな? 約束通り全部食わなかったら、殺すぞ〜オラッ」 酔いと怒りでサンジの頭も腐り気味だった。 ゾロは無言で少し考えている様子だったが、突然、左手でサンジの右手首をグイッと持ち上げた。 そのまま顔を寄せると、サンジの右手の平をベロリと舐めた。 「こうすりゃ〜良いのか?」 実際にゾロが舐めるとは思っていなかったので、サンジは心底驚いていた。 売り言葉に買い言葉。ちょっとした嫌がらせのつもりだったのだ。 だから何と答えて言いのかわからず、返答に詰まって、口をパクパクさせただけだった。 ゾロはさらに、サンジの右手首から腕へとゆっくり舐め上げた。 ゾロの舌が辿った跡が、燃えるように熱い気がする。 クリームにもブランデーを入れたせいだろうか? ゾロの塗れた舌が、サンジの腕を舐める度に、体温がどんどん上昇するような感じだった。 霧の中で冷えきっていた身体が、逆に今は熱いくらいだった。 しばらくして、サンジは身体をよじりながら笑っていた。 「動くなよ。アホコック、舐めれね〜じゃね〜か」 右腕のクリームはほとんど無くなったので、ゾロはサンジの首筋を舐めていた。 くすぐったくて堪らないのでサンジが身体を揺すると、ゾロは両手でサンジの腰を掴んで固定した。 身動きが出来なくなって、静かになったサンジだったが、何度か腰が下に落ちそうになる。 「お前、立ってられね〜のか? 飲みすぎだぞ」 「だから、てめぇに言われたく無いっつーの! アル中剣士!」 サンジは頭も身体もとても熱くて、雲の上を歩いているみたいにフワフワしていた。 また足がふらついて腰が落ちた。気がつくと、ゾロの腕が背中に回され、サンジは抱き上げられていた。 (ホント怪力だな〜コイツ。オレ持ち上げられてるぞ??) でも、逆さづりにされた時のような嫌な気分にはならなかった。 逆に、何だか暖かいとても良い気分だったので、自分もゾロの背中に腕を回して抱いてみた。 密着したゾロの胸から、心臓の鼓動がしていたが、自分と同じくらい速くなっていた。 (確か、友達ってのは、喧嘩した後に仲直りして抱擁するんだよな?) (もしかすると、コレがそうなのかもしれね〜なぁ) (オレのケーキも、潰れたのにちゃんと食ってくれたしな) (別に、嫌われてるってわけでも無いのかもな) (よしよし、絶交は撤回してやるぜ!) 一人、勝手に問題を解決したサンジは、ゾロに向かって二コリと笑った。 ゾロが驚いた顔をしたので、気づいたが、サンジはゾロに笑いかけた事は今まで無かった。 睨みあった事はたくさんあるけれど。 ゾロは険しい表情で、サンジを見つめていた。 いつも思うが、獲物を狙う肉食獣のような鋭い眼光だった。 でも、その瞳は濁りの無い澄んだ綺麗な深緑色で、サンジはそれも嫌いでは無いと思う。 ゾロはそのままサンジの頬に唇を寄せると、数回頬のクリームを舐め取った。 それから、耳元に口を寄せてこう言った。 「美味かった。また、こういう飯なら食ってやっても良いぞ」 ケーキの味を褒められたらしい。 サンジはゾロに料理を褒められたのは、初めてだったので、ものすごく嬉しい気分になった。 そのまま、ゾロの肩に頭を乗せているうちに、だんだんと眠くなってしまった。 サンジの記憶は、この辺りで途絶えている。 その後で不思議な夢をたくさん見たように思うが、朝起きた時には覚えていなかった。 次にサンジが記憶しているのは、甲板で大の字で寝ていた自分だった。 朝日が昇ってきたので、目が覚めたのだ。早起きのコックの習性だった。 霧だったのが嘘のような澄み切った青空だった。 どうしてなのか、自分のブルーのシャツが無くなっていて、上半身裸だったり、痣だらけだったりした。 不思議な事が多かったが、二日酔いのポンコツ頭では、思い出せそうになかった。 とにかく身体がべトついた感じ(たぶんケーキのせい)だったので、最初に入浴をすませた。 それから、甲板の掃除(ゾロの誕生会の残骸の始末)を済ませ、朝食準備に取りかかった。 サンジは和食が無性に作りたくなったので、ご飯と味噌汁と塩鮭に金平などを作っていた。 「サンジ〜飯〜!!」 いつも通り、最初に食堂にやってきたのはルフィだった。部屋へ入ると当たり前のように腕を伸ばし、 調理途中の温泉卵を盗み取ると殻ごと口に詰め込んだ。サンジもまた当然のように、 ルフィの腹に蹴りを入れると、口の中の卵を8個吐き出させた。 順番に食堂にやってきたクルー達だったが。コレもいつもと同様にゾロだけがいなかった。 (あのアホは一体、ドコにいるんだ??) 甲板にも男部屋にもいなかった。 「コックさん、剣士サンだったら格納庫にいるわよ」 ロビンがお茶を飲みながら教えてくれた。なぜ、ロビンがそんな事を知っているのか知らないが。 「優しいな〜ロビンちゃんは!教えてくれてありがとう!」 なんて言ってみた。するとナミがこう続けた。 「迎えに行ってあげたら? ゾロの事はサンジ君に今後は全部任せるわね」 サンジは格納庫に向かいながら不思議に思っていた。 (何でナミさんは、オレとゾロが<親友>だって知っているのかな? 女の勘か?) <男友達>から<親友>に勝手にゾロを格上げしたサンジは、歩く足取りも軽やかだった。 到着した格納庫にはロビンの話通り、ゾロがイビキをかいて眠っていた。 サンジはしゃがみこんでゾロの顔を覗き込んだ。それからジジシャツの胸や、 芝生のような緑の頭をそっとつついてみた。 サンジはゾロを見ていると、胸が暖かく膨れるような不思議な気分になる。 さらに、鼓動が速くなって、体温がドンドン上がるような気がした。 (酔ってもいないのに、不思議だぜ) (友達同志って連中は、みんなこうなのか??) (友達ってのは、聞いてた話よりも、ずっとスゲェ〜なあ) それからサンジは立ち上がると、そんな気持ちを全部込めて、ゾロの腹部を思いっきり蹴り上げた。 「クソ剣豪、飯だぜ! 早く食わね〜と蹴り殺すぞ!」 サンジの心には、<友情>とは違う別の何かが芽生え始めたが、本人は全く自覚していなかった。 サンジはどこまで行ってもサンジである。アホはどうしても治りそうにない。 ![]() ![]() |