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   言葉が足りない! 〜ゾロの誕生会〜



   「かんぱ〜い!」

   ゴーイングメリー号の船上では、本日何度目かの乾杯が行われていた。

   照りつけていた日も少しづつ落ち始め、空が薄桃色から群青色の美しいグラデーションに

   変わり始めた頃。気の早い7人の船員達の宴会はすでに佳境に入っていた。




   <ロロノア・ゾロ 19歳のお誕生日おめでとう!>

   ウソップ作の垂れ幕には、達筆でデカデカとそう書かれている。

   文字の横にはルフィが書きなぐった黒や緑の謎の幾何学模様――ルフィ曰く<ゾロの似顔絵>が、

   一緒になって風に揺れていた。

   ご満悦な表情で未来の海賊王が、口の中いっぱいにローストビーフと握り飯を詰め込んでいる。

   「サンジ〜おハわり!フへへへ、フホホエ……グホッ」

   「うわ!汚ね〜な、テメェは!食うか笑うかしゃべるか1つにしろ!!」

   サンジから背中に回し蹴りを入れられても、決して食物を口に詰め込むのをやめない。

   そんなルフィに、サンジは毎度の事ながら飽きれつつ、若鶏のから揚げと、タコのマリネと、

   特製ピラフの山盛りを手渡してやった。




   一方、本日の主役・未来の大剣豪は、甲板の端にドカッと胡座をかくと、

   食事に手をつけるよりも先に、酒瓶に直接口をつけ、毎日の鍛錬で乾ききった喉を潤していた。

   まさに浴びる様に飲むとはこの事だろう。

   次々とゾロの足元に転がされる空ビンを見ながら、サンジはそっと溜め息を吐いた。

   (心底、飯の作りがいの無い奴だぜ!)

   (てめぇ〜それで19かよ? アル中親父の間違いじゃね〜のか?)

   (海でコックの飯を無視するっつーのは、死にてぇ〜って事なのか?)

   サンジは思うだけでは無く、<足も出すタチ>なので、同時にゾロの後頭部にカカト落としも入れたが、

   ゾロは手に持つ酒瓶でキッチリ受け止めていた。

   砕け散った酒瓶の破片と、夕日で光り輝く水滴を顔面に受けながら、ゾロの表情はみるみる険しくなる


   まさに魔獣……かつて賞金首を一睨みで震え上がらせた眼光だった。

   「一体、何のつもりだ!! テメェは喧嘩売ってるのか?」

   「あ〜〜ん?マリモ頭に食事のマナーを叩き込んでやろうと思ってな!」

   動じる様子も無く、サンジはまるで子供を相手にするように小馬鹿にした口調で言った。

   宴会場が、一瞬で決闘場へと変化する。殴り合い、蹴り合い、掴み合い。

   そんな二人に慣れ親しんだクルー達は、気に止める様子も無く「やれやれ〜〜!」などと声援を送る。

   ただ一人、チョッパーだけはオロオロ慌てたり、柱の影に隠れたりとやたら動きが忙しい。



   ゾロとの攻防の合間に、サンジは横目で、ルフィの口に詰め込まれてゆく生クリームのデコレーションと

   南国の果物が豪勢に乗った<バースデーケーキ>を見ていた。

   やはり、ゾロは全く手をつけていなかった。

   (別に食いたくもね〜奴に、食わせたいとは思わね〜けどな。)

   (誕生日の主役が、酒ばっかり飲んだくれてるっつ〜のはどうなんだ?)

   (マリモの故郷じゃ、それが普通か? )

   (やっぱり昼寝中に光合成でもしてんのか??)

   (そういや〜この男の好物って何なんだ?)

