全1ページ



     宍戸さんには、お金が無い!


    その4 〜当主様とお食事会〜 の巻




   三十畳ぶち抜きの広さはある食堂で、俺は、鳳長太郎と二人でテーブルを挟んで食事をしていた。

   氷帝学園テニス部レギュラー全員で、合宿できそうな広さの部屋なのに、そこで二人きりと言うのは、

    何だかもの悲しい。


   シャンデリアの明かりがうっすらと二人を照らし、やたらムーディなのも不気味だった。

   その中では、静かなクラシック曲が流れ、ナイフとフォークのカチカチと言う音が響いている。

   「なあ、鳳。この家には、お前の他には誰も住んでね〜の? 」

   俺は、先ほど電話で聞いていた噂の美味しい生ハムをがっつきながら、そんな事を聞いてみた。

   何と何のカルパッチョだったか料理名は忘れたが、それは予想以上に美味かった。


   どうも俺が、鳳を呼び捨てにしたのが気にいらなかったのか、テーブルの脇で給仕をしていた

    黒沼が、俺をじろりと一瞥し、鳳が答えるよりも先に口を挟んだ。


   「この館は、今年、長太郎様が中等部に入学した際、お父様からいただいたものです。

    そのため、この館では長太郎様が、
《 当主 》でございます。我々が、ご当主様とお呼びするのは、

    そのせいなのですよ。去年までは、ご両親と姉君も、こちらにお住まいでした。今はお父上と姉君は

    海外に、お母上は都内の別の館にいらっしゃいます。」


   ふ〜んと、俺は鼻を鳴らした。

   こんな広い屋敷で子供が一人暮らしかよ、と俺は飽きれ果てていた。この、お坊ちゃま、め!

   「将来、長太郎様が成人なさった際、こちらの屋敷を正式に相続なさいます。ここは、もともと、

    長太郎様が結婚相手と生活するためにご用意された場所なのです。」


   そう黒沼が言うと、鳳長太郎は少し頬を赤らめた。俺を恥ずかしそうな表情で、上目遣いでじっと

    見つめている。


   「結婚相手と生活する」の部分で、俺は、あやうくハムが喉につまりそうになった。中坊で結婚の

    事を考えて、新居を持っているヤツなんて、探してもそうはいないだろう。


   「ははは、そいつは良かったなぁ。」

   俺は、顔がひきつっていたかもしれない。どう言って良いのかわからないので、一応、笑ってみた。

   それから、食べていたカルパッチョの皿が空になったので、壁際に待機しているメイドの寿にお替りを

    お願いした。
頼まれた寿が驚いた顔をしたので、お替りをするのもヤバイのかと思ったが、

    もうどうでも良いような気がしていた。


   しょせん、庶民の俺と、目の前の当主様・鳳長太郎の生活水準の差は、コンペトウと

    アンドロメダ星雲くらいデカイのだ。


   運ばれてきた二皿目を平らげていると、今度は鳳の方が俺にこんな質問をしてきた。

   「あの・……、宍戸さんは、こういう家は嫌いでしょうか? 」

   俺はフォークを止めて、即答した。

   「あん? 別に嫌いじゃね〜よ。」

   もともと、俺はデカイ城なら、かなり好きだったりする。

   ガキの頃に、両親に連れられて、こんな感じの城を訪れた事があるのだ。どこの外国の物かは

    忘れてしまったが、中を探索して冒険した覚えがある。何かよほど気にいったらしく、帰りに自分にも

    城を買って欲しいと、両親にタダをこねて困らしたのだ。


   「俺は狭いよりも、広い場所が好きなんだよ。小さいよりも、デカイ方が良いじゃね〜か。

    背も高いに越した事は無いからな。こういう料理を毎日食っていると、お前みたいに馬鹿みたいに

    育つのか? 」


   俺がそう言っておどけたように笑うと、鳳はホッとしたように微笑んだ。

   「そうですか。この家を宍戸さんが気にいってくださったのなら、本当に嬉しいです! 

     この館に、住んで本当に良かったと思います。」


     鳳は、何がそんなに嬉しいのか、始終、笑顔で俺を見つめていた。俺と違って、食事をあまり

     取っていない。


   「食べねぇのか? 」と聞くと、「胸がいっぱいで入りません。」と、意味不明な返答が返ってきた。


   俺が、カルパッチョの次に、キノコの入ったスープをすすりつつ、チーズを生地に入れ込んで

    焼いたパンをかじっていると、鳳がまた話かけてきた。


   「宍戸さん、お口に合ったようで嬉しいです。この後でお魚の料理が来ますけど。これも絶品

    なんですよ。今日は良い鱸が入ったそうなので……。」


   鳳はそう言ってから、突然、押し黙ってしまった。しばらく何か物思いに耽っていたようだったが、

    決意を固めたような顔で、こんな事を言ってきた。


   「宍戸さん、後で大切な話があるんです。それに、あなたに渡したい物もあるので。

    後で、俺の部屋に……。」


   「あ、仕事の話か? 使用人はこんなトコで飯を食ったら、本当はヤバイんだろ?

    まだ、俺は一度も仕事の説明を受けて無いんだよな。で、俺は、一体、何をすれば良いんだ? 」


   俺がそう言うと、鳳は面食らったような顔をした。

   「えっ? 仕事ですか? それは、どういう……。」

   鳳は不安そうな表情をして、隣に立っていた黒沼へ助けを求めるように見上げた。

    黒沼は、「長太郎様はご心配なさらないでください。」と言い、鳳に微笑むと、俺に近づいてきて

    耳元へそっとこんな事を囁いた。


   「そうですか。亮様が、ご自分の責任を果たそうとする意欲がおありなのは、良くわかりました。

    ただ、亮様の仕事は少し特殊なものなのです。そのため、いくつか準備が必要となります。


   今は、お食事をゆっくりと楽しんでいただいて、少しお部屋でお休みになってください。その後で、

    身体の汗を落とし、疲れを取っていただくため、ご入浴があります。


   お仕事の説明は、それからになりますよ。」

   俺は、黒沼の話を聞きながら、手に持っていたフォークを指でクルクルと回していた。これは、

    緊張したり、何か落ち着かない事があると無意識でやってしまう、俺の癖のような物だった。


   良く部活中もテニスラケットを回していたり、授業中に鉛筆を回していたりする。

   一見、余裕を持って遊んでいるようにも見えるが、内心イライラしている時に、

    やってしまう事が多いのだ。


   黒沼に、はっきりとした口調でそう説明されて、俺は頷くしか無かった。

   とにかく、たった今、目の前に運ばれてきた熱い湯気を立てる魚の煮付けに良く似た物体の解体に、

    俺は専念する事にした。


   鳳は、魚と格闘している俺の姿を見ながら、何事が悩んでいる様子で、その後はひたすら

    沈黙を守っていた。




     その5 〜お風呂場パニック!〜の巻へ続く→ 行ってみるその5・お風呂場パニック



                            
         小説目次へ戻る