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     宍戸さんには、お金が無い!


    その3 〜邸内探索〜 の巻


   俺は、鳳邸の中を、メイド長の寿と言う女性に案内されていた。

   寿は、四十代後半で、長い髪を後頭部でアップにし、清潔そうな紺色のメイド服を着ている。

   始終、気難しい顔をしている怖そうな人だった。


   声も、年相応の低い声だったが、心の奥にしみこむような説得力のある話し方をする。

   「こちらが大広間でございます。一階から吹き抜けになっておりまして、この屋敷で最も大きな

    お部屋になります。こちらでは、月に数回、お客様をお招きしてパーティが行われ、主に社交場と

    して使われておりますね。最近では、二月の長太郎様の誕生パーティが大変盛況でございました。

    ご招待した方は、三百人ほど……。」


   俺が、絢爛豪華な装飾の施された室内を見ながら、ベルサイユ宮殿を思い浮かべているうちに、

    寿は、どんどん先に歩きながら、早口で説明を続けていった。


   「右手の東棟には、そのまま客間が続いています。部屋数は現在、五百室となります。

    こちらは全て洋間になっております。
左手の西棟にも客間はありますが、そちらは和室です。

    二百室ほどですが、茶室などもございます。また、西棟の地下にはお客様用の天然温泉も

    用意されております。
 それから、ご当主様がいらっしゃるこの場所は南棟になります。

    部屋数はおよそ八百室ございます。向かって右の通路より、ピアノの置かれている芍薬の間、

    絵画が百点飾られている芥子の間。五千冊の蔵書が揃えてある書斎。書斎は他にも十室ほど

    ありますので、迷わないようにお願いします。」


   「無理だ! 絶対に迷う! 」

   俺は、説明を続けるメイドの寿に、たまらず声をかけた。

   「そんな物、覚えられるわけね〜よ! 」

   それを聞いた寿は、やはり無表情で、「そうでしょうね。」と言い、白いエプロンのポケットから

    携帯電話を取り出すと、俺の目の前へ差し出した。


   「コチラの携帯電話には、ナビゲーションシステムが付いています。現在位置と、

    屋敷の敷地内の地図が画像で出ます。ほら、このように。」


   寿は、ピコピコと画面を操作して見せてくれた。確かに、マップがカラー表示で出ており、

    俺達のいる位置が赤くポイントしてある。


   「亮様の自室は、この南棟の四階になります。その階から他へは迷いますので、 出ない方が

    無難ですね。
もしもの場合、この携帯電話で連絡をお取りくださいませ。

   短縮ダイヤル@が、ご当主様へ直通です。Aが侍従長の黒沼、Bが私、寿を呼び出せます。

    Cが運転手の岩槻。他に、亮様のお世話をする専属のメイドが何名かおります。

    しかし、亮様が、それ以外の者と直接かかわる事はまず無いでしょう。」


   それならば、初めから南棟四階の俺の住む部屋の周りだけ、説明すれば良いのでは? 

    と思いつつ、俺は携帯電話を受け取った。


   俺の携帯を握る手は、怒りで少し震えていた。この屋敷に入ってすでに一時間が経過していた

    からだ。俺は、目の前の寿と言うオバサンに、屋敷内部をずっと連れまわされていたのだ。


   寿に文句を言おうとしたちょうどその時、トゥルル〜ピラララ〜なんて、突然、その携帯が鳴り始めた。

   着信音は聞いた事の無い曲だったが、やたら賑やかな弦楽器の音だった。

   寿は、それを聞くと、うっとりとした表情になり、こう言った。

   「この曲は、当主様自ら作曲され、バイオリンでお弾きになられました。今日、亮様がこちらに

    いらっしゃると聞いて、急いで
着信メロディを業者に製作させました。

   これは、《 亮様に捧げる曲 》だそうですよ。」

   「さ、捧げる……? 何だ、そりゃあ? 」

   俺は、頬を引きつらせながら、とにかく電話に出てみた。

   すると、脳天まで突き抜けそうなテンションの高い声が聞こえてきた。

   「あっ! 宍戸さんですか? あの、そのぉ。携帯の曲は聴いていただけましたか? ど、どうでした? 」

   そのまま、いきなり電話の向こうは、無言になった。この男は、部活中でも、たまにこうなのだが。

    当然、言いにくそうにモジモジと、はにかむのだ。


   部活中なら決まって、「馬鹿、早くしゃべろ! 」と、俺は鳳の頭を小突いていた。

   俺は、元来、短気な方なのだ。今は、相手がここにいないので、殴りたくても仕方無い。

   しかし、曲がどうか、と言われても、返事のしようが無い気がする。

   「う〜ん。俺、音楽は良くわからねぇんだけど。まあ、聴いた感じじゃ、良い曲だとは思うけどな。 」

    俺に捧げる……は、正直に言って、どうかとは思うが。


   曲は素人が作ったとは思えないほど、上手いのでは無いだろうか?

   「そ、そうですか? 本当に? あ〜うれしいなぁ。頑張って、作って良かったです。」

   鳳は、ふ〜と電話口で溜め息をついている。 しみじみ変なヤツだと、俺は思った。


   「なあ、お前。何か、他に用件があったんじゃね〜のか? 」 と俺が尋ねると、鳳は、焦った様子で

   しゃべり始めた。


  「あ、宍戸さん。これからお昼になります。寿さんに聞いて、食堂まで来てください。

   でも、……宍戸さんと一緒に食事ができるなんて嬉しいです。宍戸さんは何が好きですか?

   何でもお好きな物を用意させますよ。
え〜と、今日のオススメは生ハムとチーズなんです。

   美味しい物があると、料理長が言ってましたから。イタリア料理が良いかもしれないですね。

   でも、そのチーズなら、ギリシャ料理にしても美味しいですよ。どうします? 」


   別に俺は、何料理でも構わなかったが、考えてみると、朝から何も食べていなかった。

   話を聞いているうちに、腹がグーグー鳴り出してしまった。


   寿は、俺のそんな様子に気がつくと、持っている携帯に食堂の場所を表示してくれた。

   食堂は南棟の一階らしい。

   「あ〜とにかく。今から食堂に行く。俺は、食えるなら、別に何でも良いや。」

   そう言って携帯電話の通話をブツリと切ってしまった。

   電話の向こうの当主様は、まだ何か言いたそうだったが、俺は完全に無視してしまった。

   ふと、視線を感じて顔をあげると、寿が険しい顔で、俺を突き刺さるような鋭い視線で睨んでいた。

    しかし、口調は、冷静なまま、少しも怒った様子は声のトーンに感じられない。


   「亮様。あなた様の言葉使いも、電話の応対の方法もどうも感心できませんね。

     私、鳳家での、亮様の生活全般の面倒を見るようにと黒沼さんから言いつかっております。

    これから、みっちりと私が鍛えてさしあげますね。」


   俺は、目の前にいる涼やかな表情のメイド頭が、まるで鬼のように見えていた。





      その4 〜当主様とお食事会〜の巻へ続く→ 行ってみるその4・当主様とお食事会 





                            
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