   (んな事を聞いた記憶もね〜な〜??と言うより……)

   何百回もドツキ合った記憶はあるが、普通に日常会話をかわした記憶がほとんど無い。

   グランドラインに入ってすでに何ヶ月も経過したこの日、今さらそんな初歩的な事に気がつくサンジだった。

   お間抜けな事、この上も無い。



   ゾロの腹部に渾身の蹴りを入れた直後、アホな考え事で集中力を欠いたサンジは、床に無造作に転がる

   酒瓶の上へ着地してしまった。身体と一緒に滑った軸足までが空に浮く。

   「うおっ!」

   頭から床に激突……する瞬間。何故か、宙吊りになっていた。

   サンジの鼻先5センチのところで床が揺れている。いや、揺れているのはサンジの身体だったのだが。

   置かれた状況に気づいてサンジは愕然とした。

   自分の右足首をゾロが右手で握っていた……サンジは片手1本で持ち上げられていたのだ。

   ウエイト差があると言っても、二人はほぼ同じ身長なのに。

   「こらっ、クソ剣豪、離しやがれ! 」

   「馬鹿っ暴れるな!落とすぞ!」」

   見る間にサンジの顔が赤くなった。頭に血が上ったのは、逆さ吊りのせいだけではない。

   同じ男として、片手であしらわれるのは、とてつもない屈辱だった。

   駄目押しで、ゾロはこんな事まで言う。

   「お前、本当に軽いな。飯、ちゃんと食ってるのか? もっと肉つけね〜とマズイだろ?」

   サンジの顔がついに赤を通り越して、ドス黒くなった。

   宙吊り態勢のまま、床につけた右手で重心を取ると、徐々に身体にひねりを加え、その反動で……。

   「でめぇ〜にだけは……」

   「あん?」

   まるでコマのように全身を回転させると、ゾロのわき腹を鋭く左足で蹴り上げた。

   「てめ〜にだけは、飯の事で文句言われたかね〜や!!」




   キラリン〜☆

   一番星が輝き始めた夜空。

   そこをまるで大気圏に突入した隕石のように加速しながら、ゾロは海の向こうへ飛んで行った。

   5キロほど先で白い水しぶきがあがる……そこがゾロの着水ポイントらしい。

   「うわ〜〜ゾロ!!」

   チョッパーが泣き叫ぶ中、サンジは満足そうに、タバコに火をつけると一服し始めた。

   まるで一仕事終えたサラリーマンのようだった。

   咥えタバコにし、床に散乱した酒瓶や空いた食器を抱えると、鼻歌を歌いながら厨房へ行ってしまった。



   それまで、甲板の少し離れた場所でチェアに腰掛け、夜風にあたっていたロビンがそっと口を開く。

   「変わっているのね? これはパーティの余興か何かなのかしら?」

   「あんた……本気で言っているの?!」

   ナミの眉間に青筋が入る。そして、甲板の隅に座って、何だか嫌な雲行きになってきたので、

   ビクビクしているウソップへ振り向くと、怒鳴り始めた。

   「ウソップ、ゾロを連れて来て!!」

   「えっ!オレが?!」

   「アンタしかいないでしょ!みんな泳げ無いんだから」

   (お前も泳げるだろ〜ナミ。……って言うか船出せよ!こんな距離泳げるかよ!)と

   心の中だけで突っ込むウソップだった。怖くてナミにはとても言えない。

   こんな時に貧乏クジを引くのは必ずウソップになってしまう。

   「あ〜〜〜海に出てはいけない病が……」

   ウソップがいつものように言い訳をかましている最中。

   甲板のヘリを踏みつけるようにして、ずぶ濡れのゾロが這い上がって来た。

   「うわ〜〜ゾロ!!」

   鼻水をたらして泣くチョッパーと、ゾロの鬼のような形相にビビリまくるウソップが声を上げた。

   「見事な泳ぎっぷりね、剣士サン」

   そして、関心したように微笑むロビンだった。5キロを2分弱で泳ぐのは鮫よりも速いだろう。

   「なんだ? ゾロ泳いだのか? 気持ち良さそうだな〜海水浴か?」

   食い物に夢中で、状況がさっぱりわからないルフィは、能天気にそう言った。

   すかさず、ナミに拳骨を3発も叩き込まれてしまった。


   グランドライン広しと言えど。

   誕生日の祝いの席で、主賓が蹴倒されたあげく、着衣のまま遠泳させられるのは、GM号くらいに違いない。



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